第9話なんだか騒がしくなりそうだ

本日は久しぶりにアルバイトが休みの日だった。

お給料はまだ入ってこないのだが、僕の預金通帳には今まで貰ってきたお年玉が全額入っていた。

もちろん何かの拍子で使った金額はいくらかあったはずだが、それでも十万円近くは入っていた。


いつものように放課後がやってきて僕は誰と約束するわけでもなく教室を後にすると校舎を抜ける。

校門までの長い道のりでいつものように声を掛けてくる人物が一人。

「先輩!」

後ろから声を掛けられて振り返るとマイマイがこちらに駆け寄ってきていた。

「おつかれ」

そんな言葉と共にマイマイを受け入れるように微笑むと彼女はくすぐったそうな笑みを浮かべた。

「今日はバイト無いんですか?」

「うん。諸々の関係で…今週は二日ぐらい休みがあるんだよね」

「そうなんですね。バイトって大変ですか?」

「まぁ。でも時間を忘れて仕事に集中しているのはいい気分だよ」

「ですか。私もバイト始めようかな…」

ちらりとこちらを覗き込む様な視線を送ってきたマイマイに僕は頷いて応えた。

「良いと思うよ。何かに熱中することは素晴らしいからね」

「ですよね。先輩のバイト先は…まだ募集していますよね?」

「え?うん。一人問題児な女子が居て…その子のせいでバイトは殆ど辞めていったらしい。今でも残っている人も居るけど…その娘とはシフトを被らないようにしてもらっているんだって。だから必然的に僕がその娘と組むことが多いんだ」

「問題児?何か犯してしまったんですか?」

「う〜ん。サークルクラッシャーって言えば分かる?」

「あぁ〜。色んな男子に色目使ったんですね」

「まぁ。本人はそのつもりじゃないみたいだけど。素で男子を虜にする性格らしいよ」

「先輩は大丈夫なんですか?」

「うん。僕は事前に注意を受けていたから」

「ですか。私も先輩のバイト先に応募してもいいですか?」

「もちろん。マイマイが一緒なら心強いよ」

「ですか。じゃあ早速履歴書買いにいきましょう」

マイマイと過ごす事が決定した放課後だった。


僕とマイマイは履歴書を購入するためにコンビニへ訪れていた。

「何か飲み物奢るよ」

「良いんですか?」

「もちろん」

「ありがとうございます」

そうしてマイマイは甘い飲み物を手にするとカゴの中に入れた。

僕もお茶のペットボトルをカゴに入れるとレジまで向かう。

「履歴書のお金は私が出します」

「良いよ良いよ。何百円の話でしょ」

「でも…」

「素直に甘えておきな」

「ありがとうございます」

会計を済ませて店の外へと向かおうとしていると…。

「ふぅ〜ん。普段はそんなに優しいんだ…やっぱり私のことはわざと避けているんだね」

いつの間にかバイト先の小悪魔である最上カレンが僕らの横に立っており訝しんだ表情を浮かべている。

「最上さん。この娘は中学からの後輩ですよ?態度が違っても変じゃないでしょ?」

「いいや。明らかに変だよ。私にはわざと冷たくしている」

「そうかもですね。悪い噂は聞きましたし」

「私のせいじゃないし」

「ですか。店の中で話をするのも迷惑でしょうから。僕たちは出ますね」

「私もついて行く」

「何でですか?」

「なんでも」

そうして奇妙な組み合わせの三人組がコンビニの外へと出ると近くの公園まで向かうこととなる。

ベンチに腰掛けた僕とマイマイを見下ろすようにして最上は口を開く。

「私の方がこの娘より絶対に可愛いのに…どうして冷たくするの?」

そんな言葉を投げかけられて僕は少しだけむかっ腹が立つ。

反論しようとしている僕を制したのはマイマイだった。

「椚舞と申します。確かに貴女のほうが断然可愛いでしょう。それは認めます」

「ほら。本人だってそう言っているよ?」

最上はマイマイと会話をする気が無いらしく再び僕に向けて口を開いた。

「可愛い子には絶対に優しくしないといけないの?どんな性格の娘だったとしても優しくしろと?」

「当然でしょ?だって可愛いんだから」

「関係ないと思うな。僕は総合的に人間として見るのであれば…マイマイの方が可愛いと思うし好きだな」

「何…それ…ありえないんだけど…価値観バグっているんじゃない?」

「いいや。そんなことない。僕が全面的に正しいとは言わないけど。少なくとも被害にあった男子達も今なら分かると思うな」

「何を…?」

「見た目だけで判断すると痛い目にあうって」

「………っ。最悪…」

最上カレンはそれだけ言い残すと逃げるように公園を後にする。

少しだけ言い過ぎたのでは無いだろうかと軽く後悔した。

だがマイマイを傷つけるような発言は許せなかったし、これぐらいが丁度いい具合だったのかもしれない。

そんな事を思いながら隣に視線をやるとマイマイは照れくさそうな表情を浮かべていた。

「どした?」

首を傾げて問いかけるとマイマイは恥ずかしそうに口元を両手で隠して言葉を発する。

「可愛いって…好きだって…先輩が言いました…♡」

もじもじと言い難いことでもあるかのように小声で言うマイマイは小動物のようで愛くるしかった。

「言ったね。事実だし」

「え…それって…」

「まぁ今日のところは履歴書を書いちゃおう。書き方教えるよ」

「良いんですか?」

「もちろん」

そうして僕とマイマイは近所のファストフード店に入る。

そこから一時間も掛けないで履歴書を完成させる。

マイマイは僕のアルバイト先に電話をかけると後日面接と相成るのであった。



「マジで…悔しい…この気持ちは何…?私が恋に落ちたって事?ありえないんだけど…あんな失礼な男…でも…何でこんなに考えちゃうの…どうしよう…」

最上カレンは自宅の自室で布団にくるまると熱い頬に手を当てて身体を丸くした。

この日以降、最上カレンの頭の中には倉橋丈でいっぱいになるのであった。

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