第3話それぞれの想いを胸に

「紗絵さん。おはようございます」

一人で登校していると懐かしい声が後ろから聞こえてきて私は振り返った。

「マイマイ…同じ高校にしたんだね…丈が居るから?」

牽制するつもりではないのだが、その様な言葉が自然と口を吐いていた。

「もちろんです。先輩と同じ高校に通うために受験も頑張りました」

やはりと言うべきか私の予想は当たってしまう。

昔から目の前の彼女は丈に好意を寄せていたのだ。

そんな事は同じ幼なじみの私が知らないわけがない。

「丈とはもう接触したの?」

「はい。昨日の内に」

「へぇ。どうだった?好感触?」

「どうでしょう。先輩は私の気持ちになんて気付きそうもないので」

「そうだね。丈は鈍感だから」

「そこも良いところですよ」

「そうかな…もう少し他人の気持ちに敏感になって欲しいけど…」

「先輩は今のままでも十二分に素敵ですから」

「………」

私は思わず言葉に詰まると複雑な表情を浮かべて眼の前の彼女と対峙していた。

彼女は自分の想いに自信を持っていて、それがいつか必ず叶うと思っているようだった。

その見えない自信の源が何処にあるのか私にはまるで分からなかったが…。

別れてしまった私に釘を差すような言葉を口にすることが出来るわけもなく。

「上手くいくと良いね…」

敵に塩を送る訳では無いがマイマイは憎い敵ではない。

それなのでエールのようなものを送ってしまう。

「はい。ありがとうございます。先輩も簡単に諦めなくても良いんじゃないですか?」

「え?そうかな?」

「はい。二人が別れたのは聞きましたが…疎遠になっているようにも思えます。それは悲しいことじゃないですか。ちゃんと話し合えば幼なじみの関係には戻れるんじゃないですか?」

「うん…まぁ…そうだね…」

途切れ途切れに口を開くとどうにか言葉を口にした。

彼女は悪意などなく私に接してくれているのだ。

そんな彼女が幼なじみの関係に戻れると言っている。

きっと恋人にはもう戻れないでしょう。

と、遠回しに言っているのかもしれない。

いいや、言っていなくても私の心は汚れているので…その様に聞こえてしまったのだ。

八つ当たりなど出来るわけもなく。

私はマイマイに別れを告げると足早に教室へと向かうのであった。



教室に入ると丈は既に登校していたようで自席でスマホを操作していた。

それを確認した私は席に腰掛けるとポケットからスマホを取り出した。

「丈。ごめんね。付き合っていた頃。私は自分勝手なことを言い過ぎたりやりすぎていた。丈の気持ちを考えもせずに自分の気持ちのためだけに動いていた。ちゃんと謝る。だから今すぐにでなくても良い。普通に接してほしいです。それだけを願います」

短い文章だが謝罪と願いをチャットに打ち込むと私は丈の反応を待った。

彼はすぐに既読を付けるとこちらに視線を向ける。

再びスマホを操作しているようで数分後に通知が届いた。

「もう許しているよ。これからは昔のように幼なじみで頼む。よろしく」

謝罪を受け入れてもらえたことに安堵したが丈は私と再び恋人に戻る気はまるで無いようだった。

それは文章の中にありありと見受けられる。

そうか。

私は本当にちゃんと振られたんだな。

そんな事を実感すると私は机に顔を埋めて少しだけ涙を流すのであった。



放課後を迎えると僕は一人で校舎を抜けた。

校門までの長い道のりで昨日のように後ろから声を掛けられる。

「先輩!今日も一緒に帰りましょう」

もちろん声の主はマイマイであり僕は微笑んで了承した。

「紗絵さんに会いましたよ」

マイマイは世間話をするように僕の隣を歩くと直ぐに口を開いた。

「そうなんだ。紗絵の様子はどうだった?」

「う〜ん。落ち込んでいたようですが…多分大丈夫です。これから前を向いて歩いていくと思いました」

「そう。色々とありがとうね」

「え?何がですか?」

「ん?きっと僕らのぎこちない関係を感じ取ったんでしょ?だから色々と動いてくれたんだ。マイマイは昔から優しくて僕らが喧嘩した時は裏から手を回してくれていたでしょ」

「………バレていましたか…恥ずかしいです…」

「なんで?その御蔭で僕と紗絵は仲直りが出来たよ。今すぐに昔のように話せるかって言われたら…微妙だけど。表面的には仲直りしたよ」

「そうですか。それなら動いた甲斐がありました」

「うん。だからありがとう」

「いえいえ。今日は何しましょうか?」

「う〜ん。ゲームセンターでも寄ろうか」

「良いですね。クレーンゲームしたいです」

「やろうやろう」

そうして僕らは駅前の大きなゲームセンターへと向かうとクレーンゲームなどをして放課後を過ごしていくのであった。

僕とマイマイは500円ずつ消費して大きなぬいぐるみをゲットする。

僕は彼女にそれをプレゼントするとマイマイは大げさに喜んでいた。

「良いんですか!?貰っちゃって!」

「良いよ。マイマイだって半分は出したんだから」

「それを言うなら先輩だって…」

「いやいや。僕は良いんだよ。はじめからマイマイの為に取ろうと思っていたんだし」

「え?それは何でですか?」

「ん?感謝の印だよ」

「ですか。じゃあ受け取らせてもらいます」

「どうぞ」

そうして僕らは夜を迎える前にお互いの家に帰宅するのであった。



「マイちゃん。丈先輩とまた仲良くなったんだ。私も先輩に話しかけたいのに…一度助けられただけの私のことなんて覚えてないよね…」

一人の一年生女子はゲームセンターに入っていく二人を目にして少しだけ嘆息した。

自分だけ想い人に何も伝えられず近づくことも出来ない。

そんな現状に嫌気が差すと少し落ち込んだ。

「でも…まだどうにかなるのかな…」

そんな事を思うとその女子生徒は明日にでも話しかけようか迷うのであった。

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