いい人と言われる僕の彼女は、変わった女性ばかりだった

生出合里主人

いい人と言われる僕の彼女は、変わった女性ばかりだった

「悪いんだけど、別れてくれる?」


 僕は三ヶ月付き合っていた彼女から、いきなり別れを告げられた。


「あの、僕のなにがいけなかったのかな。悪いところがあるなら直すから」

「あんたが悪いわけじゃない。あくまでこっちの問題だから」


「もしかして、他に好きな人ができたの?」

「そういうことじゃない」

「じゃあどういうことなの?」


 彼女はボサボサな髪をワイルドにかきながら、ため息をついた。


「そんなに聞きたいなら言うけどさあ。あたし本当は、男に興味ないわけ」


 僕は一瞬、彼女の言っている意味がわからなかった。

 だって僕と彼女は、ちゃんと付き合っていたんだから。


「それって、どういう意味?」

「わかんないの? あたしは男を好きになれないって言ってるの」

「それってつまり、女性が好きってこと?」

「女にも興味ない」

「だったら、どういう人が好きなんだよ」

「誰のことも好きにならない。あたしは恋愛ができない人間なの」


 そういう人がいるってことは、聞いたことがある。

 性欲ってものが、生まれつきないんだとか。


「そういうのって、ノンセクシャルって言うんだっけ?」

「それは性欲がないっていう意味で言ってるんだよね。あたしはアロマンティック・アセクシャル。つまり恋愛感情もないし性欲もない」

「だけど僕とは男女の関係だったよね。おかしいじゃないか」


 彼女が目をつり上げる。

 僕に向けられた視線には、あふれんばかりの怒りがこもっていた。


「ほんと、しんどかったよ。好きでもない相手と付き合っているのは。セックスなんか地獄でしかなかった。終わった後、トイレでゲーゲー吐いてたんだから」

「そんな……。だったらそう言えばいいのに」

「そうね。無理しなきゃよかった」


 僕は彼女に気に入られたくて必死だった。

 そのなにもかもが、彼女にとっては苦痛でしかなかったなんて。


「だったらなんで、僕と付き合ったんだよ。そもそも、声をかけてきたのはそっちじゃないか」

「あたしさあ、人と違うってことをずっと気にしててさ。試しに誰かと付き合ってみるかって思ったのよ」


「だからって、なんで僕を選んだんだよ」

「あんたがいい人だって聞いてさ。そういう人にしとくのが無難かなって」


「いい人」か。


 僕は人からよくいい人だと言われる。

 いい人とは言われるけど、いい男とは言ってもらえない。


「無難って、ちょっとひどくない?」

「人間的に好きになれれば、付き合えるかもしれないって思ったんだよ。あたしにその気がないってわかっても、そんなに気にしないかもって思ったし」

「気にするよ。そんなことで付き合うなんて、ひどいじゃないか。僕の気持ちはどうなるんだ」


「だから、別れるしかないんだよ。ってことだから、バイバイ」


 彼女は颯爽と立ち去っていった。

 背中を向けながら手を振る姿が、男らしくてかっこいい。


 僕はあ然としながらも考えていた。

 ああ、こういうの初めてじゃないな、って。



 前の彼女も、なかなか強烈な人だった。

 普段は髪をまとめていて、すごく真面目そうに見える。

 でも部屋で二人きりになったとたん、豹変するんだ。


「女王様とお呼びなさい」


 ボンテージファッションの彼女を初めて見た時、僕はしばらく動くことができなかった。

 彼女はそんな僕のことは気にもとめずに、ほどいた髪を振り乱して僕の上にまたがった。

 そこから先のことは、とても口には出せない。


 そんな彼女との別れも、唐突だった。


「あたしたち、もう終わりにしましょ」

「えっ、どうしたんだよ突然」

「どうもこうもないわよ。あんたってつまんないんだもん」

「そりゃ悪かったね」

「あたしがどんなに激しいプレイをしても、あんた全然のってこないし」


 そんなこと言うなよ。

 僕は必死でついていこうとしたのに。


「そんなこと言われたって、僕はそういう趣味じゃないし」

「あんたいい人だから、あたしに合わせてくれるかもって期待したのに。でもやっぱダメだったわ」

「できる限りのことはしたつもりなんだけどな」


「あたしに気をつかってるだけで、自分の殻は破れない。そこがあんたの限界なのよ」

「いやべつに、そんなことがしたくて付き合ったわけじゃないし。僕はもっと普通に付き合いたかったんだ」


「普通ってなに? しょせんあたしたちは合わなかったってことよ。これ以上話しても不毛なだけ。じゃあね」


 僕はもっと彼女のことを知りたかった。

 とことん真剣に向き合えば、分かり合える相手だと思っていたのに。



 その前の彼女がまた、ひどい女だった。

 ちょっとかわい子ぶるところがあるなとは思っていたけど、そんな生やさしいレベルじゃなかったんだ。


「その男は、誰なんだ」


 他の男といちゃついている現場を僕に見られた彼女は、巻き毛の髪を指にからませながら堂々と言い放った。


「この人はあたしの彼氏だけど、それがどうかした?」

「僕のこと、二股かけていたのか」

「二股じゃないわよ」

「だって実際こうして、そいつとも付き合っているわけだろ」

「二股じゃなくて、七股。なにか問題ある?」


 その男は僕以上に驚いていた。

 この女、七人全員をだましていたんだな。


「最低だ。僕という男がありながら、そんなにたくさんの男と浮気していただなんて」

「いや、浮気じゃないから」

「本気なら、もっとたちが悪いよ」

「言っとくけど、あんたは七股に入ってないから」

「ええっ、僕は数に入ってないの?」

「入ってないわ。あんたも、あんたの友だちも、あんたのお父さんも」

「えーっ! 友だちはまだしも父さんまで? なにしてくれてるんだよーっ!」


 彼女はセックス依存症だったらしい。

 僕は何十人もいるセフレの一人にすぎなかった。

 しかも補欠だ。


「僕は君だけを大切にしようって思っていたのに……」

「あたしだって、あんたのことは八番目にしてあげようかなって思ってたのよ」

「嬉しくないよ八番目なんてっ」

「ま、このセリフって補欠の男全員に言ってるんだけどね」

「八番目でもないのかよぉ」


「あんたいい人だって聞いてるから、許してくれるかなって思ったんだけどな」

「許すとかそういう以前に、僕は悲しい。とにかく悲しいよ」


「あらかわいそう。かわいそうだから別れてあげる。さよなら」


 彼女は僕ともう一人の男を置き去りにして、声をかけてきた男と楽しそうに歩いていった。



 だけど一番迷惑したのは、その前の彼女だった。

 きれいだし、おしゃれだし、ステキな子だと思っていたのに。


「ねえ、あと一回だけお金貸してくれない?」


 彼女はフワフワした髪を揺らしながら悪びれもせず、僕からしぼり取れるだけしぼり取っていった。


「いつもこれで最後だと言って、会うたびに借りていくじゃないか」

「だってあたしに似合う服見つけちゃったんだもーん」

「服なら売るほど持ってるじゃないか」


 彼女の家には服やらバッグやらアクセサリーやら、高価なものがあふれていた。

 その大部分は、僕が食費まで削って買ってあげたものだ。


「けっこう売ってるけど、それでも足りなくて。下着も高値で売ってるんだけどね」

「なんてことするんだよっ」

「ねえ、意地悪しないで貸してよー。じゃないとまた実家のお父さんに借りちゃうよー」

「なんで貸してんだよ、うちの親は」


 僕の父親もだまされやすいからなあ。

 やっぱ親子だなあ。


「そろそろお宅の権利書、売っちゃおうかな」

「ダメでしょうそれは」


「いい人なら、なにされても平気だって思ったんだけどな」

「そこまで許す人なんていないよー」

「そんなこと言って、いつも勝手に借金返してくれてるじゃない」

「それは君の身の安全を守るためだよ。もうやめようよこういうの」


「そうやって時々説教してくるのウザい。いかにもあたしのために言ってるって感じが、余計にウザい」

「相手のためだと思ったら、たとえ嫌われても言ってあげないと」


「そういうのお互い疲れるでしょ。だからもう別れる。元気でねー」


 後でわかったことだけど、僕の持ち物で値打ちのあるものは片っ端から売られていた。

 幸い実家だけは残ったけど、親の貯金も底をついたそうだ。



 その前の彼女は、わけがわからなかった。

 ショートカットで頭の良さそうな子だったけど、彼女と付き合っている間は不思議なことばかり起こった。


 街を歩いていると、道行く人が僕に振り返る。

 なにかと思えば、ネットに僕の記事やら、動画やらが流れている。

 有名な女優を付き合っているとか、不老不死の薬を発明したとか、実は宇宙人だとか。

 どれも身に覚えのないことばかり。


 どうやら彼女が画像を加工して、誰かと僕の顔をすり替えていたらしい。


「なんでこんなことするんだよ」

「気にしないで。ただの遊びよ」

「いやいや、マスコミとか野次馬とか集まってきて迷惑してるんだけど」

「あんたはいい人なんだから、この程度のことで怒っちゃダメよ」

「なんだよそれ」


 時々警察が僕を捕まえて、詐欺だの殺人だの、いろんな容疑で取り調べをする。

 僕はなにも悪いことはしていないから、しまいには釈放されるけど。


 もっと困ったのは、怖い人たちがいきなり僕を追いかけてくることだ。

 外国人の集団が銃で襲ってきた時は、本当に死ぬかと思った。

 どうやら僕は、裏社会の大物ということにされていたらしい。


 ウソの情報を世界中にばらまいていたのは、やはり彼女だった。


「いったいなにがしたいんだ」

「いろんなところから誰かの個人情報を貸してくれって頼まれちゃって」

「君って何者なの?」

「それは知らないほうが身のためよ」

「そんなこと言われたら聞けないけど、一つだけ教えてほしい。僕を利用するために付き合ったの?」


「違う」って言ってほしかった。

 その一言で、全部許すつもりだった。

 でも彼女の顔には、「当然だ」って書いてある。


「そんなことない……ってことにして」

「なにをやってるのか知らないけど、無関係の人間を危険な目にあわせることないだろう」


「いい人なら、なんとかなると思って」

「なんでいい人だとなんとかなるんだよ」

「実際無事でいるじゃない。言動に非の打ち所がないし、会えば信用してもらえるし。それってやっぱり、あんたがいい人だからなのよ」


「だからってなんで僕がこんな目に……」

「安心して、あんたはもう用済みよ。あんたとあんたの家族の情報は使えるだけ使っちゃったから」

「家族を巻き込むのはやめて~」


「組織のデータから、あんたたちの情報は削除しておくわ。では、お大事に~」


 僕は彼女が無事でいられるのか、心配だった。

 彼女のためになるのなら、力を貸してあげたいとも思う。

 でも僕が協力すれば、彼女はより危険なことをやらされるかもしれない。

 僕は彼女を追いかけるわけにはいかなかった。



 こうして僕には、「いい人」という理由で彼女ができた。

 口下手でモテない僕には、もったいないような美人ばかりだった。


 だけどひどい目にはあうし、付き合いは長く続かない。

 これもみんな、僕に魅力がないせいなんだろうか。


 昔ずっと好きだったあの人なんか、全然振り向いてくれなかったもんな。



 ところがその初恋の相手から、突然会いたいという連絡があった。


 今回はどんなひどい目にあうんだろう。

 でも今度こそ、大丈夫かもしれない。


 小さな期待と大きな不安を抱いて、僕は待ち合わせ場所へ向かった。



 僕が人気のない場所で待っていると、目の前に黒塗りのワゴン車が停車する。

 そして黒服の男たちが僕を無理やり捕まえて、車内に押し込んだ。

 僕は声をあげることもできないまま、どこかへ連れ去られる。



 僕は眠らされていたらしい。

 目が覚めると、そこは宮殿のような部屋の中だった。


 目の前には、僕がずっと憧れていた女性がいる。

 あの頃と変わらない、きれいな長い髪と白い肌。

 その憂いを帯びた瞳が、好きだったんだよな。


「久しぶりね」


「これはいったい、なんの真似?」

「手荒な真似をしてごめんなさい。ここは口外してはならない場所なものだから」

「秘密の場所ってことか。でも君は、ただの学生だったはずだけど」

「それは世を忍ぶ仮の姿よ。まだ詳しくは話せないけど、あたしはある特別な役割を与えられているの」


 確かに、彼女にはミステリアスな雰囲気がある。

 友達はいないみたいだったし、告白されても必ず断ると聞いていた。


「わけがわからないんだけど、君は僕をどうしたいわけ?」

「あなたは中一から高三まで、何度もわたしに告白してきたわね」

「本当に好きだったからね」


 あの頃の記憶がよみがえってくる。

 彼女の表情、彼女の仕草、彼女の言葉。

 そのすべてが僕の胸をとらえて離さなかった。


「わたしあなたはいい人だと思ったから、お付き合いしたいと思っていたの。でもわたしは簡単に人を信用してはいけない立場にいる。だから後ろ髪を引かれる思いで断っていたのよ」

「そっか。僕のこと、嫌いなわけじゃなかったんだね」


「そうね。だけどあなたとお付き合いをするためには、あなたが本当にいい人なのか、確かめる必要があったの」

「いい人なのか、確かめる?」

「そこでわたしはいろんな女性に声をかけて、あなたのことを強くすすめたの。あんなにいい人いないわよって」


 僕は衝撃を受けた。

 歴代の彼女たちは、「いい人」という理由で僕を選んでくれた。

 その原因が、憧れの彼女だったなんて。


「そうか。全部君の計算だったのか」

「あなたには悪いけど、あなたのことをずっと監視していたの。怒らないで。おかげで組織はあなたを正真正銘のいい人と判断して、わたしたちの交際を承認してくれたのよ」


「だけどいい人なんて、世の中にいくらでもいるじゃないか」

「あなたわかってないわ。本当にいい人って、めったにいないのよ」


「仮にそうだとしても、いい人ってことがそんなに重要? そんなのより才能があるとか、権力を持ってるとか、そういうことが重要なんじゃないの?」

「みんなわかっていないのよ。世界にとって、いい人がどれほど貴重なのかということを。人々はそれに気づかないまま、いい人を利用し、搾取し、命を削り取っているの」


「君のおかげで、僕は大変だったんだけどな……。そこまで大げさに言われると、なんか怖いんだけど」

「怖がらないで。わたしたち、ようやく交際できるのよ。ただし、ここから自由に出ることは許されないけれど」


 僕は部屋にたくさんの監視カメラがあることに気づいた。

 一日中監視されながら、彼女と付き合えっていうのか?


「ずっと片思いだった人と付き合えるのは嬉しいけど、やっぱ怖いし、それに……」

「それに?」

「目的はどうあれ、自分の好きな人を他の女性たちと付き合わせるなんて、どうかしていると思う」


「しかたなかったの。ちなみにお父様もここにいるわよ」

「また出てきたのか父さん! こんなのおかしいよ!」


「つまり、わたしとはお付き合いできないってこと?」


 僕は深呼吸をした。

 いくら悩んだところで、答えはすでに決まっている。


「いや、僕は君と付き合いたい」

「本当にいいの? まだわたしたちが何者なのか知らないのに」


 心配そうな彼女に向かって、僕はニヤリと微笑んでみせる。


「僕は君がどんな人でも驚かない。変わってる彼女には、もうすっかり慣れてしまったからね。むしろ平凡な女性じゃ物足りないよ」

「ウフフ、すべてわたしの思惑どおりね。これからあなたには、誰も経験できないような波乱万丈の人生を送ってもらうわ。さあこれから、いい人の逆襲が始まるのよ!」



 もう驚かない、とは言ったものの、彼女が異質な存在なのは確かだ。

 気のせいなのか光のイタズラなのか、彼女が後光に照らされているように見える。


 このさい、彼女が天使だろうと悪魔だろうと構わない。

 僕を一生、楽しませてくれ。


 なんか、ゾクゾクしてきたぞ。

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