中編

 クチナシ君から借りた、『吸血鬼男子と献血女子』。なにこれ、メッチャ面白いじゃん!

 クチナシ君が『パンくわ』に似た作風って言ってただけあって、アタシの好みにストライク。小説を読みなれてないから読む速度はカタツムリみたいに遅いけど、読んでても全然眠くならないし、この時点で革命的だね。


 てなわけで、アタシはノロノロだけど読み進めていって、次の日には半分くらい読み終わってたんだけど。

 国語の授業が終わった後の休み時間、感想文提出を言ってきた張本人、石頭先生がアタシの席にやってきた。


「可愛。読書感想文、ちゃんと進んでるだろうな?」

「バッチリです。今この本を読んでいます」


 そう言って『吸血鬼男子と献血女子』を見せたんだけど、途端に石頭先生が顔をしかめた。


「おい、注意したのにまた漫画か? ちゃんと小説を読めと言っただろう」

「むう、ちゃんと小説ですよー。ほら、字ばっかり書いてあるでしょ」

「ん……いや、こんなもの小説と呼べるか。もっとちゃんとしたものを読め」

「えー、そんなー!」


 せっかく読んでるのに、酷―い! 横暴だー!

 だけど不機嫌に頬を膨らませていると、アタシ達に近づいてくる人が。


「すみません。その本、僕が勧めたんです」

「あ、クチナシ君」


 やってきたのはクチナシ君で、先生が驚いた顔をする。


「クチナシが? 真面目なお前が、なんでこんな物を?」

「お勧めの本だからですけど、いけませんでしたか?」

「お前、読書感想文だから、もっとちゃんとした本をだな……」

「ちゃんとした本だと思いますけど。先生は本を差別するんでしょうか?」

「そう言うわけじゃ……もうそれでいいから。可愛、さっさと読んで提出しろよ」


 そういって先生は行ってしまった。

 何あれ。ム・カ・つ・くー!


 するとなぜかクチナシ君が、ぺこりと頭を下げてきた。


「すみません、僕のせいで。別の本にしておいたほうが良かったかも」

「えー、クチナシ君何も悪くないじゃん。と言うか、難しい本だったらきっと読んでる途中で眠くなっちゃってるし。その点『吸血鬼男子と献血女子』は全然眠くないし、読みやすいもの。放課後の教室で二人きりになるシーンではキュンキュンしたし、ヒーロー君が紳士的だけど時々ワイルドになるところとか、ズキューンってなるし。アタシ本読むの苦手だけど、これは別。今まで読んだ中で断トツで面白いよ。貸してくれてありがとう!」


 つい一気にまくしたてちゃうと、クチナシ君は圧倒されたみたいに固まる。

 ありゃりゃ、つい喋りすぎちゃったかな? クチナシ君喋るの苦手なのに、悪いことしちゃったかも。

 だけどクチナシ君、アタシの顔を見ながらふっと笑ったの。


「……よかった」


 っ! ズキュ————ン!

 わわっ、クチナシ君の笑った顔、初めて見たよ!

 もともとイケメンだとは思っていたけど、笑った顔は破壊力抜群。顔面力が高い男の子が笑ったら、こんなにすごいんだー!

 しかもクチナシ君、めったに笑わないというか無表情だから、笑顔なんてSSRクラスの価値があるんじゃないの⁉

 課金もしていないのに、そんなの拝ませてもらっていいのかなー⁉


「可愛さん、どうかしましたか?」

「な、何でもない。それよりさっきの、助けてくれてありがとう」

「いいですよ。僕も先生の言い分には、納得がいきませんでしたから」


 うんうん、そうだよね。元々クチナシ君の本なのに、あんなふうに言われたら気を悪くしてもおかしくないよね。


「そういえばクチナシ君、小説だけじゃなく漫画も読むんだよね。『パンくわ』も読んでるし」

「はい。漫画も好きですよ」

「ねえねえ、他にどんな漫画読んでるの? 教えてよー」

「いいですけど……僕と話しても、つまらなくないですか?」

「ふえ?」


 つまらないって、全然そんな事ないよ。

 最初はとっつきにくい性格なのかなーって思ってたけど、話してみるとそんな事ないし。


「どうしてそんな事言うの? アタシはクチナシ君と話すの、楽しいけど。はっ! ひょっとして昔、つまらない奴とか何とか言われて、トラウマになった暗い過去があるとか?」

「トラウマにはなっていませんけど……大体そんな感じです」

「もうー、そんなの気にすることないってー。アタシがお喋りしたいって言ってるんだからいいじゃん。それとも、クチナシ君は嫌?」

「いいえ……嫌ではありません」


 言いながら、照れたように顔をそむけるクチナシ君。

 うわっ、クチナシ君の照れ顔。これも威力絶大だってば。

 イケメンの照れ顔って、滅茶苦茶キュンキュンするんだよー!


 さっきの笑顔もそうだったけど、彼のこんな秘密の表情、きっとクラスで知ってるのはアタシだけなんだろうなあ。

 ついこの前まで話した事なかったクチナシ君だけど、この数日でアタシの中では評価が爆上がり!

 お喋りしたいクラスメイト、堂々の第1位だね。


 ふふふー。クチナシ君と話すの案外楽しいし、読書感想文がきっかけで話すようになったけど、それが終わったらサヨナラなんてもったいないよね。

 よーし決めた。読書感想文を書き終わっても、クチナシ君には声をかけ続けよう。

 いつか一緒にカラオケに行ったり、クレープを食べたりするのもいいかも。

 よーし、決定ー!



 ま、読書感想文を完成させることが先決なんだけどね。でなきゃ遊びにいくどころじゃないもの。

 陽子ちゃん、実はこういうところは真面目なのだ。


 と言うわけでそれからしばらくして……おーし、『吸血鬼男子と献血女子』読破―!

 結局読み終わるまで三日かかっちゃったけど、きっとクシナシ君なら一日で読んじゃうんだろうなー。


 でも読み終わっても、まだ読書感想文は書けていないから、返すのはもうちょっと後。けどその前に、クチナシ君と作品について語ってみよう。

 と言うわけで、アタシは学校で彼に話しかけたんだけど。


「ねえねえクチナシ君。夕べ『吸血鬼男子と献血女子』、読み終わったんだ」

「……そうですか」

「そーなの! 面白かったよー。復活したヤマタノオロチの血を吸って止めようとするシーンなんて、手に汗握って……」

「……ごめんなさい。僕用事があるので、今はこれで」

「ふえ?」


 たくさん語ろうって思ってたのに、クチナシ君はどこかに行っちゃった。

 むむむ、用事があるなら仕方がないけど、さっきのクチナシ君の態度、どこか変だったなー。

 いつもなら話を切り上げるにしても、もっと丁寧に言うのに。ひょっとしてアタシ、何か気に障るようなことしたかなー?


 はっ! もしかしたらさっき手に汗握るなんて言ったから、貸した本を汗で汚されたって思っちゃったのかも?

 うわーん、汚してないよー!


 まあこれは考えすぎかもしれないけど、それでももしもって事もあるから、あとでちゃんと話をしておこう。

 ……って、思っていたんだけど。


「ねえねえクチナシくん」

「すみません、用事があるので」

「クチナシ君、ちょっといい?」

「ごめんなさい。図書委員の仕事があるんです」

「クチナシくぅぅぅぅん!」

「可愛さん……ここ、男子トイレですけど」

「うわあぁぁぁぁ、ゴメェェェェン!」


 てな感じで、全然話せないの。

 そして男子トイレはともかく、なんだかアタシ、避けられてない? 

 こ、これはもしかしたら本当に、手汗で本を汚したって思われて静かにブチ切れてられているんじゃ?


 心配になったアタシは、友達のトモちゃんに相談してみたんだけど。


「クチナシ君が怒ってる? そうは見えないけど。と言うかクチナシ君って、怒ることあるの? いつも無表情なんだけど」

「うーん。アタシも怒ったとこ見たことないなあ。笑った顔は見たんだけど」

「え、マジ? クチナシ君って笑うの? 陽子以外、笑ってるの見たことある人いるのかなあ? 超レアなんだけど。ねえねえ、いったいどんな風に笑ったの?」


 どんなって言うか、すっごく素敵な笑顔かな。

 トモちゃんってばクチナシ君の笑顔に、興味津々みたい。クチナシ君イケメンだもんねー。

 だけどトモちゃんには悪いけど、クチナシ君の笑顔を見たことあるのがアタシだけなら、ちょっと嬉しいかも。


 あれ、でもなんでだろう? つい自然と、クチナシ君の笑顔を、私だけの秘密にしときたいって思ったのはどうして?


「それにしても。陽子って最近本当、クチナシ君と仲いいよね。こりゃあ主代は焦るんじゃないの?」

「え、どうしてここで主代君が出てくるの?」

「何でもない何でもない、こっちの話」

「ならいいけど……それよりクチナシ君、本当に怒ってるなら、どうやって謝ろう」


 本を新しく買って、弁償するとか?

 ああ、もう。クチナシ君のことで頭がいっぱいで、これじゃあせっかく本を読んだのに読書感想文を書くどころじゃないよー!


 だけど実は、提出期限は今日なんだよねえ。

 と言うわけでアタシは放課後一人教室に残って、一生懸命書くことになったの。しくしく。



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