第2話 ルート

第二話 ルート

 

 

 こんなわけで彼らの冒険は幕を開けた。誰もその行く末を知らない。彼らが全てを知り、誰かに語るまで、その全容は誰にもわからない。だが、例え聞いたとしても再び同じ旅は出来ない。老衰してしまって、また同じ敵は湧かないし不可能なことが多過ぎる。

 まるで人生のようだ。一回きりの大博打、取り返しのつかない最大の旅。問題なのはその旅がどれだけ後悔をしたのかではなくどのくらい後悔が減ったのか、どのくらいいい旅だと思える瞬間があったのか、それを数えることである。

 

 

「まずさあ、ルートを決めよう?そうじゃないといけないやん。」

 この世界の旅路はルートと呼ばれる。主に三つのルートがある。中央、東、西の3つだ。これは王都から見ての方角であり、王都から真っ直ぐが中央ルートであり、一番チャレンジするパーティが多く、一番開拓されているルートである。故に初心者はここを通るのがいいとされている。まあ当たり前だ。一番簡単なのだから。だが、奥地に行きたい人がチャレンジすることもあり、中にはかなり高いレベルのパーティもいる。

「中央が普通なら一番いいけど……。」

 アキラがそう言う。だが、

「いや、そんなぬるいところ行って楽しいと思うか?」

 中央ルートは別名、平和ルートとも呼ばれ、序盤では一切敵に出逢わない。だがそれ故にレベルアップしにくく、前線は強い魔族が絶え間なく送り続けられているため、低いレベルで高レベルの魔族と戦う、など意外と鬼畜な場面も存在する。だがパーティが多いため数の暴力でなんとかする、という荒技も可能だ。でもそれはあまり楽しくないだろう。

「俺らはさ、あえて別のルートで行こうぜ?初期のレベル上げはそっち側の方がやりやすいって言うし。」

 確かに初期のレベル上げは、東西ルートのほうが敵が多いのでやりやすい。それも定石だ。だが、急にレベルの高い魔族が襲ってくることも考えなければならない。

「まあええんちゃう?強いし。」

 いや弱えよ。何言ってんだ。

「てことで東西ルートに絞れたからいいとしてどっち行く?」

 現在地はベテルのため、一番近いルートは西ルートである。だがここは多くの魔族がおり、一番開拓されていないルートである。問題は街の数が少なく、さらに荒地になっており、敵の奇襲が多い。盗賊でなんとか偵察するとしても困難な道のりであることは確かである。

「いや、中央ルートで行こ?今のランキング一位の勇者もおるやん?それと一緒にミラーシティまで行けばいいやん。」

 安全だが、最近はあまりの攻勢に敵もなんとかしなければならないと思ったらしく、奇襲が多くなっているらしい。だが、強い勇者がいれば安心だ。

「でもめっちゃ出やすいって言うやん?あそこらへん、東西ルートから中央ルートに大量の魔族が送られているらしいし。」

「だからさ、逆に少ないってことやん。やけんが今行けばいいってことじゃないかと?」

「それはそうかもしれんけどさあ、でもボスは変わらんやん?」

 それぞれのルートには街やダンジョンがあり、通り抜けられる場所もあるが、避けて通れない場所もある。そこにボスと呼ばれる特に強い魔族がいる。また、ダンジョンによっては相手に有利な場所になるので攻略は困難を極める。

「大丈夫やろ。倒せるって。」

 いや無理だと思う。だって勝つのが難しいからボス認定されるから。

「じゃあ東西ルートでどっちなんやけどどうせなら一番むずい西ルート行こうぜ。」

「近いしいっか。」

「え〜、でもあそこらへん最近湧きが多くなったって言ってたよ。」

 西ルート。一番強い魔族がいるルートである。3つのルートの合流地点であるミラーシティに一番近く、最短で敵の拠点を目指せるが、さっきも言った通り一番攻略は難しい。

「どうして湧きが増えたんやろうな?」

「多分あれじゃない?中央を捨てて別ルートからこっちを攻めようとしてるんちゃう?西ルート、一番人少ないし。」

 中央をかなり深い所まで攻められたとなればなんとかしてこちらも攻勢にならなければならない。そのため、西ルートを起点に王都へ攻撃しようとしたのだ。そのため軍を起こすために多くの魔族が結集し始めたのだ。

「ただでさえ西ルートは難しいのにどうするんだよ。」

 アキラはかなり嫌がっている。シオンが思っていたことを口にする。

「なあ、アキラ。」

「何?」

「もしかして怖い?」

「い……いや別に、怖いとかそういうのはないけど別にほら、死にたくはないじゃん。だから危険なとこ行くよりかは安全な道通ろうってことやん。」

 なんか明らかな早口になったため分かった。

((コイツめっちゃビビりやん。))

 即二人はわかった。明らかに怖がっている。死ぬのを。ていうか多分魔族に会うこと自体、怖いのだろう。

「まあ怖くないんやろ?」

「そ、そりゃあもち……ろんだけど……。」

「ならいいな。西ルート行こか。」

「賛成ー!」

「僕の話聞いてた⁉︎」

 アキラの必死の抵抗も虚しく、彼らは西ルートを通るための準備を進めるのだった。

 

 

2日後 白虎の門

「よーし、準備できたか?」

「結局ここから行くんかーい!」

「難しい所の方が燃えるでしょ。」

「死んだら元も子もないやん。やっぱやめよう。」

「何言いよっと?死ぬわけないやん。」

「強いやつに会ったら逃げればいいし。」

「そんな簡単に行くかなあ。」

 彼らは西ルートへの道を歩み出した。西ルートは思ったより険しくない道だった。確かに道はでこぼこだったが魔族が多く発生しているため、歩いた跡が大量にできており、そこが一番険しくない道を教えてくれていた。

「思ったより楽やな。」

「魔族が多く発生したことがこんなふうに役立つとは。」

 アキラとユーリは感心する。でもシオンは違和感を感じていた。

(明らかに少なすぎる。レベルがそんなに高くないから多くの魔族が襲ってくると思っていたけどそんなこともなかった。なんなら魔族の気配すら感じれない。)

 明らかに異常だった。魔族が通った跡があるのに誰もいない。誰かと戦ったにしても戦闘の痕や血痕、人骨がない。この平穏が怖いぐらいだ。

「どうする?このまま何も出て来ずにミラーシティまで行けたら。」

「それはいいな。そうして欲しいわ。」

 そんなことあるわけないだろ。ていうかそんなことでコイツらが通ってはいけない。先人に悪いからな。

「でもほんと平穏やなあ。何も起こらん。」

 アキラが空を見上げて言う。

「平和が一番やて。」

 ユーリもそれに呼応して言う。

 平和という言葉はなんと調和のとれている言葉だろうか。その響きも美しい。そんなものが世界に在るのかは別として、その世界が実現できればどんな世界になるだろうか。魔族というものが存在しなければ。

「魔族を滅ぼしたらいつも平和になるんだ。そのために俺らは戦うんだ。」

 魔族を滅ぼせば、平和はくる。世界は一つになり、明るく、何気ない暮らしが始まるだろう。だが、そういう世界になった時に忘れてはいけないものがある。それは——

「魔族にはさっさと滅んでもらおう。」

「オマエ達はその犠牲をなんと心得る⁉︎」

 急に上から言葉が飛んできた。見上げると上に人狼の魔族がいた。

「なんて?」

「オマエ達は魔族が滅べば平和が訪れると言った……。そのためにワシらを殺すんじゃろう?」

「そうだがなんか悪いか?」

「ワシらは何かオマエ達に悪いことをしたか?」

「いっぱいしてんじゃあねえか。人殺したり街破壊したりよお。」

「そうか……。質問のしかたが悪かったな。」

「してんじゃねえか、悪いこと。」

 そういうことじゃないって。

「オマエ達の語る平和にはワシらは要らんということじゃよな。」

「うん、それは当たり前だよ。」

「ワシらも平和が一番じゃ。本当は殺し殺されはウンザリじゃ。」

「じゃあさっさと上に言ってやめさせればいいじゃない。」

「よう簡単に言うのう、若僧。じゃが、そうはいかんのだよ。」

 話す年老いた人狼は一息ついて話す。

「上もワシらもオマエ達に全てを奪われた。身内も殺された。無惨にもな。それはオマエ達がしたことじゃ。」

「?」

「分からんか……。人も魔族も同じということじゃ。都合よく憎み殺す。ようできた仕組みじゃなあ。」

 涙を浮かべながら話す。

「もうやめんか。これ以上の戦いは、無駄な憎しみを増やすだけじゃ。」

「だからだよ。」

 急にシオンが言う。

「これから先の10年20年後に死人を減らすために俺らは戦うんだよ。分かる?やめたいやめるじゃないの。息の根を止めるだ。」

「そうか……なら仕方がない。」

 そう言って杖を上げると背後からぞろぞろと大量の人狼が出てきた。

「こんなに隠してたのかよ……。」

 ユーリが驚く。

「勇者よ。名をなんという。」

「シオンだ。」

「そうか、いい名だ。」

 少し間をおき、言う。

「勇者シオンよ。そちらが全力でワシらの息を止めるなら、我らも全力で迎え撃とう。警告はしておく。強いぞ。」

 ニヤリと笑い、こちらを見下す。

「どうでもいいんだけどよお、俺は魔族に見下されるのだけは、嫌いなんだよ‼︎」

 シオンは剣を抜き、戦闘の構えをとる。

「俺らの初戦闘だ。絶対に勝つぞ!」

「さて、ゆるゆるいくかのう。」

 そう言うと背後から複数体の人狼が出てきた。

「包囲されてたか。」

 3人は身を寄せ合って背中合わせになる。

 人狼族の強みは強靭な脚によるスピードともう一つはチームワークだ。言葉を話して連携をとる魔族というのは数少ない。なぜなら強いやつほど群れないからだ。話す必要性が無く、強ければいい。強さ故の孤独。それが導いた選択。

 ジリジリと人狼達は近づいてくる。互いに互いを見ながらタイミングを確認している。それを見てシオンは気付く。

「おそらくコイツらの一体に司令塔がいる。そいつを見つけて一番最初に倒すぞ。」

「あの崖上の老人じゃ無くて?」

「アイツはこの群れを束ねる首領……いわば村長みたいな立ち位置だ。攻撃を命じる役目はない。」

「ただの要らない役職ってことか。」

「多分ね。魔法使いじゃ無さそうだし。」

 そう言った瞬間、人狼達が一斉に襲いかかってきた。そいつらを剣の横なぎで距離をとらせる。

「大丈夫か⁉︎」

「全然大丈夫だ。」

 ユーリがそう言う。彼はもう、一体人狼を倒していた。

「いいタイミングで攻撃するのに技術はお粗末だね。倒しやすすぎる。」

 ユーリは剣についた血を落として言う。

「じゃあこっちの番だ。わかったぞ、誰が司令塔か。」

 そう言って少し遠くを見る。

「確かにコイツらは互いに互いを見ながらタイミングをとって来ているように見えるけど、実際は違う。一瞬目線が泳ぐ時がある。多分その方向にいるんだろうな、司令塔が!」

 その方向を見ると崖の窪みに隠れた人狼と目があった。

「俺が仕留める!カバーしろ!」

 シオンが飛び出し、司令塔に襲いかかる。

「行かせねえよお!」

 複数体の人狼が邪魔をするが、ユーリが斬り裂き倒す。

「ナイス!」

 そう言って崖に近づき、そこにいた人狼に剣を振り下ろすが、

「キンッ!」

 何かに止められる。うっすらとだが、六角形の板が並んでいるのが見える。

「チッ!魔法かよッ‼︎」

 それはいわば魔法防御というもの。魔力を使い、対象の前に魔力の壁を出現させる。通常攻撃で壊すのはほぼ不可能だ。できたとしてもすごい力を発揮しなければならないため、魔法防御を展開された場合は退くしかない。だが、弱点は存在する。魔法防御貫通の攻撃、これは防げず、逆に貫通されたことでこちらの魔力操作が著しく低下する。また、強力な魔力攻撃も有効だ。極限まで威力を底上げした火力ならば貫通出来るだろう。だが、一番簡単な攻略法は、何度も何度も魔法防御を展開させ続け、魔力切れを待つ戦法だ。

 魔法防御の最大のデメリット、それは魔力の消費が単純な魔法と比べて、圧倒的に多いことである。一回展開するだけで単純な魔法の十倍近くの魔力を消費してしまう。それだけではない。魔法防御の魔力消費量は展開範囲に比例する。つまり広大な範囲に展開するのと小さい範囲に展開するのでは消費量に圧倒的な差がでるのである。

「魔法防御だ……。一体誰が⁉︎」

「ホッホッホ、ただの老いぼれとお思いか?」

 さっきの老人が言う。

「これだけではないぞ。」

『肉体強化魔法(アブソリューレ)』

 すると人狼達が唸りを上げ、襲いかかってくる。

「多分、肉体強化魔法だ。今まで通りには行かないぞ。」

「わかってる!」

 シオンも少し退き気味になりながら反応する。

(アブソリューレ?なら……!)

 アキラはあることを思いついたようだ。

「みんな!少しの間、耐えるんだ!そうすれば勝てる!」

「何⁉︎何か作戦でもあるのか⁉︎」

「アイツの使った魔法の名はアブソリューレだ。ならこの戦法が一番効く!」

「分かった、信じるよ。」

「てかお前、魔法の知識あったのかよ。」

「知識だけな、それも少し。意味なんてねえ。」

 彼らは約1分ほど耐えた。すると相手の人狼の動きが格段に落ちた。少し手傷は負ったが、耐えることが目的のため、戦闘不能にはならなかった。

「いきなり動きが遅くなったぞ。どういうことだ⁉︎」

「今しかない!一気に潰すッ!」

 アブソリューレは肉体強化魔法だが、強いやつほど使わない。その理由はアブソリューレのデメリットに在る。アブソリューレは言ってしまえば劇薬だ。効果が切れると莫大な負担がのしかかる。つまり、時間稼ぎで充分対応できる。また、負担も大きいものだ。確かに全ての身体能力を4〜5倍まで格段に上昇できるのは大きな強みだ。だが、効果時間は短い。保って5分だ。

 つまりほぼ意味がない。さらにコイツは一気に複数体まとめて使用してしまった。その結果、効果と時間は短くなった。動きは1・5倍、時間は1分程度しかならなかった。

「オラッ‼︎」

 複数体をまとめて斬る。体がチリになる。もうこうなった時には遅い。あとはゆる〜くぶちのめすだけだ。

 結果的にあの年老いた人狼以外は全員倒せた。完全に作戦を見誤ったのだ。

「よく知ってたな。アブソリューレが時間制限付きだって。よく群れるヤツが使うらしいから覚えとけって言われたんだ。父さんに。」

「へ〜、変なことを覚えさせるね。」

「仕方がないじゃない。生きるためにはこういうことも覚えないと。」

 初めての戦闘でこれほど完全に勝利出来たことは自身の自信に繋がったが、同時に過信もしてしまった。自身の強ささえも誤認していた。

 1番の敵は自分だ。自分の……弱さではない、強さでもない。己の心だ。どこかにある自分を殺そうとする心だ。

 

 

 しばらく歩いて行くと広い場所に出た。そこは大きな門があった、人骨のつきの。

「ここは……ダンジョンか。」

 ダンジョン、ファントム霊園。初期のダンジョンのため、あまり強いわけではないが、彼らには難しすぎる。なぜならこのダンジョンとの相性がとてつもなく悪いからだ。

「行く?飛ばしても進めるようだけど……。」

 アキラが言う。彼のスキル、“通過(スルー)”を使えば、ここはクリアする必要はない。だが、彼らは自分の力を過信していた。

「いや、別にどうってことないでしょ。行こうぜ。」

「しゃーないな。ま、軽くクリアしましょうか。」

 そうして彼らは足を踏み入れた。ダンジョンは一度入ると後戻りはできない。彼らに待ち受けるのは天国か地獄か……それとも……?

 

 

ミラーシティ手前 無屋(むや)の荒地

「アレが……ここまで来てるのか。」

 雲の影の下、羽の生えた男がいた。牙があり、体格はガッチリとしている。まさにパワータイプの魔族、といったところだろうか。

「意外とマズいんだな。」

 少し遠くから見ていたためこちらに気付いていないようだが彼らの動きはよく見えている。すると相手の目がこちらを向く。

「!」

 一瞬目があったが双方、睨み合った。

「どうした、グラス。」

「いや、なんでもない。」

 勇者ランキング一位、不動のグラスだった。

「確かに隙がないな。」

 遠くから見ていても分かる。強者の風格!

(調子に乗ってたヤツなら殺そうと思ってたが……。)

「そうも行かねえみたいだな。」

 そう言うと大量のコウモリに体が変化し、その男は消えた。

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