第6話 タヌキ娘とクモ娘、そして動画に出てくるちょい役について
「旦那はんは一体うちらのどこが気に入ったんやろ? ツヅリはんはどない思う?」
「せやねえ、うちにもよう分からしまへんなあ」
タヌキ娘とクモ娘のお茶休憩の頃合いに丁度出くわしてしまった俺は、二人が何やら面白そうなことを話していたので少し聞き耳を立てようと思った。俺のことをどう思っているかを知るいい機会である。
「あ、旦那はんや」
「あれまあ、旦那様こんにちは」
……あっさりとばれてしまったが。
「なあなあ旦那はん? うちらのお仕事ってこんなんでええのん?」
「もう、かなんわあ、この子ったら。お
「あ、ちゃうねん! うちもぎょうさん働いとるんやで!?」
タヌキ娘が焦ったように弁明をし始めた。このタヌキ娘は小安という名前で、よくお安と呼ばれている。
読み書きと金勘定が出来るので、我が商会の店員として雇っている。総勘定元帳、仕訳帳を始めとする主要簿付けはもちろんのこと、現金出納帳、預金出納帳、固定資産台帳、売掛帳、買掛帳、経費帳といった数々の帳簿を彼女にやってもらっている。
e-TAXへの投入の関係上、会計ソフトを使ってもらう必要があるため、彼女にはパソコンなる電子算盤器に慣れてもらいながらの作業となった。先にゾーヤにやらせておいてよかった。初心者が躓きがちなポイントや、異世界の人がパソコンに抱く違和感やら何やら、あと『キーボードが毛を巻き込むのでメカニカル式キーボードではなくパンタグラフ式の薄型キーボードを使った方が良い』などの細かい部分が事前に分かっていたので、このお安ちゃんにパソコンを教え込むのはそこまで難しくはなかった。
どちらかというと、損失の繰越控除、少額減価償却資産などの概念を教えるほうに苦労したぐらいである。
動画編集の手伝い、配信機材の設営~撤収、そしてこちらの世界での接客業務に至るまで、本当にこの子にはたくさんの仕事を任せてしまっている。ゾーヤに厳しく鍛えられた賜物なのか、お安ちゃんはかなりのシゴデキであった。
「お給金もらって、毎日暖かいお風呂と美味しいご飯を頂いて、貴族顔負けの生活させてもろて、そんな扱いやからうちは全然お金を稼げてる気がしいひんのや。うちを雇ってる分は赤字なんちゃうかなって」
甘いおやつはもちろん、時々お酒も振舞っているぐらいなので、彼女の感覚で言えば我が家の召使いの皆は相当豪華な生活ぶりなのだろう。しかも家事にしても「屋敷を雑巾がけする」みたいなのではなく「床をさっと掃除機がけする」みたいな作業なので、全然疲れていないのだとか。服を布でわしわし洗う洗濯作業が洗濯機のボタン操作で完結すると教えた日には、相当驚かれたぐらいであった。
その分、全然違う仕事が山ほどあるわけだが――。
『あかんで旦那はん、あんな花の香りのする石鹸なんか
『旦那はんお酒! こないな上等なお酒、そんな毎日わんさか振舞ってええもんちゃうで! 贅沢させ過ぎちゃうのん?』
少し昔が懐かしいものだ。お
石鹸も酒も大したお金じゃないからいいよ、と伝えたときの反応は滑稽だった。実際、日本円に直したら大した費用ではない。それでみんなが大層喜んでくれるものだから、俺はむしろどんどん振舞っていた。
今でこそ慣れつつある様子だが、こういった破格すぎる福利厚生は召使いを駄目にするのだと、度々口を酸っぱくして忠告してくれている。
そんなお
「お
くすくすとクモ娘が鈴の鳴るような声で笑っていた。
こちらは
この子は掃除、洗濯、裁縫を一手に担わせるつもりで雇った。とはいえ先ほど説明したように、屋敷を雑巾がけしたり洗濯板を使ったりする家事ではなく、掃除機を使ったり洗濯機を使ったりする家事なので、最初は随分戸惑っていた。
メイド服を着た京言葉のクモ娘――というと属性が渋滞している。多分、京言葉は俺が身に着けている翻訳の指輪のせいなのだろう。ゾーヤ曰く、『都住まいのおばあちゃんが使いそうな口調』らしいが、その辺はよく分からない。
「旦那様の甲斐性なら、そないに細かいお金なんて気にせんで大丈夫やさかい。旦那様は大商いを
お
毎日のように色んな動画を撮影している俺たちにとっては、生活のフルサポートが受けられるのは非常にありがたい話であった。
「あ、
「……」
即答に困るのがちょっとした難点だが。
いや、もちろん考え過ぎかもしれないが。京言葉っぽく聞こえるだけなので、よくある『京都弁の裏表』みたいな、婉曲な嫌味なんてないと思っている。そう信じたい。そうじゃなかったら怖すぎる。もし将来、ぶぶ漬けとかを出されたらどうしようか。
それはさておき、俺はちょっとした話があったのだ。
「実は二人に相談があってね」
「! はいはい! うちでよければ!」
「はい喜んで、旦那様」
頼みごとを切り出そうとすると、随分前のめりに返事された。少し食い気味だった。やる気があるのはいいことである。
思ったより前向きな反応だなと思いつつ、俺は一つ咳払いを入れて提案をしてみた。
「ゾーヤたちみんなと一緒に、企画の仕事をやってみてくれないか? それを撮れ高にしたいんだ」
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