第8話小悪魔が現れた

休日ということで朝の九時に目を覚ました僕は朝シャンを済まして身支度を整えた。

「今日はフルでバイトだから。僕の分のご飯は用意しなくて大丈夫だからね」

「はいはい。頑張りなさい」

家を出る前に母親に告げると僕は家を出た。

自転車に乗って目的地であるアルバイト先のお寿司屋さんへと向かう。

十一時からバイトだったがこのまま行くと十時三十分ぐらいには到着することだろう。

お腹の空き具合は普通ぐらいだろうか。

お昼にもまかないは出るので少しぐらい空腹の状態のほうが都合がいいだろう。

お店の駐輪場に自転車を停めると裏口から中へ入っていく。

「おはようございます」

ホール全体に聞こえるように挨拶をすると事務所へと向かった。

「おはようございます。今日もよろしくお願いします」

リーダーに挨拶をするとロッカーに荷物を入れて更衣室で着替える。

タイムカードを押してホールに出ると開店準備に取り掛かっていた。

「倉橋くん。今日初めて会う娘が来るけど…」

リーダーは少しだけ言い難いことでもあるかのように気まずそうに口を開いた。

「はい。休日ですから三人体制でしたっけ?」

「そう。それでね…」

「なんですか?はっきり言ってください」

「うん。その娘に惚れないでね?」

「あぁ…そういうことですか」

「うん。結構小悪魔な娘だから。それでバイト辞めていった男子が結構いるんだ」

「ですか…気を付けます」

「よろしく。私も見張っているから」

「ありがとうございます」

開店準備が整って十一時三十分にお店の鍵を開けると次第にお客様が流れ込んでくる。

十二時になる数分前に同じくバイトの女の子がやってきて僕らは挨拶をすることとなる。

「新人の倉橋です。よろしくお願いします」

眼の前の女子は僕よりも幼いように見える。

もしも高校一年生でバイトを始めたとしても彼女は僕よりも一ヶ月先輩になるだろう。

その一ヶ月の間で何人もバイトを辞めさせたのだとしたら…。

とんでもない小悪魔と言えるだろう。

「よろしく〜♡高校一年生の最上もがみカレンですっ♡」

それにコクリと頷くと辞めていった男子たちの事を思う。

確かに事前情報がなければ簡単に惚れてしまっても可笑しくない。

顔も声も表情も仕草も男子に刺さってしまう魅力を持っているのは間違いなかった。

「倉橋くん。四番テーブルのホールバックよろしく」

早速リーダーは僕らを引き剥がすように口を開いてそれに同意するように了承の返事をする。

手際よくホールバックを終えると丁度、最上はリーダーに汁物を運ぶように言われていた。

バックに戻ってきた僕にリーダーは深くため息をつく。

「本当に手が焼ける。気を使いながら仕事するのは大変だよ…」

「僕は今のところ…大丈夫ですけど…」

「本当に?」

「はい。気をしっかり持っておきます」

「頼むよ」

それに頷くと休日お昼の飲食店だけあって十五時程まで混雑は継続するのであった。



「じゃあ二人は休憩入っちゃって」

十五時になった頃。

リーダーは僕らにそう告げる。

「二時間ね。休憩のタイムカード押しておいてね」

それに了承の返事をすると僕と最上は揃ってタイムカードを押した。

「リーダーは休憩しないんですか?」

「ん?休憩しながら仕事だね。本来だったら休日は四人体制なんだけど…あの娘が居るから男子は誰も入りたがらないんだよ」

「なるほど…じゃあその分リーダーが割りを食っているんですか?」

「まぁ。仕方ないよ。社員だし」

「僕も休憩しながら手伝いますよ」

「いやいや。悪いって。ちゃんと休憩しな」

「大丈夫です。まだ頑張れますから」

「気持ちは嬉しいけど…」

「じゃあその内、ご飯でも奢ってくださいよ。手伝うだけですから」

「そう?本当は良くないんだろうけど…倉橋くんの厚意だもんね。じゃあ受け取ろうかな」

「はい。受け取ってください」

最上は空いているテーブル席の椅子に腰掛けてスマホを操作していた。

僕はリーダーの側で夜の営業を恙無く行うための作業をしていた。

僕らが仲よさげに会話をしながら作業しているのが気に入らなかったのか最上はこちらにやってくる。

「休憩なんだからこっちで一緒に休もうよ♡」

そんな誘うような言葉を受けても僕は首を左右に振った。

「最上さんだけ先に休んでいてください。僕ももしかしたら後で向かうので…」

「えぇ〜なんかつまんない…」

最上は駄々をこねる子供のような事を言うと不機嫌そうな表情を浮かべて席に戻っていく。

「倉橋くん…やるね」

リーダーはコソコソと僕に耳打ちすると苦笑した。

「まぁ。後輩の相手は慣れているので…」

「でも…不機嫌になったよ?」

「大丈夫ですよ。こっちが毅然とした態度でいれば勝手に機嫌を直しますから」

「そうなの?」

「はい。下手に機嫌を取ろうとすると…ああいうタイプは調子に乗りますから」

「なんだか…大人みたいな事言うね」

「いえいえ。それこそ今までの経験則です」

「そっか。苦労してきたんだね」

「中学の時の部活で鍛えられました」

「部活?何やっていたの?」

「陸上です。男女一緒に練習やトレーニングをするので…一応慣れています」

「そうなんだ。専門は何だったの?」

「う〜ん。短距離も長距離も選手として登録されていたんですよ」

「へぇ〜。そんなことあるの?」

「まず無いと思うんですが…どうしてもどっちにも所属しないといけなくて…」

「どうして?」

「それこそ後輩女子がうるさかったからですかね」

「あぁ〜。後輩女子が倉橋くんを巡って取り合いになったんだ」

「まぁ。そんな感じです」

「凄いね。本当にモテるんだ」

「後輩にだけだと思いますけど。先輩と付き合ったことなんて無いですし」

「そうかな?全体的にモテそうだけど」

「ありがとうございます」

苦笑とともに感謝を告げて僕らは十五時から十七時まで休憩しながら作業や接客に勤しむのであった。



夜の営業は目まぐるしいほどの大混雑だった。

仕事に追われるとはこういう感覚なのだと思わされるほどの激務だった。

僕らは協力しあって二十二時までノンストップでラッシュを耐え抜いた。

退勤のタイムカードを押してまかないを素早く食べて着替えを済ませる。

疲労感が半端じゃなかったがまだ帰って風呂にも入らないとならない。

「ねぇねぇ♡連絡先聞いてもいい?」

最上は甘えた口調で僕にすり寄ってくるのだが残念そうな表情を浮かべる。

「すみません。まだスマホを持っていないんですよ」

「え?そんな人いるの?」

「はい。親が厳しくて…バイト代が貯まってから買おうかと思っているんです」

「そうなんだ…じゃあ買ったら教えてね?♡」

「はい」

それだけ告げると僕は挨拶を済ませてお店の駐輪場へと向かう。

最上も僕の後をついてきて駐輪場へと向かった。

同じ様に自転車に乗るものだとばかり思っていると彼女は満面の笑みで口を開く。

「乗せていって?♡」

甘えるような言葉に僕は首を左右に振って否定する。

「二人乗りは禁止ですよ。僕も今までしたこと無いので…嫌です」

正直な思いを口にして拒否をすると最上は不貞腐れたような表情を浮かべる。

「真面目すぎ…つまんない…ってかなんか私のこと避けてない?」

「そんなことないですけど…」

「いや…絶対に避けてる…」

「もしもそうだとしたら。僕がバイト先で恋愛する気が無いからじゃないでしょうか」

「なんで?別にしてもよくない?」

「いえ。ここのまかないは美味しいですし。辞めるつもりもないんです。だから面倒事は避けたいです。それに後輩女子は学校で手一杯なので」

「なにそれ?私には興味ないって?」

「今のところは。まるで無いです」

「は?ムカつく…絶対に落としてやるから」

「まず無いと思います。じゃあ」

そこまでキッパリと断りの文句を口にして僕は二十三時までに帰宅すると風呂に入って翌日まで眠りにつくのであった。

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