宇宙における髪の毛一本の存在価値

かみひとえ(カクヨムのすがた)

危機一髪

「その髪は何の冗談ですか、エマ博士」


「あ、あの、久しぶりに外に出るからシャワー浴びようと思ったんですけど、シャンプーがなくてですね、その辺の薬品を調合して髪を洗ったらこんなことに……」


「ま、なんでもいいですけどね、ちゃんとしてくださいよ、人類の代表なんですから」


「は、はあ」


 丸坊主にベレー帽を載せたサンダー軍曹は大きなため息をつくと、そのままワタシの前を寸分の狂いなく歩く。さすが根っからの軍人ね、その頭皮みたいに考えもかっちかちみたい。


 ワタシもそれ以上は何も言わず、視界の端にちらちら垣間見えるマーブル色の長い髪をうんざりと払いのけた。


 正確にはマーブルではなく、光の反射か何かで絶えず不規則に色を変えていた。1年間伸ばしっぱなしだった長い髪は、赤から青、そして、緑に変わって黄色に光る。こんなことなら潔くシャンプーを買えばよかった。


 それらが遥か遠くの宇宙から地球にやってきたのはつい1週間前のことだった。


 それは、ワタシ達人類からすればとても醜く、精神に異常をきたす冒涜的な姿をしていた。


 この銀河の片隅の辺境の星に彼らが来た目的は何か。


 対話なのか、侵略なのか。


 彼らの姿からはワタシ達地球人はその意図を計り知れず、何もできないまま時間だけが過ぎて行った。


 そんな中、偶然、本当に偶然、ネットの動画を見て彼らの行動パターンと意思疎通の方法を発見したワタシはこうして、彼らとの交渉の場に引きずり出されてしまってわけだ。


 部屋に入ると、もうすでに宇宙人らはいて、それと対峙するように主要な各国の代表者がぴりぴりとしながら立ち尽くしていた。


 この宇宙人との会談は全世界に生中継されている。そのため、各国の代表者がこぞってこのそんなには広くない部屋に集まり、宇宙人の動向を神経質に見守っていた。


「痛だッ」


「何をしてるのですか?」


「す、すいません、髪がドアに挟まってしまって」


「はあ……、しっかりしてくださいよ」


 どうしても髪の一本がドアから抜けない。あの薬品、ワタシの髪と地肌を強くしてしまったのね。


 少し違和感はあるけど、なんとなくドアをもう一度開けていいような雰囲気じゃなくて、もうこのまま地球における前代未聞の会談は始まってしまった。


「あ、あの~、事前に伝えていると思いますけど、彼らの意思疎通の方法は……」


「お、おい、何してる! その不快な手を下げろ!」


 ワタシの言葉はサンダー軍曹の怒号に掻き消されてしまった。


 宇宙人の代表者らしきものが手と思われる認識できない角度で曲がりくねった触手をワタシ達に向けた。その先端には、筒状の硬質な指先と思われる黒い金属構造。


 そう、それはあたかも、地球で使用される銃の銃口を思わせた。


「サンダー軍曹、彼らには攻撃の意思はありません、なぜならあれは……」


「おい、それをこちらに向けるのをやめろと言っている! 聞こえないのか!」


 半ば錯乱状態のサンダー軍曹は、唾を飛ばしながら銃を下ろせと喚き立てている。彼の精鋭部隊も自分の上司のこんな姿を見たことがないのだろう、困惑したようにおろおろと銃を宇宙人らに向け始めた。


 宇宙人たちはこの場の混乱を全く意に介していない。それどころか、彼らの指先に眩いばかりの青白い光が集まり始める。ざわめく各国の代表者たち。


「だ、大丈夫です、みなさん、落ち着いてください! 彼らのあれは攻撃ではないんです!」


 そう、精神を指先から微細な粒子として撃ち出し、互いに感応する。


 それが彼らの意思疎通の方法だった。


 彼らには対話の意思があり、サンダー軍曹や彼の部下の行動は、宇宙人たちの意思疎通の方法とよく似ていたのだ。だからこそ、彼らは改めてサンダー軍曹に指先を向けた。


 しかし。


「銃を下ろせ、この腐ったタコ野郎どもめ! さもないと……」


「待って! ダメ!」


 サンダー軍曹はワタシの静止を聞かず、ワタシのすぐ真横で恐怖に駆られて引き金を引いてしまった。


 鳴り響く銃声、怯える人々、その全てがスローモーション、そして、サイレントになったような刹那。


 ぴんと張り詰めたワタシの髪に銃弾が当たる感触。


 そして、ほとんど同時に宇宙人はサンダー軍曹に向けて、彼らの意思を撃ち出した。


 サンダー軍曹の眉間に白い糸くずの塊のようなものが当たり、彼はあたかも銃弾を受けたように倒れ込んでしまった。騒然となる部屋、彼の部下が神経質に銃口を宇宙人らに向けた。


 そんな恐怖と混乱と怒号が飛び交う中で、サンダー軍曹の眉間にまとわりついたその糸くずはするりと消えてしまった。


「……銃を下ろしたまえ、みんな」


 まるでさっきまで床で眠っていたかのようにゆっくりと立ち上がるサンダー軍曹。その声はとても穏やかで、むしろこの場にいることへの幸福すら感じられるほどだった。


「彼らの意思は確かに伝わった。彼らに敵対の意思はない。これは紛れもなく友好のための来訪だ」


 さっきまで彼らの醜い姿にあれほど怯えていたサンダー軍曹の姿はない。


 彼は自ら宇宙人の前まで歩み出ると、地球式の友好の証を、すなわち、右手で彼らの触腕と握手までしたのだ。


 これを見ていた各国の代表者は、らしからぬ歓声を上げ、地球の新たなる幕開けを高らかに祝福した。


 こうして。


 なぜか真っ二つに割れて軌道を大きく外れた銃弾のおかげで、地球における宇宙大戦争は奇跡的に回避されたのだった。

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