三
「待て、待て、俺には連れ添った女がいる。そいつのところにかえりたい」
「そいつは、おまえに、もどってほしいか」
「きっとそうだろう」
「ならば、少し、待ってやろう。上を見ろ」
言われるままに男は見上げた。上にはどこまで続いているのかわからない、岩の壁
に黒い穴があるばかりだった。
「ほんとなら、のぼって、いけばいい」
鬼はおかしそうに目を細めながら続けた。
「ただし、あきらめたなら、それで終わりじゃ」
言い終わると同時に男の前に黒い髪が垂れてきた。髪から女の匂いがする。男は迷
わず髪をつかむ。岩壁に足をかけながらのぼり始めた。
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