第6話 追うもの、それと……

第六話 追うもの、それと……

 

 

大陸最北端 魔王城内

「集魂のカムラがやられたぞ。大丈夫なんだろうな。」

 紫のマントを着た魔族が玉座に座っていた。コイツが魔王なのだろう。

「はい、大丈夫です。“作戦”に影響はありません。」

 魔王の問いに答えたのはリヒュウだった。

「そうか……。現段階での進み具合は?」

 魔王は片手にワイングラスを持ちながら話す。なかでは紅い液体が揺れる。

「順調です。今は第二段階……ぐらいですかね。」

「他の魔族の配置は?」

「仰せつかった通りに。問題ありません。」

「なら大丈夫そうだな。」

「はい、彼の最後の仕上げが終われば……。」

「フフフ、フハハハハハハハ‼︎‼︎」

 魔王の高らかな笑い声が魔王城内に響くのだった。

 

 

西ルート中継地点の街 ニカワ

 西ルートの中継地点であり、王都、ベテルに次いで大きい都市である。その理由はその立地にある。西ルートの中継地点といったが、中央ルートの中継地点でもあり、立地的には西ルートと中央ルートの真ん中にある。少しルートから外れた街、というところだろうか。だが、二つのルートを通る人たちがこの街に集まるので、交通の要所であり、行き交う物も多い。

「流石に大きいなあ、ニカワの街は。」

 シオン達もそこに立ち寄ることにした。主な目的は先の戦闘で得たものの売却と情報収集、それに買い出しだ。

「魔族のお前はどうしよう……。」

 シオン達は街の入口で立ち止まっていた。流石に街に魔族を連れて行くのは流石に御法度だろう。

「しゃあないか、ソウヤはここで待ってろ。1日したら戻るから。」

「分かった……土産楽しみにしてる。」

 そうして彼らはニカワの街へ入った。

 

 

「流石に店多いな。」

「そりゃあ2ルートの中継地点だからね。」

「まずは……ドロップ品の売却と鑑定かな。」

 そう言って武器屋に寄った。もちろん理由はドロップした剣についてだ。

「これですね。お預かりします。」

 武器の鑑定には時間を要する。理由として、剣自体に能力がある場合、使ってみないとわからないからだ。

「この剣はどちらで?」

「ドロップ品だ。多分1番のやつだと思う。」

「ほかに何かありますか?」

「いや、ほかには……。」

「わかりました。明日の6時以降にお越しください。」

 そう言われたので彼らは店を出た。

「剣渡して大丈夫なの?」

「大丈夫でしょ。なんなら拳で大丈夫だ。」

「ユーリはなんで渡してたの?」

「刃毀れがね……、多分魔突閃の威力でガタガタになった。」

「なるほど。」

「じゃあ他のものも売るか。」

 剣以外に落ちたものは四つ。二つは同じもので魂草(こんそう)という薬草だった。だが、聖職者や魔法使いがいない彼らのパーティには不必要だったため売った。希少価値だったので意外と高く売れた。二つで2万5千スルート。

 二つ目は魂のカケラと呼ばれる結晶で、特にこれといった能力はないが、装飾品に多く使われるためこれもよく売れた。粒も綺麗だったため5万スルートで売れた。

 そして最後。これが場所によって大きく値段が変わった。最後のはブレスレットで、魂冥(こんめい)のブレスレット、というものだった。一見ただのブレスレットだが、実は内には秘められた能力があり、それは自身の精神力を少し奪われる代わりに、再生能力が上昇するというもの。複製品もあるが、これは傷も少なく、綺麗に作られた時の状態を保っていたために、さらにこのことを知っていた聖職者がとんでもなく高く買ってくれた。その値段はなんと15万スルート。異常な値段だった。

 合計で彼らは22万5千スルート(※日本円にして50万円前後の大金)もの大金を得た。

「意外と高値で売れたな。」

 夕暮れになり、彼らは店をまわり終えたみたいだった。

「そうだな。これだけあれば路銀は大丈夫そうだ。」

 色々なものを買ったため、2万5千スルートは飛んだが、それでも20万スルートも残っている。充分すぎるだろう。

「あとは……。」

 そう言って彼はギルドの掲示板を見る。そこには勇者ランキング一位のグラスの言葉があった。

「なになに。“この先の無屋の荒地で勇者パーティを待つ。これから我々はミラーシティへ猛攻を仕掛けるつもりだ。そのことに賛同してくれる同志を明日まで待つ。魔王討伐を掲げるものは是非、参加されたし”……。」

「マジで不動、だな。」

 そういう意味でつけられた二つ名ではないが。シオン達はそれに参加するのかしないのか。

「どうする?」

「正直さぁ、まだレベル高くないし別に今まで通り西ルートでいいんじゃね?」

 ユーリがそういう。確かに個人のレベルはそこまで高くない。実際、彼らのレベルはゴールド級だ。正直、攻め入る軍勢としてはかなり足手まといだろう。

「そうだな。」

 シオンもそれに賛同し、

「じゃあ多数決で決定だな。」

 アキラの是非を問わず、そのままのルートで進むことを決めた。

「どうせソウヤも待ってるしそれでいいでしょ。」

「分かったよ。」

 アキラも諦めたのか、そのまま西ルートを進むことを決めた。

 

 

次の日

 

 

「お預かりしてもらってた剣についてなんですが……。」

 次の日彼らは預けていた剣を取りに行っていたのだ。

「この剣は幽霊に対して特攻性があります。」

「え?」

 この前戦っていた、あのめっちゃ苦戦したやつに対して特攻?

「魔族特攻ってことですか?」

 ユーリが尋ねるが、返ってきた答えは少し意外だった。

「そういうことでは、まあ……近いってところですかね。」

 店員は少し戸惑いながら話した。

「この剣には魂の形を知覚し、そのまま両断することができるようです。」

「つまり?」

「幽霊は魂そのもの。またはその怨念の形です。そのため……。」

「特性を無視し、そのまま一刀両断できる……と。」

「はい。その通りです。」

「それ以外に特性は?」

「特にそれ以外の特性はないです。なので名前は……。」

「“断魂刀(だんこんとう)”……か。」

 店を出て、シオンはそう呼ばれた剣を見る。

「売るのか?」

「いや、そうはしないよ。」

 その剣は朝日を反射させながら光る。

「この剣ならどうにかなる。この剣で魔王斬ったらこの剣は魔王を討った勇者の剣になるんだ。」

 しみじみと見つめながら続ける。

「このぐらいの剣じゃないとね。しかもいいじゃん。魂までも切る剣って。」

「そうだね。」

 ユーリとアキラも納得し、彼らは出発の準備をした。その途中で事件は起きる。

 

 

 その事件は、これからの世界を変える、大きな事件だった。

 

 

ミラーシティ手前

 

 

無屋の荒地

 

 ヒュオオ、と風を切る音が響くなか、ある一人の男が何かを見つけた。

「あれか。」

 見つめる先、約一キロ先。あまり詳しくは見えないが、人影が見える。

「随分探したぞ。わかりにくいところにいやがって。」

 おかげで西ルートとそのあたりを丸一日かかって探したじゃないか、クソッ、と言うと、指を銃の形にして、先を向ける。

「クククッ、手間取らせた代償、その身を持って償ってもらおう。」

 旋風が吹き、彼の姿が見えなくなった瞬間、彼は魔力をため、放つ。

『——一傷(イッショウ)‼︎』

 

 

 その頃、彼の目線の先では勇者パーティ——グラスらがキャンプをしている最中だった。

「ねえ、グラ——」

 外にいた女性の首が急に飛んだ。

「え?」

 急なことに流石のグラスも驚くが、すぐに状況を整理する。

(一体なんで首が飛んだ?そもそも俺らに自ら——)

 わからない理由が全て一気に飛んだ。そうだ、ここいらにいた勇者を全て屠ってきた奴がいる。そいつなら——!

「全員、戦闘体勢だ‼︎」

 グラスの声に全員がその身を震わせる。

「すでに先手は取られた!もうなりふり構わずに襲ってくるぞ‼︎」

 遠くから一人の魔族が走ってくる。驚異的なスピードだ。一キロは離れていたのにそれを12秒で走ってくる!荒地なのに‼︎

「フフフ、慌てているな。いい気味だ。」

 そう言って近くの岸壁から跳ぶ。ついに会敵する。

「くるぞ!」

 上から飛びかかり、それを避ける。衝撃ですごい土埃がまった。

「オマエが……。」

 土埃が晴れ、互いの姿が見えた時にわかった。どちらも強者であるということが。

「いいだろう。くるがいい。オマエらには俺の技を見せる価値がある。」

 指を鳴らしながら近づく。

「全力で行くぞ。」

(コイツは間違いない!個人で街一つ壊滅できる魔力がある‼︎)

 確信した。コイツは生かしておくと異常なまでの被害が出る。

「出し惜しみはしない。ここで死んでもコイツを殺す‼︎」

 ここに、人間界最強、対、勇者キラー。互いの最高戦力がぶつかり合う‼︎

 

 

「勇者キラーを絶対ここで殺すぞ‼︎」

「オウ‼︎‼︎」

 グラスの呼びかけに全員が答える。

「できるの?オマエに。」

 魔力が高まる。

「いくぞ。」

 グラスが一気にカタをつけようと突っ込むが、流石に避けられる。

「いいスピードだ。ついてこいよ。」

 勇者キラーもスピードを上げ、付近を走る。風よりも速く二人は動き、攻撃を仕掛ける。空中で剣をふり、それは確かに敵の腕を捉えた。

「悪くない。」

 剣を彼は右腕一本で防いでいた。

(硬え‼︎)

「吸血鬼に対しては特攻性があるようだな。」

 剣を止めた状態で言う。

「どうしてわかる?」

「経験だ。若干俺の腕が灼けている。このようなことが起こる剣は日光の力を吸い込んだ剣……サンライトソードくらいだろう。しかもかなり上質だ。吸血鬼でもない俺の皮膚が灼けた。」

 剣を上に弾き、距離をとる。灼けた部分が即座に再生する。

「再生能力もバケモンだな。見たことないスピードだ。」

「今まで何回も聞いてきたよ、その言葉。」

 敵の魔族はそう吐き捨てる。

「その程度の敵に比べられる筋合いはない。勝てもしない雑魚どもと比べられると吐き気がする。控えよ。」

 威圧的な声で吐く。今まで受けてきた威圧感よりも凄い。押しつぶされそうだ。

「わかったよ。」

(今の状態では万全には戦えない。魔法使いがやられた今、深手を負うのはまずい。なんとか避け続けて魔力切れを狙おう。)

 ザリッと相手に近づく。逆に相手は少し退いた。

(退がった?)

 その瞬間腕をすごいスピードでふり、斬撃を放つ。

『一傷』

 バンッ!と上がふき飛び、後ろの岩が真っ二つになって吹き飛んだ。彼らはなんとか伏せてそれを避ける。

(これを避けるか……。)

 避けられたことに意外性を感じているようだ。

(まあいっか。どうせ殺すし。)

 走りながら距離を詰める。

「ガンッ!」

 相手の腕に対し、こちらは剣で応戦する。だが、おかしいのは剣が直に接しているのに対し、斬れるどころか傷ひとつつかないことである。

(どういう皮膚してんだよ。ゴーレムでもこんなに硬くない!)

「いいね、反応速度はまあまあだ。」

 相手のそのスピードは彼でも速かった。

「このぐらいのやつは魔族でもそうはいないよ。いい機会だ。上げてけ!」

 足に魔力を集中させて、すごいスピードで走り回る。急に上がったスピードは、今までの三倍くらいのスピードだった。

(急に速くなっ——)

 ガキン、となんとか刀を振り、敵の振り下ろされるナイフを防いだ。

「危なっ!」

 グラスが弾くと、彼の手に握られていたナイフは消えた。

「魔力でそういうものも作れるのか。」

「そうだけどなんか変?」

「見たことないだけだ。気にしないでくれ。」

 話しながらキラーは考える。

(今まで攻撃をしてきたのはグラス単体だ……。遠距離に注意しつつ、一人ずつ削ろう。)

 バッと走り出し、二人ともぶつかる。

(今さっき殺したのはめんどくさい魔法使いだ。回復されるわ防御されるわ奥から遠距離で攻撃されるわでめちゃくちゃ立ち回りが難しくなるからな。最初に殺せて)

「よかった‼︎」

 腕をそのまま勢いよく振り下ろし、地面にぶつける。地面にヒビが入った。

「今だ!ソウエイ!」

「わかりました!」

 魔力レーザーが飛んできて、彼の体を貫いた。

「準備できたか?」

「はい、いけます。」

「俺らもいけるぜ。」

 奥からぞろぞろと人が来る。どうやら今まで一人で戦っていたのは仲間が装備を整えるまでの時間を稼いでいたようだ。

「ふう。びっくりした。」

 そう言った方を向くと、立ち上がった勇者キラーがいた。

「貫通させたはずですが……。」

「いや、貫通させたように見せたんだ。体をスライドさせてそう見せたんだ。」

「……。」

「でも、出血はしてる!このまま削れば……。」

 その時気づいた。相手が少し変わった動きをしていることを。

「なぜ治さん……?」

 傷の再生が止まっているのだ。魔族の体には再生能力が最初から刻まれている。魔力が尽きない限り、永遠に再生ができるのだ。だが、これほど魔力が溢れているのに体を治癒しない。何を考えているのだろうか。

「知ってるか?魔法には2種類あることを。」

 血を出しながら続ける。

「一つは生まれた時から持っている魔法だ。名を冠して生得魔術。だが、これだけでは不十分だ。残念ながらこれだけで相手をするのは心もとないからな。だからあるんだよ、魔法を習得して使える習得魔術が!」

 地面に垂れた血を触り、すくい上げる。すると手の中に血がどんどん集まっていく。

「これは俺の習得魔術の一つ。“血を操る魔法(ブラッドスクイズ)”だ。」

 そう言った瞬間、血が生き物のように動き、襲ってくる。

『リーニングシャイン』

 ソウエイ、と呼ばれていた僧侶が、魔法を放つ。光の筋が血を穿つ。だが、血は液体だ。形を自由に変え、意味はなかった。

「残念。」

 血が大きな波となって襲いかかる。

「離れるぞ!」

 グラスが全員にいい、その場を離れた。だが、

「逃すか。」

『一傷』

 血を切り裂いて、斬撃が飛んでくる。それはグラスの腰を切り裂いた。

「まだまだ、いくぞ。」

 僧侶が回復魔法を使っているのを見て、言う。

「回復が使えるのなら手加減は不要だな。」

 血が再び手に集まり、それを手で合掌をして挟む。

「これはブラッドスクイズの応用だ。だから名を俺がつけた。それで威力が上がるからな。」

『血圧八砲(けつあつはっぽう)‼︎』

 合掌して圧縮された血が、手の先から音速を超えるスピードで発射される。だが、それを読んでぎりで横に避け、血のレーザーは横を通り過ぎた。

(よし!これで……。)

 安心したその時、

「バズン!」

 グラスの腰を、さっきの血のレーザーが貫いた。

「な……に……⁉︎」

「……着弾だ。」

 よく見ると、レーザーが途中で向きを変えていた。魔力を途中で使い、無理矢理方向を変えたのだ。

「ここまで……!」

「そう、その通りだ。オマエらとは年季が違うんだよ!」

 血のレーザーは少しずつ彼の傷口に集まり、傷は治っていった。

「残りはゆるゆるやりますか。」

 そう言った時には完全に治癒が終わっていた。だが、まだあちらは治療中のようだ。

「いくら回復魔法を唱えても魔族の再生には勝てん。魔族ならそんな傷、20秒もかからん。だが人間はどうだ。30秒以上かかるだろう?」

 岩陰に隠れて回復するグラスに向かって言う。

「次、私があの斬撃をだせば貴様のその隠れている岩ごと、オマエを葬り去ることだってできるんだ。逆にオマエは腰を撃ち抜かれ、下半身に力が入らぬはずだ。避けることなど出来ぬ!」

 指に魔力を溜める。その時だ。背後の岩陰から複数人が飛び出してくる。いや、飛び出してきたのは二人だ。だが、どれが……どれが本物だ⁉︎

「道化師(マジシャン)の魔法か。」

 道化師。役職の一つであり、主な特徴としてトリッキーな魔法を使える利点がある。回復系の魔法は使えないのでそこが弱点だ。また、分身や、巨大化など色々な事ができるが、それらは全て魔法、つまり魔力で再現されたイメージである。

(1人は道化師。もう1人は……戦士か。)

 大きな斧を持った男だ。だが、それもマジシャンの魔法で分身している。彼は咄嗟に手に圧縮していた血を再びレーザーとして放つ。そしてまたしてもそれは途中で曲がり、分身の7体を一気に貫いた。だが、全員分身であったらしく、当たったものは全て消えた。

(一度血を戻して……。)

 そう思い、血を手に集めている最中だった。もう一人誰かが飛び出してきた。背後からなので見えなかったが、魔力で感知する。

(魔力の量的に魔法使い系ではないな。となると……。)

 そうして振り向き、敵の刃を手で止める。

「やはり戦士か。」

 もう一人の戦士も加わる。彼は両腕でなんとか二人の剣を止める。だが、そこに吹き矢が飛んでくる。

(単純な手数の多さ……。対応できないわけではないが正直手間がかかるな……。)

 魔力をより一層強く纏い、吹き矢を弾く。

「当たりもしねえのかよ。マジバケモンじゃん。」

 岩陰から見ていた道化師が言う。吹き矢を腕や武器で弾くのは見たことがあったが、魔力を強く纏って弾くというのは初めてだった。

「ギリギリギリギリ……。」

 剣と腕が擦れ、鈍い音がする。その時岩陰からまた人が出てくる。

(僧侶!ということは……。)

 グラスの剣が彼の体に傷をつけた。そして、間髪入れずに僧侶の魔法が飛んできた。なんとか離脱し、離れる。そして離れる途中に技を放つ。

『一傷』

 なんとか照準は合わせたつもりだったが、煙で少し場所が狂ったのだろう。誰にも当たることなく、地面に深く食い込んだ。

「やれやれ……全回復か。」

 体についた傷を治しながら言う。これほど猛攻を加えても削れたのはグラスの剣だけ。体力の消費と割に合わなかった。さらに現在使用している技はたったの2種類。それと単純な体術のスキルだけだ。これだけで最強格の強さだった。

(これで全員かな。周りには魔力を持つものはないし多分そうなんだろうな。というか前衛3人か……両腕を使っても止めれんじゃないか。)

「グラス、大丈夫なのか⁉︎」

「ああ。応急処置だが動けはする。」

「でも、あまり無理な動きはせんでくださいね。あくまでも、応急処置、なんですから。」

「分かってる!」

 そう言うなり前衛3人で突っ込む。

「上げてくか。」

 そう言って魔力を再び解放し、さらに動きを二段階ほど上げる。

「ガガガッ、ギャリン!」

 3人の剣技を2本の腕で受け流していく。普通ならそんなことはできない。だが、幾千もの剣技を見て、それに対応してきた彼だからこそ、こんな事が可能だった。

「どうなってんだよマジ。」

 らちが明かないので一旦離れたが、戦士の一人が愚痴をこぼす。

「2本の腕で3本の剣を止めるってどんな訓練したんだよ。」

 まあ確かに常人なら無理だろう。剣自体を止めることが難しいのに、しかも相手は勇者ランキング一位の実力者。さらにそのパーティの戦士二人もいるので3人。それをこのスピードの戦いで行うのは正直意味がわからない。

「訓練……というよりかは経験に近いのかもな。」

 不意に相手が口を開く。

「私はオマエたちが生きている前からずっと生きている。それによって昔から現代までのオマエら人間の剣技はほぼ体で覚えているのさ。何百年も生きていれば同じような技にも出会うし経験する数も桁違いだ。」

 流石の説得力だ。これほどの力のあるものが言うと納得する。

「経験の多さほど、私の武器なものはない。他の魔族も私より大抵若いしね。」

「確かに……そうかもね。魔力の量は生きた時間にも比例すると言われるけど、君を見てるとそう思うよ。」

 彼の全身からは立ち昇るように魔力が溢れ出していた。暴力的な魔力が全てを飲み込まんとしていた。

「結局一番大切なのは経験だ。それに勝るもんはない。百聞は一見にしかず、とはよく言ったものだ。」

 頭を掻きながら言う。

「どうする?グラス。」

「俺の技で隙をつくる。その時に畳み掛けろ。」

「了解!」

(何かしてくるな?)

 彼も魔力が変化するのをその眼で確認し、何か策を講じているのを感じ取る。

「いいだろう。来い。」

 そう言った瞬間、グラスがさらにスピードを上げた。だが、それでも反応される。

「やるね!」

 でも流石のスピードで腕の肉には食い込んでいる。少しずつ、絞られるように血が出てきた。すると、彼は感じた。下半身がおかしいことを。

(下半身が……痺れた?)

 ピリピリと感じるこの感覚。間違いない。筋肉の痙攣だ。

(どうやってこれを発症させた?魔力には少し変化があったが——)

 その時動けないのを見計らって2人が今度は頭を狙ってくる。

「避けれん攻撃か……、なら……。」

 そう言うと指を動かし、別の技を使う。

(自分も巻き込むが仕方あるまい。)

『壊(カイ)‼︎』

 そう言うと下半身がバラバラになって吹き飛び、彼らは攻撃をやむなく止めることとなった。

「自分で下半身を切り捨てて逃げるとは……。しかも再生が早いからほとんど影響はないというこのアドバンテージよ。」

「ふう。いやー危ないね。」

 下半身はもう再生していた。先刻よりも早い。集中して下半身を治したのだろう。

(一体何が起こった?そこからまずは解明しよう。そうすれば勝ったも同然。)

 彼は足を動かしながら考える。

(下半身だけなった、ということは魔力を下からどうにかして動きを止めたんだろうな。多分……魔法の類いか。)

 彼の読みは当たっていた。確かにあれは彼の生得魔術だ。だが一体どんな性能なのだろうか。

(ここまでくると手加減はもうできない。戦いは楽しいから早く終わるのはつまらんが……仕方ない。)

「魔術多めで行かせてもらう。」

『一傷!』

 バンッと、斬撃が打ち込まれ、大地に傷跡をつけていく。

「連続でも出せるのか……。」

 グラスは斬撃を避けながら言う。連射スピードはそこまでだが、一回一回の攻撃が大きく、避ける動作を取るために大ぶりの動きが必要なため、事実よりも早く感じる。

『壊』

 指をさした方向にあるものがバラバラになって爆ぜる技。単発だが、当たれば命はまずない。かすりでもしたら大怪我間違いなしだ。

「やはりもう一度止めるか。」

 グラスは斬撃を見切り、一気に距離を詰める。

(先にグラスをやる。それからだ。)

 そう言って技を放とうとするが、

「ヒュヒュヒュ!」

 吹き矢が飛んでくるのでそれに反応せざるを得ない。

『一傷!』

 なんとか全て切り落とす。ここからわかるのは、意外と範囲が広いこと。そして見えない斬撃を放つのが彼の生得魔術の可能性が高いことだ。

(見えないから勘なんだよな。)

 戦士の一人は斬撃を避けながら心の中で呟く。

(斬撃のスピードもさることながら、さらに見えないというおまけ付き。大抵の勇者なら一発目でアウトだな。)

 グラスが射程距離に入る。

(遠距離でも届くしね。あの斬撃怖すぎでしょ。一キロ離れたところから狙ったやつの首だけ吹き飛ばせる技術って相当だよ。だから多分……コイツは本気をまだ出していない‼︎)

 グラスが間合いに入ったのを確認して彼は少し地面から足を離した。

(地面を通じて術が発動するのならこれで完封できるが……。)

 だが今度は痺れなかった。相手の拳を食らって吹き飛ばされはしたが、彼は一応グラスの術を封じる術を得た。だが、まだ術の全体を把握していない。

 岩にぶつけられ、一瞬気が緩むが、すぐに戻り、追撃を避ける。逆に詰めてきたグラスに対して斬撃を放つ。

『一傷』

 なんとか剣で防いだが、完全に防ぎきれず、頬が切れた。

「大丈夫か?」

 キラーは心配するがするとその時顔面の筋肉が動かなくなった。つまり痺れた。

(そういうことか‼︎)

「ドギャ!」

 顔面に拳を喰らい、吹き飛んだが、すぐに起き上がる。

(ようやく理解できた。コイツの魔法。)

「たぶん、痛み分け的なヤツでしょ?」

 急にグラスに話しかける。

「何のこと?」

「君の魔法のことだよ。」

 顔を触りながら続ける。もう痺れは治ったみたいだ。

「多分、攻撃を受けた場所に痺れを発生させるんでしょ?しかも傷の大きさによって痺れる度合いも変わる。これほど嫌な魔法はないね。回復魔法あったらずっと動きを止められる。」

 彼の魔法。その名も“一身同体(ユーアンドマイ)”。傷の大きさによって痺れる度合いが変わり、攻撃によって傷を受けた場所付近に痺れは発生する。

「発動条件は……間合いに入ることじゃない?」

「その通りだよ。一つの傷につき一回しか使えないからもう僕は君に痺れを発生させられない。でも僕に攻撃すればするほど不利にはできる。」

「なるほど……じゃあ……。」

 そう言うと一気に近づく。

(!見えな——)

 拳で思いっきり殴りつけ、吹き飛ばす。

「出血しない殴りはどうかな!」

 すると、少し遅れてだが、痺れがきた。

「殴られた瞬間に反射で打ったのか……。早いね。」

 戦士二人がその隙を狙い、クロスに斬る。だが、かすり傷程度にしかならなかった。逆に今度は相手の猛攻がくる。

「オマエらはこれで充分だろ?」

『一傷‼︎』

 二人の腰を斬り裂く。だが、それでも向かってくる。

「死に損ないめ。」

 そう言って一人に対して指を向け、放つ。

『壊』

 なんとか避けるが、右肩が吹き飛んだ。攻撃もしたが、先程のような勢いはない。そのため剣は当たりはしたが斬れなかった。

「もうそろそろいいかな。充分だ。」

 急に相手が言う。

「逃げるのか?」

「いや、“とっておきを見せてやろう”って言ってんだよ。」

「とっておき?」

「ああ、火力勝負といこう。」

 そう言うなり彼は左手を水平にして上向きにひらき、それに右手を上からかぶせる。そして、右手を左手の上で握って引っ張ると、左手の掌から炎が上がった。その炎は彼の右手と彼の左手を繋ぐようにして燃え上がり、それを彼は弓をつがえるポーズをとる。

(今までの魔力と違う!燃え上がるような魔力の解放!これはマズい!)

「ソウエイ!」

 グラスがそう呼んだ時には、相手の炎の矢がこちらに向いていた。

「燃えろ。」

 ソウエイと呼ばれた僧侶が魔法防御を展開したが、それでも無理だった。

『——爆(バーン)』

 炎の矢が発射され、彼らを包み込む。魔法防御は一瞬にして消し飛び、炎の矢が爆ぜた。巨大な火柱が立ち昇り、辺りを照らす。それは、かなり離れているはずのニカワの街からでもはっきりと見えた。

「最初から勝負はついていた。私がここに来た時点でオマエらは死んでいたのだ。」

 ゆっくりと歩いて消し炭になった大地を歩く。周りの地面は焼けただれ、火の粉が舞う。

「魔法防御の出力を超える魔法だ。ただの魔法防御で防げるはずもない。」

 周りを眺める。見るも無惨な荒野だ。

「さて、これで全ての準備は整った。あとはあの方次第だ。さて、始めますか。」

 

 

 その後の記録でグラスらのパーティが急に失踪したことを受け、先刻の火柱などのことを考え、強力な魔族によって殺害されたということになった。ここまでの快進撃はピタリと止まり、ついに魔王側の反転攻勢になっていった。

 

 

 世界は大きな転機を迎えようとしていた……

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