第22話 もう一度…
第二十二話 もう一度…
シオンの持った剣が魔力をまとい、魔王に向けられる。
「急に魔力をまとい出したか…厄介だな…」
ぱきん、と音を立てるように鈍色の木枯らしとしての姿が消える。おそらく刀が破壊されたせいだろう。
そして、
「まさか…」
シオンの纏った魔力が赤黒く光る。
「間違いない…これは…」
『魔突閃!』
魔王戦という今までで最高の大一番という状況。勝てる、勝つという決意。目の前で他の勇者パーティーを殺された時の怒り。魔王を倒すという使命感。それらの全てが魔力に乗った。魔力は赤黒くなり、攻撃の威力、そして魔力量が三倍にも跳ね上がる。
ビュオンッ
魔王に刃が振り下ろされる。
「うぐあっ!」
ザクッ
左腕を切り裂く。
すると、
「大丈夫か、シオン!?」
「?どうした、ユーリ?」
「あ、戻ってる。」
シオンの様子が元に戻った。だが、シオンの雰囲気が変わり、魔力が爆発的に溢れている。どうやら、魔突閃のおかげで魔力効率が大きく跳ね上がったようだ。
(今のあいつなら、やれる!)
ユーリの中で一つの確信が生まれる。アキラの方を見ると、何やら同じことを考えているようだった。
(は、速い…魔突閃を出しただけあるな…)
攻撃しながらも、急激に動きが良くなってスピードが上がったシオンに焦りを隠せない。
カンッ キンッ
「くっ…」
取り出したグラディウスで応戦するも、防ぐことは出来ても、魔力を蓄えて高威力の攻撃を放つ隙を作ることはできない。
(こうした方がいいか…?)
左腕のうち、ちぎれかけた二箇所が、
ポウッ
それぞれ赤色と紫色に輝く。
(何だこれ?)
サンッ
ゾーンに入ったシオンが素早い太刀筋でその部分を切り落とす。
「切り落とすとは…まあいい。」
(彼らの様子を見るに、奪われることはないだろうが…)
切り落とされた部分を攻撃をかわしながらポケットに仕舞い込む。
(強力な手札を二つ失うのは痛いが…致し方ない)
心なしか、魔王ファジツがニヤリと笑った気がした。
(その分、強力な助っ人が得られるのだ…)
魔王ファジツの能力。それは、倒した相手の能力を奪い、使用するというものだ。だが、鈍色の木枯らしの能力などを見ればわかるように、武器などの所持品などもコピーできるため,実際には倒した相手の再現というのが近い。
「ならば…」
魔王がホルンを取り出し、
パッパラパー!!
勇ましい音色を奏でる。
「!!」
近くで聞いたシオンの体がビリビリと震え、頭痛が走る。しかし、音が届いているアキラとユーリの方を見ると、
「ううっ…」
「あっ…」
頭痛に苦しみ、頭を押さえていた。この隙を突き、
ドガッ
魔王がシオンを蹴飛ばす。
「くっ…」
ゴロンッ
シオンの体が前方に転がる。しかし、
ドゴッ
「!!」
「ハァ,ハァ…」
アキラが勢いよくホルンを棍棒で殴りつけ、
バキャッ
使い物にならなくした。
「チッ…」
右から飛んできて、ホルンを破壊したアキラを
ドガッ
殴り飛ばそうとするが、
「!」
ストンッ
後ろにかわされ、着地された。
(シオンが覚醒したんだ…俺たちだって全力で行かないと…)
アキラが叫ぶ!
「行くぞ、ユーリ!」
「おう!」
そんなこと言われなくても分かってる、そんな雰囲気すら感じさせる力のこもった返事が返ってきた。
「痛ってて…」
シオンが体勢を立て直す。だが、彼のゾーンはまだ終わっていない。
(まだ、いける…)
魔王が未だ来ぬ援護射撃に気付き、叫ぶ。
「おい、アイツらは何をしている!」
「おい、射撃準備!」
ヴァルプが焦りながら魔力を込め、射撃準備をしようとするが、クーゲルとチガネはあまり乗り気ではない。
「おい、二人ともどうした!」
「だって、アイツ魔突閃出しましたし…」
「今彼らを狙うのは無意味と言えるでしょう。」
クーゲルの言葉に納得するが、また一つの疑問が湧く。
「…なるほど。だが,勇者以外は?」
「それでも,今までの状況からして勇者が間に入り,無意味に終わるでしょう。」
「なるほど…」
この様子には、流石のチガネも黙り込んだ。
「なら,私から連絡する。」
「了解しました。」
いつもと違った色の魔力を指先に込め,
「すみません、我々には効果的な援護射撃は現状不可能です。」
とそこに向けて呟く。そして、
ダァンッ!
魔王に向けて放つ。
「!!」
魔王が飛んでくる弾丸に気づくが、背後から飛んでくる構図のシオンが気付き、
(同士討ちか!好都合だ!)
身をかわし魔王に当たるようにする。だが、魔王は何かを察して、
ドンッ
自ら当たりに行った。
「!!」
「アイツ、何やって…」
(この魔弾、色違くないか…?)
アキラだけは気づいたが、明らかに今までの魔弾とは違っていた。
『すみません、我々には効果的な援護射撃は現状不可能です。』
触れた魔王の脳内に、声が流れ込んだ。
「ああ、分かった。警戒しておけ。」
事情を汲み、何の気なしの独り言を吐く。
ユーリが魔王の方を眺める。
「おい、あいつダメージ受けてないぞ!」
「嘘ぉ!」
シオンが叫ぶが、すぐに冷静に向き直る。だが、アキラがさっきの魔弾について冷静に分析する。
「あの独り言…もしかしたらあの魔弾は信号弾とかなのかも。」
「なるほど…」
アキラの的確な分析にユーリが感嘆する。
「とにかく、俺らもシオンに加勢するぞ!」
「お、おう!」
ユーリの声で、一気に全員の士気が高まる。
カンッ キンッ
戦況は依然として変わらず、互いに有効な攻撃を与えられないでいた。(マズい……早くゾーンでいるうちに倒さないと……)
(俺だって…シオンに負けないくらい全力で行かないとな…)
今なら、やれるという確信。魔王を倒すという使命感、シオンを、仲間を助けたいという友情からなる強い願い。その思いが魔力に乗り、魔力を赤黒く変える。
シオンの顔にも焦りが見えたその時、
『魔突閃!』
ボガッ
「おごっ!」
聞き慣れたアキラの声と共に、赤黒い魔力が後ろから見えた。
「アキラ!」
「出せた…俺にも…魔突閃が…」
棍棒を持ったアキラの声が喜びに震える。モノクロだった世界に色が付いたように喜びが溢れ、体から魔力が爆発的に溢れ出す。
「今なら…やれる!!」
「みんな、一気に行くぞ!」
シオンが叫び,
「おう!」
ユーリとアキラが息を合わせて応える。
(一度距離を取るか…)
少し距離を取って様子を伺っていると、
(後は人狼でも来れば…)
「しめた。」
タッ タッ タッ
別の場所で勇者パーティー達と戦っていたのであろう男女一組の人狼が現れた。
「お前達。少しこっちに来い。」
「ま、魔王様!?す、すぐに!」
「ほら,行くぞ。」
女性の方がコクンと頷き、両方が魔王の方に近づく。
「それで魔王様、御用とは?」
「ああ、お前らには“これ”を食らってもらおう。」
そう言いながら、さっきの戦いで生成した光を放つ二つの肉片を取り出す。それを見た人狼達の表情が輝く。
「私たちも、受肉体に…?」
「ああ。」
「早く、それを!」
「まあ落ち着け。」
冷静に、
「お前はこっちを。」
男の方には赤色に光る方を、
「お前にはこっちだ。」
女の方に紫色に光る方を手渡す。
「ところで魔王様、逆では駄目なのですか?」
「ああ、そういうことか。出来れば器と魂の性別は揃えたい、その方が安定する。」
「分かりました。」
人狼達が互いに目配せをして、コクンと頷く。
バクンッ
完全に飲み込んだ時、
ビキキッ
体格が変化し始め、服装も赤いマントに雄牛のヘルメット、武器にガントレット、またもう一人は、紫のコートに、サーベルを帯びた姿になった。
「おい,アレ見ろ!」
「なんか変なことして…アイツらの姿変わったぞ!?」
ユーリとアキラが気付き、緊張が一層高まる。
魔王ファジツの更なる能力。それは能力を自身の肉体の一部に固定し、それを媒介に別の人狼を受肉させ、その対象を再現するというものだ。そして今,“菫色の慟哭”と“紅の闘牛”が受肉し、顕現した。
「アレって…」
「多分そう…だよな…」
ユーリとアキラが現れた姿に困惑を隠せない中、姿の変わった彼らが歩いて近づいてくる。
「ああ、名乗り遅れたかしら?私はヨネット。“菫色の慟哭”よ。」
「俺は“紅の闘牛”、ポーテ・ラリスだ。」
そして、
「!!」
ガキィンッ!
急に襲いかかってきた。菫色の慟哭はユーリが、紅の闘牛はアキラが足止めしているが、
「くっ…」
強力な傭兵達の中で名を馳せるだけあって、実力は圧倒的だ。そして、
「オラッ!」
シオンが魔王を相手取る。魔王も虹色の鎧を纏い、手にしたブロードソードで応戦する。
「ふん…魔突閃を出しただけあるな…」
だが、
「えいっ!」
ガキンッ
「くうっ…」
ユーリも、
「おりゃっ!」
ガンッ
「がっ…」
アキラも攻撃を弾き、体勢を立て直した。しかし、
(まだ、調子が戻らない…)
(本調子で暴れられない…受肉したてだからか…?)
彼らも本調子でなかったようだ。
ギギギ…
鍔迫り合いの中、
ブンッ
魔王がシオンの太ももに向けてメイスを打ち付けようとするが、
「!!」
スカッ
ゾーンに入って上がった動体視力のおかげで難なく見切り、かわした。
「フン…ならば速度で攻めるか…」
魔王の姿がまた変化し、両腕が銀色の刃に変化した。
タンッ
少し距離を取ったかと思うと、両腕を交差し、
サンッ
一気に距離を詰めながら両腕を振り下ろす。
「…速いっ!」
ピッ
凄まじい速さに、魔突閃を経験した今でもかわし切ることができず、脇腹をかすめた。
キィン
「くっ…」
ユーリとヨネットの鍔迫り合い。すると、
「もう一度、やってみようかしら。」
『
ドゴォンッ
「うぐあっ!」
ユーリの体を紫色の衝撃波が襲い、
ドサッ
ユーリの体が地面に投げ出される。
「痛っった!」
「う〜ん、少しは調子が戻ったようね。」
互いに構え直し、間合いを詰める。
ドンッ
「ぐっ…」
アキラの棍棒とポーテの拳がぶつかり合う。ギシギシと音を立てて力と力が押し合うが、ポーテの力がさっきより強くなったように感じた。ポーテの拳に魔力が集まる。そして、
「やばい…」
「はあっ!!」
ボオオッ
「うわっ!」
ポーテの拳から炎が放たれる。魔突閃のおかげで何とか炎をかわせたものの、次もかわせるかどうか、と言ったところだ。
「少し、調子が戻ってきたな。」
「くっ…」
じり、じり、と間合いを取り,互いに様子を伺う。
「今度はまた別の鈍色で相手しよう。」
魔王の姿がまた変わり、ベネチアンマスクのついた顔に、腕には鉤爪のついた姿に変化した。
「またか…」
「異名のついた傭兵達の力を見せてやってるんだ。光栄に思え。」
そう言うが早いか、
ビョンッ
魔王が空中に跳び上がる。
「どこだ⁉︎」
そして、
「この辺りか…」
鉤爪を振り上げ、切り裂く準備を整える。
「上か!」
シオンが気付いたその時、
ズドォンッ‼︎
シオンの目の前に鉤爪が振り下ろされ、魔王が着地した。
「危なかった…」
立ちあがろうとした隙を突き、
「フンッ!」
バキャンッ
「チッ…まさかここまでとはな…」
鉤爪を魔力を纏った拳で殴り壊す。
「もう手数もだいぶ減ったな…」
ぱきん、とその別の鈍色の姿がひび割れ、元の姿に戻る。
「さ、久しぶりに本気で行くわよ。」
タンッ
一気に距離を詰め、ユーリにサーベルを振り下ろす。
「はっ!」
キンッ
(危なっ!)
何とか受け止めるも,
ブゥン…
「な、何だこれ…」
謎の振動がユーリの体に流れ込む。
「な、何だこれ…」
だが、
「はあっ!」
キンッ カンッ
相手の攻撃は止まず、
キンッ ドッ ブゥン…
カンッ ドゴンッ ブゥン…
剣がぶつかり合う度に軽く衝撃波を打ち込まれ、その度にあの謎の振動を感じる。
「何がしたいんだ、あいつ…」
そして、
「さ、一気に行くわよ。」
サンッ
「‼︎」
(速い…クソッ、防げない…)
素早く、防ぐのすら間に合わず剣が脇腹に触れ、
「ふふっ。」
ドガァァアァン!!
「あがっ…がっ…」
今までとは比べ物にならない衝撃が体を襲う。それと同時に,
「ま、まさか…」
(あの振動が…消えた…?)
あの振動が消えたことに気がついた。
「そろそろとどめね。」
「くっ…」
ユーリが立ち上がり、剣を構え直す。その時、ヨネットが口を開き、詠唱を始める。
「衝動、天鳴、大地の鼓動」
「
剣を引き、上半身をひねって突きの構えに入る。それと同時に、
ズズ…
紫色の魔力が剣先に収束していく。
「はああっ‼︎」
ドォンッ
「くっ…」
ギイイインッ
ギリギリで剣を使って受け止めるが、
ドッガァァアァン‼︎
「ううっ…ぐっ…」
蓄積された衝撃波が剣に向けて一気に解放され、
パキャアアアアン
「なっ…」
ユーリの剣を打ち砕いた。
ドッ ドサッ
「うわあっ‼︎」
ユーリの体が吹き飛ばされ、地面に数度激突する。
「ううっ…」
バスバスバスッ
「うああっ‼︎」
砕けた破片のいくつかが、ユーリの体に突き刺さる。
「おりゃあっ!」
ドガンッ
全力で棍棒を打ち付ける。しかしし、
「はああっ!」
ドガッ
「うっ…」
それに構わず、ポーテが拳を打ち込む。
ズザザッ
アキラの体が後方に押し出される。
「…っ!」
バシュッ
ナイフを投げて遠くから攻めるも、
「!!」
スカッ
傭兵として確かな実力のある彼には、造作もなくかわされてしまった。その時、ポーテが口を開く。
「紅蓮、蒼対、戦火の灯火」
「
拳に炎が収束し、ガントレットが白熱する。そして、
ドガッ
「はああっ‼︎」
チュドォオォン
「うわあああっ‼︎」
棍棒に拳を打ちつけると同時に、ガントレットから灼熱のレーザーが放たれる。
「熱っっっっつっ‼︎」
シュウウウ
棍棒とナイフは跡形もなく蒸発し、大きな火傷を負わされた。
(クソッ、武器が…もうあんまり金が無いのに!)
「次はこっちだ。」
シオンの目に大きなハンマーを構え、豪勢な紺色の衣装に変化した魔王の姿が映った。
「ヤバいかもな…」
危機感を覚え、もう一度しっかりと構え直す。魔王がハンマーを振り上げ、
「来る‼︎」
ズドォンッ
地面を叩き付ける。
「うわっ!」
キィィイィイイン…
地面が振動し、振動がシオンの体にも伝う。
(これ、ずっと喰らったらヤバいな…)
トンッ
何かを察したシオンが空中に跳び、そのまま剣を構える。
「フン、勘付いたか…」
不愉快そうにハンマーの柄を持ち、受け止める準備をする。
「オ…ラアッ‼︎」
空中から急降下し、
ガキィンッ
構えられた柄に向けて剣を振り下ろす。だが、
キィィイィイイン…
あの振動が、柄から伝わる。
「ううっ…」
ストッ
剣を弾かれ、地面に着地する。
「フッ、この力は我ながらすごいな。」
ドガッッ
「うぐうっ‼︎」
シオンの腹部をハンマーで殴りつける。
メシャリ
嫌な音が響き、
キィィイィイイン…
またあの振動が体に流し込まれる。
ドッ ドサッ
殴り飛ばされたシオンの体が地面に打ち付けられる。
「ハァ、ハァ…」
なんとか立ち上がるも、かなり危険であることは目に見えて明らかだ。
[このまま終わるのか?]
もう一度、あの声が語りかける。
(そんなわけないだろ!)
でも、ここで魔突閃でも出さない限り、ここで終わってしまうのは明らかだった。
(もう一度、出すしかない…)
「くっ…」
ユーリも衝撃波、そして剣の破片が体に刺さったことによるダメージで、動くのがやっとだった。だが、
「さ、そろそろ終わりにしましょうか。」
ヨネットは無慈悲に攻撃体勢に入る。
「ヤバい…」
ユーリも拳を構える。
(やるしか、ない‼︎魔突閃を…もう一度‼︎)
(ヤバい…このままじゃ…)
アキラもなんとか力を振り絞って立ち上がり、
最後の金で棍棒を生成する。
(もう、金がない…)
「もう終わりだ。」
ポーテが攻撃体勢に入り、拳に炎を纏う。
(やるしかない‼︎アレを…魔突閃を‼︎)
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