ふたりとひとり

伊藤沃雪

ふたりとひとり

 少女たちは、きつく手を結んだまま校舎内を全力疾走していた。人のいない廊下を走り続けていたが、すでに息も絶え絶えで、調理室のドアを開くと2人して転がるように雪崩れ込んだ。



「ハァ……ハァ……!」


 気の強そうなポニーテールの少女が、鍵のかかった保管庫を無理やりこじ開けて、包丁を握った。2丁取り出すと、もう1人の少女の元へふらりと滑り込んだ。


「ホラ、これ……!使えそう!」


 ポニーテールの少女から包丁を渡され、おかっぱの地味な少女がおそるおそる頷く。


「雪菜、こ、ここなら誰もいないよね? 来る時、見なかったもんね? ねっ!」

「うん、たぶん。あたし、見張ってるよ。胡桃くるみはちょっと休んでて!」


 ポニーテールの方が雪菜、おかっぱの方が胡桃。ふたりは同じ高校に通っている。制服はひどく汚れており、まるで戦地の紛争にでも巻き込まれたかのような有様だった。


「あっ、雪菜、み、水もまだ出るみたいだよ。むぐっ……わ、私、交代するから、飲みなよ」


 胡桃は蛇口から水を掬って飲むと、雪菜の元へ歩み寄った。


「本当?じゃあ、頼むね。気をつけてね」


 雪菜も早足で蛇口まで向かい、水を掬うと、がぶがぶと5、6回続けて飲んだ。







 校舎は静かで、人の気配がしなかった。時計の針や冷蔵庫が生きていると、主張するように音を立てるのみだった。


 雪菜と胡桃は、調理台の裏に隠れて並んで座っている。互いの顔が交差するようにして距離が詰まり、唇同士が触れ合っていた。血管も、肉体も同化しているみたいに、ひとつだった。陽が傾いて調理室内に影ができると、唇は離れて少女たちは2人に戻った。



「……」

「……ね、雪菜……」

「なに?」

「……わ、私、足手まといだから……危なかったら置いていってね。その方がまだ、い、生きた、誇りになるっていうか、ね……」

「何言ってんの」

「だって、こんなことになってさ。ゆ、雪菜が頑張ってくれなかったら、今ごろ、ここに居ないもん。わ、私は長生きできたんだよ」

「胡桃、そんなのあたしだってそうだよ。一緒だから、逃げられたんだよ。だから、そんなこと言うの……やめてよ」

「ごめ、ごめんごめん、もう、そろそろそろみたい。だから、」

「やめて、やめてってば……!」

「ゆ、雪菜に、こここ殺される、なら、本望、本望もうもうだよ」


 胡桃の顔の皮膚は腐り落ち、瞳が怪しく光り、涎を垂らしていた。きつく繋いでいた手は、妖怪のように長い爪が生え、緑の皮膚に変貌した。胡桃の腕には、引っかかれた跡があった。


「あぁ……あ……ああぁっ!」


 雪菜は頭を抱えながら、座ったままずりずりと後退する。胡桃だったモノはぶつぶつと何かを呟きながら、雪菜に向かって手を伸ばしてくる。


「胡桃……」


 雪菜は泣いて、顔をぐちゃぐちゃにして動けずにいたが、やがて決意したように包丁を取る。




「ごめんね。愛してるよ」



 包丁は胡桃だったモノの身体に向かって何度も振り下ろされた。



 空には黒い太陽が昇り、世界中から人ならざるモノの呻き声が聞こえる。少女たちは1人になった。

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ふたりとひとり 伊藤沃雪 @yousetsu

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