@me262

第1話

 肩を大きく揺すられて私は目を覚ました。傍らには心配そうな顔をした客室乗務員が居る。私は自分が気絶していた事を知った。

「大丈夫ですか?」

 彼女の声に私は呻き声を上げながら頷いた。

「た、助かったんですか……」

 私は座席の上にある身体を正しながら辺りを見渡した。

「はい。無事に。もう着陸しました」

 オーストラリアから帰る飛行機の中だ。飛行中に突然の乱気流の渦に巻き込まれ、かつて経験した事が無い程に機体は激しく翻弄された。スタッフ達が慌ただしく行き交い、天井から酸素マスクが落ちてくる。いきなり急降下を始めたので乗客達が悲鳴を上げる中、私は恐怖とパニックに陥り、不甲斐なく失神してしまったのだ。だが、その間に飛行機は危機を乗り越えたらしい。

 私は大きく息を吐き出して天を仰いだ。

「良かった……」

「ええ、本当に」

 正直な所、もう駄目だと思った。腕のいい機長と操縦士に心底感謝した。

「みっともない所を見られてしまいました……」

 恥じる私に、客室乗務員は同情の念を浮かべて頭を振る。

「大きな揺れでしたから無理もありません。他のお客様にも同じ様な方が何人かおられました」

 既に他の座席には誰も居ない。私以外の乗客は全員が飛行機を降りていた。私もシートベルトを外して荷物を取り出した。廊下を進んで飛行機の出口に向かう。

「嫌な汗をかいてしまいました」

 私は額にながれている汗を拭った。全身にも汗が流れているのがわかる。背後に続く客室乗務員が答える。

「到着ロビーにシャワールームが有りますから、そちらのご利用を」

「そうします。本当にありがとう。パイロットにもお伝えください」

 彼女は微笑んで頷いた。

 入国手続きを終えてロビーに出ると、そのままシャワールームに急ぐ。大汗をかいたせいで寒気を感じていた。一刻も早く熱いシャワーを浴びたい。

 入り口で料金を支払い、シャワールームに籠ると最高温度で滝の様な熱湯を浴びた。狭いブースの中が白い水蒸気で一杯になる。今頃になって恐怖が甦る。火傷しそうな熱さなのに、震えが止まらない。もっと、もっとシャワーを浴びなければ。

 ブースの床は大量の湯で満たされ、足首にまで達していた。隅にある排水口が吸い込み切れずに渦になっている。私はそれをぼんやりと見つめていた。

 渦は時計回りになっていた。

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