第二章

第1話 第二章プロローグ:色んな場所に渡ることができたら、そりゃ金儲けを考えるってモノだ

 妹が結婚した。相手は黒狼族の見事な青年だった。

 きっと幸せな夫婦になるだろう、と私は確信した。


 夜の月の神ヤリーロの祝福を受けて、氏族を超えての大宴が開かれる中、私はこっそりと御婆様の元に足を運んでいた。


「御婆様、先祖の遺跡を巡礼する夢を見ました。きっと御婆様の高祖母殿と同じです」

「……そうか。ゾーヤが選ばれたのだな」


 しわがれた声。その声音は、喜びとも悲しみとも判別できないものだった。

 御婆様は、百年近くを生きる、我が氏族の誇りであった。

 既に氏族長の役目は子供に孫にと引き継ぎ終えて、辺りの氏族の長老衆たちと長老会を時々行う以外は政に関わろうとしない、遥か昔の時代を知る黒狼である。

 叔父殿は、『静かな知恵役』だとか『森の番人に最も近い方』と仰っていた。そして御婆様より長生きしている者は、この周囲一帯には一人もいなかった。


「戦い続けなさい、ゾーヤ。武の研鑽に励みなさい。儂には分からぬが、さすれば遠くより渡る旅人がゾーヤを導くであろう」

「感謝します、御婆様」


 巡礼に出かけて生きて帰った者は少ない。行く先で死ぬことが殆どなのだ。

 だから御婆様が言う『武の研鑽に励むこと』というのは、強くなって少しでも生き延びてしてほしいという願いなのだと、この時は思った。


 巡礼者に選ばれた以上は、この氏族を率いる必要はない。それに自分には妹がいる。自分よりも帝国語に精通し、そして織物も唄も上手で、おまじないにも長けている妹が。


 だから私は、何の悔いもなかった。


「御婆様、私に勇気を授けてください。必ず期待に応えてみせます」

「……結構。額を寄せなさい。この先そなたに待ち受ける艱難辛苦の道のりに、夜の月の神ヤリーロの加護のあらんことを」


 御婆様の住む洞穴の外からは、宴の賑やかな声が聞こえてきた。どうやら妹は本当に、あらゆる者たちから祝福されているらしかった。とても誇らしいことだった。


 それは、私が故郷を離れる少し前の出来事だった。






 ◇◇◇






「どうしようかなあこれ」


 ミュノスのお嬢様との大きな商談を終えた俺は、次に直面している課題に真剣に取り組むことにした。

 課題というよりは朗報なのだが、取り扱いに十分注意しないといけない代物の話でもあった。おかげでゾーヤ以外、誰にも相談できていない。

 というのも、異世界に渡る鏡関連の話なのだ。


「合わせ鏡にしたら、"鏡"が増えるんだよなあ……」


 そう。

 この異世界に渡る鏡、何と他の鏡を"渡り鏡"に出来てしまうらしかった。

 手順は簡単で、合わせ鏡にして放置しておくだけ。たったそれだけで、普通の鏡を"渡り鏡"にしてしまうらしかった。


(このことを発見したときは、本当に言葉に困ったぐらいだ。ゾーヤなんか絶句してたし)


 この秘密はゾーヤにしか教えていない。だから検証は二人だけで極秘で進めた。

 分かったことは下記の通りである。




 ■"渡り鏡"の複製について

 ・普通の鏡を"渡り鏡"にするのに一晩かかる。

 ・"渡り鏡"にする際、鏡の大きさは関係ない(俺の掌より大きければ問題ない)。

 ・"渡り鏡"にする際、鏡の反射率は多少関係がある(銅鏡など反射率の低い鏡を使うと"渡り鏡"にするのに三日以上かかる)。


 ■複製した"渡り鏡"の性質について

 ・複製した"渡り鏡"から、更に"渡り鏡"を作ることは不可能。あくまでオリジナルが必要。

 ・複製した"渡り鏡"は、世界を渡ることはできない。同じ世界内の"渡り鏡"しか渡れない。


 ■元の"渡り鏡"と共通する性質について

 ・複製した"渡り鏡"も、気配隠蔽の効果を持っている。『そこに鏡がある』と認知していないと認識が困難である。

 ・複製した"渡り鏡"も、鏡より大きな物体を渡らせることが可能である。ただしそれには元の"渡り鏡"と違って限度があり、大きすぎると割れてしまう。

 ・複製した"渡り鏡"も、指輪の持ち主が傍にいないと"渡り鏡"を渡ることができない。




 簡単に言ってしまえば『移動拠点が増えた』という話になる。

 だがその一言であっさり済ませていいような単純な話ではない。


「だからといって喜び勇んであちこちに鏡を置くのは軽率だよな」

「……もし私が為政者なら、こんな鏡の持ち主がいたら身柄を拘束して奪い取る」

「だよなあ」


 絶対に有効活用したい。

 だが慎重に進めないと命に係わる。

 あまりにも劇薬過ぎてどうすればいいのか答えに悩む代物だった。鏡に認識阻害の効果があって本当に良かったと思う。


「新しく雇った子たちには鏡のこと教えてないだろ?」

「ああ。気付く気配もない」

「じゃあゾーヤ、パルカレプラコーン娘アルルアルラウネ娘カトレアケンタウリス娘ハユハーピィ娘だけの話になるのか……うーん」


 同じ家に住んでいて、家事をしている人間でさえも鏡のことに気付かないのだ。それぐらい認識阻害の効果は強い。

 だから多分、鏡を各地に配置しても、ちょっとやそっとでは気付かれないはずである。

 気付かれないはずだが、しかし。


「俺たちには監視が付いているんだよな」

「ああ」

「だから監視に気付かれるような派手なことは不可能だ」


 俺は深くため息をついた。

 前々から気付いていたが、改めて今回、ミュノスのお嬢様と話をして確証が得られた。

 どういう形の監視なのかは知らないが、見張られているのは間違いない。


「もう既に、こっそり家の中に潜入している奴がいるとかはないよな?」

「ない……と思う。私もカトレアも感知していない。それに、隠し扉や地下室にこっそり挟んでいる紙片が勝手に落ちている痕跡などはないのだろう?」

「そうだよなあ……」


 多分ない。

 仮にもし、ゾーヤやカトレアに気配を感知されずに勝手に家の中に侵入してくるような凄腕の密偵がいるなら、最初から俺に命はなかった。


 それに、今はクモ娘にお願いして、夜寝るときに部屋のあちこちに糸を張ってもらって、侵入者がいたら教えてくれるようにしているのだが、そこから不審な情報が上がった痕跡もなかった。


 そういった情報から総合的に考えると、まだ大丈夫、と言える。


「……。案外いけるかなあ」

主殿あるじどの

「ゾーヤもカトレアも、鏡の場所を認知してないとすぐに分からなくなっちゃうんだろ? その二人でもそうなら、案外いけるかなあって」

「保証はないのだぞ」


 ゾーヤの咎めるような声。

 だが俺も無茶をするつもりはない。


「考え方の一つとしてさ、たくさん稼いで、魔道具をたくさん身に着けて、護衛をたくさん雇った方がある意味で安全だと思うんだ。そう思うだろ?」

「むぅ」


 全てはやりようなのだ。この鏡の性質だって、上手い事やれば莫大な富を得られる。

 もちろん現状維持でも何ら問題はないのだが、現状の俺の立ち位置とて盤石なものではない。ある日この都市ミュノス・アノールが大掛かりな戦争に巻き込まれて『財産となるものは全部没収する』というお触れが出た瞬間に瓦解するような、そんな程度のものでしかない。


 ならば今のうちに、アドバンテージを積めるだけ積むのだ。そこまで目立たず、しかし確実に。

 根回しや人脈構築とはまた別のやり方で。


「ゾーヤだって、根回しや人脈構築を頑張る俺を見たいわけじゃないだろ?」

「いや……別にそれはそれで構わないと思うのだが」

「そうやって生きるとしがらみが増えるからね、俺はまだ今じゃない・・・・・と思う」


 正直、ろくに実績がないうちの人脈なんて、軽く扱われて終わりである。

 ちょうどいい小間使いが出来た、ぐらいにしか考えてもらえない。何か軽んじられないぐらいの実績が必要なのだ。

 既にある程度実績は出しているのだが、まだまだ足りない・・・・と俺は思っている。


「手始めに、地下迷宮へ渡れるようにしたい」


 俺だけ簡単に出入りできる迷宮ダンジョン。発想としては王道だろう。

 

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