陰キャな彼とギャルなアタシの読書感想文

無月弟(無月蒼)

前編

 授業が終わった放課後。いつもなら友達のトモちゃん達と一緒にカラオケで歌ったりクレープを食べに行ったりしてるんだけど、今日アタシが向かったのは中学校の図書室なんだよね。


 普段のアタシなら絶対にこんな所に来たりしないんだけど、こうなったのは国語教諭の石頭いしあたま先生のせい。

 何さ何さ。石頭先生ってば、夏休みの宿題の読書感想文を再提出しろだなんて。アタシはちゃんと、漫画『パンくわえて登校していたらイケメン転校生とぶつかってキャッキャウフフの展開になりました~令和編~』の感想文を書いたじゃない。なのにやり直しだなんて酷くない?


 え、漫画じゃなくて、小説の感想文を書かなきゃダメだって? うーん、それを言われると何も言い返せないなー。

 だけどさ、こっちにも色々あるわけよ。だって字ばっかりの本って、読む気しないじゃん。最初の数行でダウンだよダウン。すぐに眠気が襲ってきちゃうもん。

 ギャルと読書は、相性悪いんですー。


 ほら、現に今だって図書室の空気を吸っただけで眠気が……は、いかんいかん。アタシとしたことが、危うく図書室の床で鼻提灯を膨らませながら爆睡するという醜態を晒すところだった。

 むむむ、どうやらここに長居するのはヤバいっぽい。


 てなことを考えていたら、スカートのボケっとに入っていたスマホがピコーンって鳴って、見ればトモちゃん達がカラオケを楽しんでいる写真が送られていていた。


 うわーん! 皆アタシをのけ者にして、楽しんでるー!

 もう、こうなったらさっさと本を借りて、ちゃっちゃと読んで、とっとと感想文を書いて、くだらない宿題なんて終わらせてやるー!


 とは言ったものの、いったいどの本を借りたらいいのやら。できれば眠くなりにくく、読みやすい奴がいいんだけど……ん、あれは?


 アタシが目を向けたのは、本棚じゃなくて貸し出しや返却時に利用するカウンター。その奥に、とても奇麗な顔をした男子が本を読んでいるのが、目に飛び込んできたの。

 おお、アレは梔子くちなし君じゃありませんかー。


 クチナシ君はアタシと同じクラスの男の子で、とっても奇麗な顔をしたイケメン。その顔立ちから、女子に大人気……だったんだけど。

 クシナシ君は重度のコミュ障なのか、話しかけられても「はい」と「いいえ」以外はほとんど喋らずに、何を言われてもニコリともしない。

 この前クラスの陽キャの主代おもしろ君が渾身の一発ギャグをやって、クラス中が爆笑の渦に包まれた時だってニコリともしなかったんだから、相当だよね。


 で、話しかけてもリアクションがそんなだから、アイツは顔だけの奴だって言われて、次第に女子たちも声を掛けなくなっていって。今では休み時間も昼休みもいつも一人で本を読んでいる、陰キャオブ陰キャなの。


 アタシは一度も話したことないんだけど、まてよまてよ。いつも本を読んでるってことは、本に詳しいってことだよね。

 今まで知らなかったけど、カウンターにいるってことは図書委員なんだろうし、だったら何か読みやすそうな本はないか聞いてみよう。決定―!


「クチナシ君クチナシ君。つかぬことをお伺いしますが、メッチャ簡単に読めてメッチャ面白い本って、ありませんか?」


 カウンターまで行って尋ねてみると、梔子君は本を読む手を止めて顔を上げて、キョトンとした顔でアタシを見る。

 わわっ、梔子君の顔、こんな近くで見たの初めてだけど、やっぱりイケメン。ジーっと見つめられると、アタシも照れちゃうぞ。


「あ、ひょっとしてアタシのこと分からないかな? 可愛かあい陽子ようこ、同じクラスなんだけど」

「……はい、知ってます」


 よかった、ちゃんと知っててくれた。話したことないとはいえ同じクラスなのにもしも知らないって言われたら、可愛さんもショックだったぞー。


「……どんな」

「ふえ?」

「どんな本が好みなんですか?」

「え、えーと。面白いやつ」


 って答えたけど、クチナシ君はなんだか困った様子。


「すみません。可愛さんがどういう内容の本を面白いと思うのか、僕にはわかりません。何か例を挙げてもらえると助かるのですが」

「うーん、『パンくわえて登校していたらイケメン転校生とぶつかってキャッキャウフフの展開になりました~令和編~』とか。他には……」


 てな感じでいくつか挙げていったけど、全部漫画じゃん。

 でもしょうがないっしょ、だってアタシ、小説なんてほとんど読んだことないんだもん。


「どう、何か分かる? ゴメンねー。実は夏休みの宿題の読書感想文、再提出しろって言われちゃってさー。なんか読まなきゃいけないんだけど、アタシ小説って苦手なんだよねー。漫画なら好きなのにー。って、図書委員に言うことじゃないかー。あははー」


 って、ヤバ。図書室なのに、つい大きな声で喋っちゃったよ。

 だけどクチナシ君は起こる様子もなく、少し考えてからポツリ。


「読書、苦手なんですね。けど、可愛さんに合いそうな本ならあります」

「え、本当?」

「はい……ただ図書室にあるんじゃなくて、僕の私物なんですけど。明日でよければ、持ってきましょうか?」


 え、クチナシ君の本? わざわざ持ってきてもらうのは悪い気もするけど、どんな本なのかちょっと気になる。


「いいの? それじゃあお願いできる?」

「分かりました。明日もってきますね」

「ありがとう。楽しみにしてるね!」


 クチナシ君にお礼を言って、図書室を出る。

 読む本が今はない以上、今日は読書することも感想文を書くこともできないよね。だったら今からでもトモちゃん達と合流して、一緒にカラオケだー!


 だけど校舎を出たところで、ふと気づいた。


「クチナシ君、自分の本を持ってきてくれるって言ってたけど、いつも本ばかり読んでるクチナシ君の持ってる本って、すごく難しいんじゃ?」


 刑事ドラマの凶器にも使えそうな、百科事典くらいある分厚い本を想像して鳥肌が立つ。

 ひぇ~、どうしよ~。ついノリで借りることにしたけど、そんなの絶対に読めないよー!

 どうしよう。クチナシ君には悪いけど、断り方を考えておいたほうがいいかも。


 ……なんて思っていたけど。

 次の日の朝、アタシ達の教室。クチナシ君が「可愛さん、これ」と言って差し出してきたのは、以外にも小さいサイズの本。タイトルは、『吸血鬼男子と献血女子』。

 しかもピンク色の表紙に、学校の制服を着たかわいらしい女の子とイケメンの男の子の絵が描かれた、漫画みたいな本だった。

 というかこれって、漫画じゃないの? だけど受け取って中を開いてみるとちゃんと小説で、全部の漢字にフリガナがふってあった。


「ずいぶんかわいい本だね。なにこれ、ラブコメ? なんだか漫画みたいだし、これなら読みやすそう」

「可愛さん、本読むの苦手って言ってましたから。それにこれ、『パンくわえて登校していたらイケメン転校生とぶつかって(以下略)』に作風も似てるので、読みやすいかと思ったんですが」

「へー、わざわざそこまで考えてくれたんだー。って、ちょっと待って。クチナシ君ってひょっとして、『パンくわ』読んだことあるの?」

「はい」


 だよねー。でなきゃ作風が似てるんなんて、分かんないもの。

 だけどてっきり小説ばかり読んでると思っていたのに、漫画も読んでるなんて意外中の意外

 それにこんな少女漫画みたいなかわいい小説を持ってる事も意外だよ。


「ひょっとしてクチナシ君、漫画も結構読むの?」

「はい」

「わあ、ビックリ。てっきりもっと、難しそうな本ばかり読んでるって思ってたよ」

「いいえ」


 相変わらず返事は淡白なものだったけど、クチナシ君の秘密が見れた気がして、ちょっと面白かった。

 と言うか、昨日から思ってたんだけど。


「ねえねえ、どうして敬語なの? 同級生なんだし、ため口でいいよ」

「それは……すみません、慣れているので」


 ふーん。まあそれなら無理強いはできないけど、ちょっと残念だなー。

 まあいいや。とりあえずこの本は、ありがたく借りておこう。


「本ありがとねー。なるべく早く読んで返すからー」


 借りた本を手に、自分の席へと帰っていく。

 けどその前に、一人の男子生徒が声をかけてきた。昨日も一緒にカラオケに行ったクラスの陽キャ男子、主代君だ。


「陽子、クチナシなんかと何話してたんだよ?」

「ちょっと小説を貸してもらったの。ほら、読書感想文、再提出しなきゃいけないって言ったじゃん」

「えー、クチナシに借りたのかよ? つーかなんだそれ。クチナシの奴、そんな女が読むようなもん持ってるの? ウケるんだけど」

「むー、そんな言い方ないじゃん。アタシは別にいいと思うよ。じゃあね」

「あ、おい。待てよ陽子」


 主代君が名前を呼んだけど、待ってやんない。

 だってクチナシ君をバカにされるの、なんかムカついたんだもん。


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