第60話 第一章エピローグ:綺麗な女傭兵と異世界行商人のキャラバンライフ

「え、まって! 確かご主人様って、かなりの金貨になりそうな逸品を、一気に六つも消費したんだよね!?」

「ん〜、得られたものは、まだ何にも効力のない口約束だけ……です?」


 家に帰ってみんなにきちんと報告を行ったところ、ほぼ全員が腰を抜かすほど驚いていた。

 パルカやアルルは最初の頃を思うと驚くほど要点をよく押さえていた。確かに今回献上した品物については、一つ一つ丁寧に商売をやっていれば金貨何百枚級、下手をすれば金貨千枚相当の商談になっていてもおかしくはなかった。

 子供っぽいパルカレプラコーン娘やいつもぼんやりしてるアルルアルラウネ娘のことを今後は下手に侮れないかもしれない。


「あちゃー、ゾーヤの姉御が一緒にいるのになぁ」

「ん〜、随分ひどいお貴族様なんですね〜」


 他の子たちと比べてこの二人の反応が顕著だったのは、恐らく娼館上がりという経緯があるからだろう。貴族も利用するような由緒のある娼館だったので、パルカもアルルも、貴族とはどんな存在なのか少しだけ知識があるのだろう。もとい、貴族への偏見が少々あるように見えた。


「いや、そんな酷いものじゃなかったさ。パーシファエ嬢はかなり公明正大な人だと思う。むしろ上々の結果だよ。なあゾーヤ」

「う、む……」


 妙に歯切れの悪い返事だったが、ゾーヤは首肯してくれた。

 このしっかりもののゾーヤときたら、既に俺なんかよりも皆の信頼を勝ち得ていた。突飛もしないことを言い出す俺よりも、何か困ったとき頼りになるゾーヤ、という訳だ。その頼れる姉御さえも御しきれない変人が俺ということになる。悲しい話である。


「……口約束。どんな、約束?」

「おっ」


 意外なことに、ハユハーピィ娘も興味を抱いているらしかった。どこか俗世離れしてる彼女は、こんな話に全く興味を持ってないとさえ思っていた。

 いつもはこういう儲けの絡む話はゾーヤとしかしないのだが――。


(もしかして俺の知らないところで、ゾーヤが皆を教育してくれてるのかな。重要な商談は俺とゾーヤの二軸体制だったけど、こうなってくると負担の分散ができるかもしれないな)


 頭脳要員が増えるのはとてもいいことである。

 企画の俺と、検討のゾーヤだけでは少し無理が出てきたところである。そもそもタヌキ娘を増やしたのも「商談ができる子が欲しいなあ」と思った経緯あってのこと。

 皆が『ただの手足』から『考えて動く人材』になってくれるなら、かなり助かる。

 ゾーヤワーウルフ娘パルカレプラコーン娘アルルアルラウネ娘ハユハーピィ娘カトレアケンタウリス娘、クモ娘、タヌキ娘、アンデッド娘、パペット娘。

 振り返ってみるとかなりの大所帯になったものだが、まだまだ人手不足。それぞれが色んな仕事ができるようになったら大助かりである。


「ハユもそういう話に興味を持ってくれたか。嬉しいね。どういう約束かというとだな、俺の商品を『ミュノス家の一流のお抱え職人が作った工芸品』ってことにして、ミュノス家の名声を高めるっていう約束だな」

「え……」


 それってミュノス家しか得してないのでは。

 そう言いたげな顔で絶句しているハユをよそに、俺は「まあよく聞きなって」と得意げに笑ってみせた。


「売れば売るだけ、ミュノス家の職人が作った商品は素晴らしいと評判になるだろう。でも全然俺の名前は出てこない。絶対に出さない」

「え……」


 全然理解できないという表情を浮かべたパルカレプラコーン娘アルルアルラウネ娘ハユハーピィ娘たちが一斉にゾーヤを見ていた。カトレアケンタウリス娘はもう最初から理解が難しかったのか、宇宙を見つめる猫のような顔になっていた。


「皆が絶対にこれが得だろうと思い込んでいるものをあえて捨てた先に、本当に欲しいものがあるんだよ」

「哲、学……?」


 哲学って。

 ハユのあんまりな言葉に、くすくす忍び笑いが漏れた。

 ゾーヤからだった。想像していたよりも可愛らしい笑い声だった。


「ふふ、それ見たことか」

「おいおい、そんなに笑うなよ」

「利を捨てるなんて言い方をしたら、そりゃ誰でもそうなるさ。言っておくが、主殿あるじどのに一番驚いたのはこの私なんだぞ?」


 どこか悪戯っぽいような笑み。真面目一辺倒な印象のあるゾーヤにはちょっと意外な表情だった。






 ◇◇◇






 時は少し遡って、帰りの馬車にて。

 あの日、パーシファエ嬢と大きな商談をこなした俺は、何故か妙に拗ねているゾーヤと、同じ馬車の狭い空間を共有していた。


 原因は分かる。分かるが分からない。


「……私は、馬鹿だ」

「急にどうしたんだよ」


 流れていく石畳の風景。馬車の中の空気は重い。

 何に腹を立てているのか分からないが、ゾーヤは機嫌を損ねているようだった。


「私は所詮、あのこましゃくれた令嬢の言うところの、『くだらないご褒美に尻尾を振る子』だったのだ」

「? そういう素直な子は好きだけどな」

「……」


 じとりとした目で見られてしまった。好きなのは本当なのだが。


「私は、自分のことを賢いと思っていた」


 賢いけどなあ、と俺は思った。この世界に来て、彼女ほど頼りになる存在はなかなかいない。

 知識も豊富で機転も利く。護衛も任せられてよく働く。

 彼女一人で金貨百枚、今となって考えたら頷ける話である。

 ところが、彼女自身はそうは思わないらしい。


「……賢いことと、知っていることをただ速くやることは、全然違うのだ」

「そうか」

「私は、少なくともあれを思い付く自信がない」


 あれとは、俺の受託者主導型OEM戦略のことだろう。

 今回の構図は、端折ってしまうと「『ミュノス工房』という新ブランドを作ってもらって、他人に販売丸投げしよう」というもの。

 新ブランド立ち上げは当然、俺の仕事ではない。新ブランドのマーケティングもセールスも俺の仕事ではない。出自も怪しい俺の製品を世に売ろうと躍起になってくれる関係者たちがたくさんいる。


 こうして書くと俺がかなり得しているように見えるが、異世界の感覚では逆で、『絶対に高値で売り飛ばせる銘品ならば、利益最大化のために調達も販路も自分一人で独占して自社看板を育てたいはず』となるらしい。欲しがる富豪はたくさんいるだろうし、富豪との知己を得られる好機だと考える訳だ。

 この利の違いが焦点である。俺の強みは『インターネットでボタン一つで物を取り寄せられる調達力』であって、『販売力』は要らないし『看板』の名声や地位にこだわりはない。


「私には想像もつかなかった。せいぜい、御用商人に認められて、その名前を使ってより上質な顧客を開拓して、今後もっと色んな富豪相手に高値で商品を売り捌くものだと思っていた」

「あー、まあそう考えるよな普通」


 ゾーヤの考えもあながち間違いではない。むしろ普通はそう考えて然るべきである。

 恐らくパーシファエ嬢も同じだろう。あの場で令嬢は、どうやって商品を売り捌くのかを尋ねていた。令嬢の想定では『商品を今後もっと売り捌くために私をミュノス家に認定された御用商人にしてください。その社会的信用をもって、新規に顧客を開拓します』みたいな回答がくると思っていたのだろう。落とし所としても妥当である。

 ただ、俺の価値観が周囲と違っていただけだ。


主殿あるじどのは、常識に疎く、突飛なことばかりやる人だ。膂力にも乏しく危機感もない」

「おい」

「だが――発想が明らかに違う。持ち込むものも異質だが、考え方が全然分からない。私では追いつける気がしない」


 自嘲めいた独白。彼女は本心から、俺に敵わないと感じているのだろう。

 どこか憧憬のような、それでいて諦めのような、整理のつかない複雑な感情が声音に滲み出ていた。


 とはいえ何だかちょっと失礼じゃないか、と俺は思った。思ったので尻尾を握った。ひゃあとゾーヤが叫んだ。


「ちょ、ちょ、あ、主殿あるじどの!?」

「生意気言いやがってよ、そう簡単に追いつかれてたまるか」

「んんんっ!?」


 まるで自分は器用万能な人種だと思ってました、と言わんばかりの不遜さである。

 確かにゾーヤはあらゆることを卒なくこなせる、貴重な人材だが。


「ち、違っ、ぅん!? ひゃっ」

「あん?」

「……。きちんと隣に立っていられるのか、足を引っ張らないでいられるのか、自信がなくなっただけだ」


 息を弾ませながら。

 ゾーヤはまるでらしくもない弱音を吐いていた。


「今日、貴族と対等以上にやりあう主殿を見ていて、直感した。きっと主殿の背中はこれからどんどん遠くなると」


 そうなった暁には、私よりそばにいるのに相応しい誰かがいるのかもしれない――と。

 声の張りのなさは、ゾーヤの自信のなさを如実に表しているかのようだった。

 だが、はっきり言ってそんなものは愚問である。


「そんな寂しいこと言わずにさ、ずっと隣にいてくれよ」

「!」

「自信がないなら一歩後ろでもいいよ」

「む」


 俺はそういう、うじうじした話が嫌いである。足を引っ張るとか関係なく、そばにいたいならいてくれて構わないのだ。

 相応しい相応しくないなんて話をすれば、そもそも俺自身がこの世界にとって相応しくない、異物なのだ。


「何だよ、パーシファエ嬢を見て自信をなくしたのかよ」

「……む」

「そりゃあの子は格別に賢いよ。着眼点が鋭いし、それでいて器も大きい。けども、ゾーヤはゾーヤにしか出来ないことをたくさん出来る。何より俺がゾーヤを必要としてるんだ」

「……う」


 馬車が少し跳ねた。

 変に浮いた石畳を踏んだのか、揺れは少々大きかった。

 構わず俺は言葉を続けた。


「後、俺は結構くだらない報酬に尻尾を振る人間なんだけどね」

「……そうなのか?」

「またあの、塩っ気のやたらと効いた、呑兵衛のおつまみのようなしいたけのバター炒めを作ってくれよ。俺はあれで十分なんだ」

「! くだらなくはないだろう!?」


 心外とばかりに抗議された。

 剣闘士稼業が長かったせいなのか、ゾーヤの料理はどこかしら『呑兵衛のおつまみ』みたいなものが多かった。アルルの手料理と比べたら一目瞭然だった。


 俺はそういうのが好きだった。

 美食を追求するタイプではないのだ。


「ああいうのでいいんだよ、ああいうので」

「釈然としない……」


 妙な不安やら感傷やらはどこかに霧散して。

 その代わりに、また別の釈然としないもので顔を渋くしているゾーヤがそこにいた。大体いつもこの子は、こういう顔をする。

 難しい顔ばかりなのだ。


(それでも何だかんだ、俺の隣に立っていたいなんて考えていたんだな)


 俺は全くお気楽なものだった。人生何とかなるものなのだ。どこまで行ってもこの先の保証なんてものはない、今を全力で楽しむのが一番いい。


「安心しなよ。ゾーヤは自分のことを賢くないと思ってるかもしれないけど、俺は俺のことを天才だと思ってるよ」

「……」


 冗談を飛ばすと、ゾーヤの顔がみるみる渋くなった。

 これでこそゾーヤである。頼れる右腕の表情が険しくなったのを確認しつつ、俺はちょっとだけ気分を良くした。


 石畳と石造りの家々の街並みは、どんどん見慣れたものへ、自分たちの住んでいる景色に近いようなものに変わっていった。

 根拠はなかったが、明日もまた楽しい一日が待っている気がした。大きな商談をこなした、帰りの道すがらのことだった。






《第一章 了》


 ――――――

 ここまでお読みいただきありがとうございました。ようやく第一章エピローグを迎えることができました。


 色々と紆余曲折ありつつ、迷走ありつつなお話でした。現代パートのお金稼ぎが難しいこと難しいこと。異世界パートは割と既定路線を辿ることができて、何とか綺麗に繋げられたと思います。

 読者の皆様も読んでいてカロリー重めだったのではないでしょうか。作者の趣味ばかり詰め込んでしまいましたが、楽しんでいただけたなら幸いです。


 ここから先も、もっと迷走します。

 ・ゾーヤの祖先と地下の迷宮の話

 ・虫駆除の話と蟲遣いの話

 ・多角化するビジネスの話

 を中心に、進むような進まないようなスローライフ(?)を書いていきたいと思います。


 いやでも本当は、ゾーヤがなんで剣闘奴隷をやっていたのか(※そういうお告げだったから)みたいな話を入れるつもりだったんです。

 でもタイミングを完璧に失っちゃって、ここまで来ちゃって……という間の悪さ。多分、書籍化したらゾーヤの話を間にちょろっと書くかもしれません。


 そして、もう一つ。

 (※最新話を追いかけ続けてる方は、何度も報告が続いてすみません)


 皆様の応援のおかげで、なんと本作品は★1000を突破いたしました!

 ここまでこれたのは皆様からの温かい声援のお陰です。本当にありがとうございます!

 この場をお借りして深くお礼申し上げます。


 引き続き更新頑張って参ります!

 面白いと感じましたら、小説フォロー・★評価をポチッとしていただけたら幸いです。

 これからもよろしくお願いいたします。


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