「待て、待て、俺には連れ添った女がいる。そいつのところにかえりたい」

「そいつは、おまえに、もどってほしいか」

「きっとそうだろう」

「ならば、少し、待ってやろう。上を見ろ」

 言われるままに男は見上げた。上にはどこまで続いているのかわからない、岩の壁

に黒い穴があるばかりだった。

「ほんとなら、のぼって、いけばいい」

 鬼はおかしそうに目を細めながら続けた。

「ただし、あきらめたなら、それで終わりじゃ」

 言い終わると同時に男の前に黒い髪が垂れてきた。髪から女の匂いがする。男は迷

わず髪をつかむ。岩壁に足をかけながらのぼり始めた。

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