第7話 動画企画の検討
いったいどんな動画を出せば再生数が伸びるのか――。
そんな企画検討の様子を包み隠さず出すのが、うちの『けもっ娘の黄金生活ch!』の特色であった。
これは「おもしれーなこの企画」と喜んでくれる視聴者だけでなく、「ははあ、この企画はこういう方向でバズを狙っているのか」という方向で見てくれる視聴者も開拓するためであった。
もっとも、前者の方がチャンネル登録率も再生率も高く、後者はまあまあ厄介コメントを残したり(俗に言う後方彼氏面)する傾向があるのだが、これはこれで意味があると俺は思っている。
擁護コメントが付きやすくなったのだ。
平たく言えばこの子たちはこんなに頑張って企画してるんだから応援しようよ、という心理。おかげで動画チャンネルのコメント欄の治安のみならず、SNS、掲示板のスレの治安もどんどん良くなっていた。
やはり人の頑張っている姿は応援したくなるもの。
よそのチャンネルではあまり見かけない、企画検討の場の公開。
これは、企画を真似されようが正直痛くもなんともない、うちのチャンネルならではの強みであった。
今日、ホワイトボードの前に立って議事進行を務めるのは、お
たくさんの付箋とマグネットを手に持った彼女たちは、どこかガチガチになっているように見えた。『今日は無理にしゃべらなくていい、映っているだけでいい』と伝えてはいるのだが、それでも気合がから回っているようにも見えた。
だがこれも撮れ高。こういう初々しさはネタになるのだ。
「買ってよかったものランキング発表はどうだ? 毎年の恒例企画として使えるし、ファンから『これもおすすめ』と色んな情報を教えてもらえると思うが」
一番最初に口火を切ったのは、ゾーヤだった。
うちの頭脳役といってもいいゾーヤの提案は、プレゼンテーションのように綺麗にまとまっていた。
買ってよかったものランキング発表という概念を知っていることも驚きだが、スライド作成を知っているのもかなり衝撃的であった。本当にイルミンスールの世界の住民とは思えない適応力である。
曰く、
・不快な気分になる人がいない
・視聴者によるコメント欄の投稿を活性化させることができる
・企画があるおかげで色んな面白いグッズを買いやすい
……という数々の利点を紹介された。おそらく最後の理由が一番強いのだろう。というより最後の理由を紹介するときの彼女の眼の色が違っていた。他のメンバーにも笑いながら突っ込まれていたぐらいであった。
実際、「ハンディチョッパー」とか「モニターアーム」などの、知っていれば生活が便利になるグッズは山のようにある。それらを買いやすくなるというだけでも、好奇心旺盛な彼女からすれば大きな利点なのだろう。
「はいはい、私はゾーヤ姐さんの『踊ってみた』でブレイキン練習がいいとおもいます!」
続けて発言したのはパルカ。内容も良さそうであった。
確かに身体能力の高いゾーヤは、ブレイキン/ブレイクダンスのような動きが激しくて早いダンスが似合う。
ブレイキンといえば例の、開脚してぐるぐると回るイメージがあるが、あの系統のパワームーブであれば足の長いゾーヤにぴったり合うだろう。
それに、企画の内容としても「この技はウィンドミル、この技はボム、この技はフリーズ」と技別に解説動画を作ることができそうであり、切り抜き映えもしそうであった。
ただ、ブレイキンに興味がない人には受けなさそうという弱点もあり、一長一短といったところだろうか。
…………。
……。
企画のやり方は、概ね下記のような流れになる。
・目標を設定する
・課題を洗い出す
・(過去事例や市場データの)情報収集・分析を行う
・アイデアを出す
・企画書を作成する
・スケジュールを立てる
大きな企業であればKPI(Key Performance Indicator:業績を評価し管理する鍵となる数値。営業収入や利益等)が立てられ、事業計画ベースでどの程度の数値を達成すべきか「目標」が逆算される。
だが俺たちは目標を自分たちで決めていい立場にある。分かりやすく言えばまあ、「視聴回数が多ければ多いほどよい」とか「面白そうでお金儲けに繋がりそうならよい」と、何とも緩いものである。
というより、俺たちぐらいフットワークが軽い小規模な事業体であれば、あれこれチャレンジして頑張るのが一番いい。
よって、俺たちであれば、へんちくりんな目標を出すのではなく、
・(過去事例や市場データの)情報収集・分析を行う ……
・企画書を作成する ……
・スケジュールを立てる ……
の三つを頑張る方が結果が付いてきやすい。いわゆるOODAサイクル(
アイデア出しは、情報分析の前工程。
どんなことをやろうかブレインストーミングをしてから、じゃあ情報分析しましょう、という仕事の進め方である。別にいきなり情報分析でもいいのだが、情報分析から先にすると例えば「メントスコーラが受けているからメントスコーラやりましょう」のように、やることが決まってしまい楽しくないことが多い。
どんなことをやりたいか自分たちでアイデアをひねり出すのは楽しいものだ。
ゾーヤやパルカが先ほど提案してくれたものを筆頭に、皆から色んな意見が出ては、それらの利点と欠点が並びたてられる。費用はどの程度か、練習期間はどの程度か、場所や道具はどう調達するか、そもそも視聴者受けするか……等。
企画とは総合的な検討である。企画の段階で検討が甘い部分があれば、後工程に大きな影響が出てしまう。それを防ぐためにも企画の時点で、精度と適切な判断が求められる。
特に視聴者受けの要素はかなり重要視される。
やはり、どれだけコストが抑えられようとも、またどれだけ撮影が簡単であろうとも、視聴者にあまり受けないようなコンテンツを提供するようでは『飽きられて』しまうのだ。
視聴者に飽きられないためには、密度を上げ続けるしかない。
小ネタを随所に入れるのもいい。技術で魅せるのもいい。
逆に『可愛さに頼る』とかは厳しい。可愛いだけだと競合が多く、飽きられやすい。俺たちは確かに、雑多なネタに取り組むバラエティ色の強いチャンネルだが、ユーザからのチャンネル登録にこぎつけるためには、やはりある程度の専門性は出していく必要があった。
質が担保されているものだからこそ、視聴者は安心して見てくれるのだ。
(それに今日は、お
何度も言うが、『けもっ娘の黄金生活ch!』の中心は、ゾーヤ、パルカ、アルル、ハユ、カトレアの五名である。無理に人を増やすつもりはない。
しかしちょい役というものは、それはそれでいい味を出すというもの。笑点における山田君みたいなものだ。恒例のネタにすれば視聴者も『いつものあの子たちだ』と応援してくれるもの。
決して、『うちにはタヌキ娘とクモ娘もいるんだぞ』と自慢したくなったわけではない。
そう、決して。
「じゃあ、お
お願いすると「はい!」「承知しました」と頼もしい返事がきた。二人には単純な肉体労働だけではない、そういった事務作業もどんどん覚えさせていきたいと思っていたのだ。
――後日、亜人愛好家のおかげで、動画サイトのコメント欄や、掲示板の伸びがとても活性化したのだが、それはまた別の話である。
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