第2話 色んな場所に渡るための準備

 改めて説明すると、交易都市ミュノス・アノールは、

 ・街壁の外(農地)

 ・新街壁の中(一般区域、都市迷宮の入り口)

 ・旧街壁の中(上級区域)

 ……という三層構造になっている。


 そして、俺が鏡をまず設置したのが、『街壁の外』と『迷宮内部』の二つである。

 理由は単純で、どちらも監視役の目がない場所であり、かつ利益が見込めそうな場所だったからである。


(街の中で突然消えたら怪しまれるから、家の中から『街壁の外』や『迷宮内部』に行くことにする。一旦移動すれば、『街壁の外』や『迷宮内部』で監視の目に留まることはまずない。逆に『上級区域』に行くのはきちんと関所をくぐって通過する。流石に『上級区域』の内部は監視の目が光っている気がするからな)


 言ってしまえば消去法である。

 本来ならどこにでも鏡を置きたいのだが、流石にリスクは度外視できない。なので比較的露呈する心配の少ない場所を選んでいる。


 こういう時に役立つのがカトレアである。

 体格が大きく、戦いの心得があり、そして足が速い。

 長距離の移動も慣れたもので、鏡を背負いながら単身で迷宮に乗り込んでくれた。


 そのおかげで、我が家の"渡り鏡"は以下のようになった。


 ・ミュノス・アノール一般区域の自宅 ⇔ 日本の自宅

 ・ミュノス・アノール一般区域の自宅 ⇔ 街壁の外の森近く

 ・ミュノス・アノール一般区域の自宅 ⇔ 地下迷宮の『第二の狭間』






「いやあ、まさか鏡を複数枚持っているなんて!! さすがはご主人様だな!!」


 まさに湯水のごとく、シャワーでたっぷりと水を浴びて旅の汚れを落としているカトレアは、非常に楽しそうであった。

 背中や尻がきちんと洗えないからということで俺が手伝っているが、本当にたった二日とは思えないぐらいの汚れっぷりだった。後で排水溝もしっかりと洗い直さないといけないだろう。


「迷宮のどこに置いて来たんだ?」

「言われた通り、第一階層と第二階層の間にある街に置いてきたとも!! 正確には街の近くの岩場だな!! 多分ぱっと見では分からないだろう!!」


 カトレアの回答は今一つ要領を得なかったが、地図で見る限りでは問題なさそうであった。

 まあそもそもの話、認識阻害が掛かっている"渡り鏡"が他人に見つかることはないのだが。


「でもご主人様は迷宮に行って何をするのだ? 砂糖や胡椒を売るのか?」

「それもいいけど、全然違うことをする予定だよ」


 地上と違って地下迷宮内はもっと派手なことが出来る。

 そもそも迷宮内の街は、地上に上がって来れなくなった罪人とかが平然とたむろする場所なのだ。治安が悪いのはもちろんのこと、地上では滅多に売られないようなものが流通する場所でもある。


「迷宮内で出土する魔道具を買い漁るのさ。それも思いっきり安値で買い叩く。砂糖や胡椒や琥珀石で交換できるだろ?」

「そうかあ、偽物を多く掴まされそうだな!!」


 カトレアの指摘は尤もだった。

 確かに地下の方が、偽物を掴まされる可能性が高いだろう。ろくな鑑定士がいるとも思えない。

 最初のうちは勉強料だと思って、出費覚悟であれこれと偽物を掴むことになるだろう。それはもう仕方がないことと割り切るしかない。


「これを機に、鑑定の勉強をするのも悪くないと思ってな」

「なるほど、ご主人様なら出来そうだな!!」


 こういう根拠のない全力肯定、嫌いじゃない。カトレアはこういうところがある。

 何だか話していて楽しい。


「それにさ、本音を言うと虫たちを飼う空間が欲しかったんだよな。試す相手・・・・もな」

「流石だな!! ご主人様は腹黒いな!!」


 ちらっと毒を混ぜてみたがカトレアは相変わらずだった。

 こういう全力肯定、嫌いじゃない。


 今のところ、俺が使役できる虫は多数存在する。

 アリ、ハチ、ハエ、カ、クモ、サソリ、ムカデ……列挙するだけでもぞっとするが、正直こいつらの餌があんまり分かっていないので個体ごとの数はそんなに多くない。

 多くはないが、人相手には十分以上に脅威的な群れになっている。


 そして、餌の代わりに使っているのが例のしいたけの菌床である。しいたけ栽培をしまくっている影響で、しいたけの菌床の廃棄が山のように出てくるのだ。今までは過剰な分は街の外に捨てていたが、そろそろ限界が近かった。なのでそれを森や迷宮に捨てるついでに、虫たちもすくすくと育てられたらなあ……と思い立ったのだ。


 虫を試す相手というのは、もちろん俺に偽物の魔道具を売りつけてくるような連中である。俺は優しいので命まで奪うつもりはない。ただ、虫がやり過ぎてしまう可能性はある。

 俺は最近蟲使いになったばかりなので、その辺のさじ加減に自信はない。なので練習が必要・・・・・だと思っている。


「もしかしたらご主人様は、もう既に一人で魔物を仕留められるかもしれないな!! 迷宮第一階層ぐらいなら十分通用するのではないか?」

「うーん、そうかなあ」


 カトレアはいかにも明るくそう言うが、俺はまだその確信には至っていない。


 確かに俺は、遠見の加護の首飾り、快眠の指輪、匂いくらましの指輪、深呼吸の指輪、柔軟の加護の耳飾り、暗視の加護の首飾り、鼻利きの加護の指輪、精神集中の指輪、記憶の指輪――などの大量の魔道具を身に着けている。

 遠くにいる魔物の気配を察知する力は大幅に底上げされていると言っても過言ではないだろう。遠くから虫たちをけしかけて魔物を一方的に狩る、というやり方はできるかもしれない。


 とはいえ元々が大して運動神経もない現代っ子である。

 あまり自分の力を過信しない方がいいだろう。


「ご主人様、魔物を狩れば狩るほど"魂の器"が成長するというのは聞いたことがあるか?」

「初耳だな」

「魔物を狩れば狩るほど、魂が強化されて強くなるのだ!!」


 非常に気になる話が出てきた。そういう話は大好きである。

 だが一方で、俺がやりたいスローライフからどんどん遠のいている気がしないでもない。


「何をやるにしても強くなるに越したことはないからな!!」


 そういうものだろうか。

 確かに弱肉強食の世界ではそういう考え方も一理あるのかも知れないが。


 ざばざばに洗い終わったカトレアの身体を大きなタオルで拭きながら、俺はこれからどんなことをしていこうかとあれこれと考えを巡らせていた。






 ◇◇◇






「北海道の海鮮丼とか鹿児島の黒豚とか食べたいよな! なあゾーヤ!」

「唐突にどうしたのだ……?」


 訝るゾーヤを放置しつつ、俺はいそいそと鏡を準備して旅支度を進めていた。


「鏡を設置する場所を考えていたのさ」


 あながち嘘ではない。場所さえ気を付けたら、おそらく異世界のイルミンスールよりも現代日本の方が、鏡を設置するのは簡単である。

 動画の撮れ高を考えても、日本を利用しない手はない。題して都道府県のご当地グルメ旅(※料理するのはアルル)である。それに俺も美味しいものが食べたい。


主殿あるじどの……? 何だかパーシファエ嬢との商談の時よりも俄然わくわくしていないか? ちょっと目が怖いのだが」

「どうだろうねえ」


 一応とぼけてみたが、自分でも白々しい声だった。白状すると、正直わくわくが収まらなかった。

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