第59話 踊る芸術サロン⑨:利益も名誉も人に譲る、冴えたやり方
この世界において極めて先駆的な工芸品をあれこれ持ち込んだ俺だが、一点だけ、どうしても詳らかにされると弱い部分がある。それは『出自を明かせない』というところである。
今でこそ、"蒐集家のおじいさんの形見"だの、"行商の過程で偶然見つけた掘り出し物"だのといった誤魔化しが聞いているが、そんなものは説得力に乏しい。
別に、年間で数点ぐらいならいいが、数が続くようなら色んな側面から整合を図る必要がある。
どこから運び入れたか、どこの工房から取り寄せたか。
そう言った話に飛び火したとき、説明をつける必要が出てくる。
「こっちから切り出そうと思ってたわ。話が早い子は好きよ」
令嬢は満足気に首肯した。
足組みまでしてみせているが、これがふてぶてしさを精一杯演じてるのか、素なのか、はたまた足をちらりと見せて色気を出そうとしているのか判断がつかなかった。可愛い。
「貴方がどこからその商品を得ているか、興味があるわ。でも素直に教えてはくれないでしょうね」
「商人にとってどこから商品を仕入れているかは命綱です。それに、これらはあくまで祖父の遺品整理でしかないのですぐに底が尽きます」
「いいわ、知れたことよ。私のような立場ある人間から追及し過ぎると、整合性を取るためにもう二度と売り卸そうとも調達しようともしてくれないのでしょう?」
「さて、何のことでしょう」
俺が今まで出してきた工芸品は十点を超えない。
これが何百点にもなってくると、どこから運んできたのかとか、どこから買い付けてきたのかという話にもなろうものだが、まだ今なら全然数が出てないので『倉庫に眠ってました、でももう打ち止めです』で逃げる余地もある。多少話に無理は残るものの、それ以上の調査はできないだろう。
「仮に、関所を抜けて商品を調達しているともなれば、それは重罪よ。この都市に入り込む秘密の抜け道があるのだとすれば、それも治安の観点から問題になるわ。貴方を厳しく罰する必要が出てくる」
「……御忠告ありがとうございます」
「貴方には監視が付くわ。受け入れなさい」
これは嘘である。既に見張りが付いているのだろう。
というよりゾーヤやカトレアが以前教えてくれた。
(まあどうせ鏡さえ見られなきゃ何でもいいし)
監視がついている分、逆に安全とも言える。
泳がされているという訳だ。泳がす理由は、有益だと判断できるから、もしくは今手を下す訳にはいかないから。
監視が付いていると分かるようなことを敢えて教えてくれたのは、俺が悪さをしないよう釘を差したということだろうか。
「でも、それはそれよ。まだまだ倉庫に面白い蒐集物が転がってるでしょうから、期待しているわ」
鷹揚な口ぶり。
寛大なように思えるが、その実かなり厳しいことを望まれているように考えられた。要は『見逃すから価値を示せ』ということだ。
今俺をひっ捕らえて拷問にかけてどこに秘密の抜け道があるか聞き出そうとしても、確実に白状する保証がない(そもそも抜け道があるか不明)。その上、俺はこの街に何らかの怪しい工作を図っている様子もない。仮にそうならもっと上手いやり方があるにも関わらず、変なことばかりやっている。
であるなら、監視を続けつつ街の利益になるよう使ったほうが良い――と判断しているのだろう。
「提案を聞くわ。貴方の悩みと私の利益を同時に実現する話だと思うわ」
「御明察です。是非ともお嬢様のお力をお借りしたいです。私の持ち込む『出自の不明な品々』を、『ミュノス家がお抱えの職人に作らせた逸品』としていただきたい」
「お互いの利を整理してくださる?」
話が早い。
パーシファエ嬢は俺のことを話が早いと称してくれたが、本当に話の飲み込みが早いのは彼女の方である。
「まず、私は後ろ盾を得られます。商品の出自を問われても、出自不明の怪しいものではなく、『貴族に認められた
「そうねぇ、貴族の肩書きの使い方の基本よね。経済に明るくない貴族とかは、騎士物語ごっこに取り憑かれたり、田舎で威張ってるだけだけど、そんな連中よりも貴方はよほど使えるわね」
思った以上に辛辣な言葉が出てきた。そういう手合いに苦労させられてきたのだろうか。
確かにインターネット等もない時代では、経済の素養を培うにも家庭教師の指導や領地経営の経験が必要である。質の悪い家庭教師に引っかかったり、理想論しか説かない親に当たったら、基本のことさえも学ぶ機会がないかもしれない。貴族も賢い者ばかりではなく、玉石混交ということなのだろう。
「お嬢様は、ミュノス家の名声を高めることに成功するでしょう。僭越ながら、私の取り扱う商品には自信があります。ミュノス家は芸術に造詣深いと知らしめることができるはずです」
「その言葉、今後も商品の質を担保するものと考えていいのかしら?」
「少なくとも、お嬢様の目を一度通すつもりです」
「いいわ、続けて」
これも予想通りとばかりに、令嬢は頷いていた。
既定路線をなぞっているかのような理解の速さだった。
「そして、私からはお嬢様に売上の一部を上納します。名目は、そうですね、審査する品物数に応じて査定料をお支払いするような形になるかと」
「その審査に合格したものを『ミュノス工房謹製の商品』ということにするのね?」
「おっしゃる通りです」
ぽんぽんと話が進む。
俺が提案したのは、つまり『審査に合格しなかったらミュノス工房の商品として認めなくてもいい』『売れるか売れないかは関係なく、審査する品物の数だけ査定料を先払いする』という話である。どの程度の資金を上納するかによるが、かなり令嬢有利の条件であることに間違いはない。
「私有地にある秘密の工房から、数々の名品を出品している――ということにするわけね。当然、製法は機密情報だから工房の所在地さえも隠匿されていると」
「左様でございます」
「大体の絵図は分かったわ。詳細を詰める必要はありそうだけど、口裏を合わせるべき人と握り合えば問題はなさそうね」
こんなことをしていいのかという話になるが、心配はない。例えば国王の不興を買う等の話になれば問題になるだろうが、『ミュノス工房という新興工房が出来てそこから世に新しい商品が生まれる』という話に問題はない。
そのミュノス工房が、実際のところどんな技術で物を作り上げているか等を開示する義務はどこにもないのだから。
仮に、その工房が怪しまれたとしても、『ある日突然工房の事故で窯などの工房設備が、職人たちの命とともに失われてしまった』ということになってもおかしい話ではない。
ちなみに貴族が私有地に秘密の工房を拵える事例はないわけではない。
地球史においては、ザクセン選帝侯アウグスト強王は、アルブレヒト城の領内に秘密の工房を作っていた。錬金術師ヨハン・フリードリッヒ・ベトガーを監禁して磁器製造の秘法を研究させていたのだ。かのマイセンは、貴族の秘密の工房から発足したのだ。
今回の絵図もさほど奇妙な話ではない。
「二ついいかしら」
パーシファエ嬢は、ここまでほとんど無駄な話をせずに要点だけを掴んできた。そんな彼女の質問なのだから、俺は少々身構えた。
「まず方法論として、何を持って認定した証明をするかしら。鑑定書をいちいち書くなら手間がかかるわね」
「本物の証明として、商品そのものに刻印魔術を施すのはいかがでしょうか。ミュノスの地下には刻印魔術に長けたものがいると聞いてます。贋作防止にもなる他、耐久性向上など、製品におまじないをかけられます」
「ふぅん?」
地下迷宮内にはニドゥイという凄腕の
刻印にも工夫をすればいい。例えば『扇子と剣菱』の紋様をミュノス工房のロゴマークにしてしまうのだ。この『扇子と剣菱』の紋様があればミュノス工房の商品だと、誰でも一目でわかるようにブランド化してしまうという寸法である。
もっと露骨に、ミュノス家の家紋にしてしまうという手もあるが、その辺の差配は令嬢に任せるのがいいだろう。
「刻印魔術は悪くないアイデアね。商品の数にもよるけど、少ない量なら対応できるわね。じゃあもう一つ聞くけど」
「どうぞ」
「販路はどうするのかしら? 高価な工芸品をどう売り捌くのかしら」
重要な問題――に見えるが実のところ、簡単な質問だった。
どうやって売るか。高価な商品であるがゆえに俺一人の貧弱な人脈では明らかに限界がある。ならば自ずと答えは一つ――。
「今日来た人たちに任せましょう」
「え」
「私が売らなくても問題ない。今日来た人たちは絵画やら真珠やら精巧な判子やら扇子やらを取り寄せられる人たちです。彼らなら、取り寄せだけじゃなく、売り捌く能力にも期待できますよ」
俺の答えは意外なものだったかもしれない。
令嬢はそれこそ、商人たる者の自尊心などを知っているからこそ、この答えを導き出せなかったかも知れない。
自らの力で上質な顧客を開拓し、いい商品をお客様に届ける――それこそが一流の商人。商品の売り捌き方こそ腕の見せ所。
そんな価値観が少しでもあれば、俺のように『誰に売るかは人に任せる』なんて答えが出てくるはずもない。
面食らった令嬢の代わりに、今まで沈黙を守っていたアルバート氏が笑い出した。
「これは妙手、ですな」
「アルバート、どういうこと?」
「お嬢様にはお分かりでしょう。『ミュノス工房』の機密を守るためには、彼を表舞台から遠ざける方が合理的なのです。彼が矢面に立ってミュノス工房の商品を売り捌く理由がないのです」
「じゃあ何、彼はつまり――」
「そうですよ。御用商人になんかならなくても全然いいのです。ミュノスの看板を借りて偉そうに商売するつもりはなく、ただミュノスの名前で商品を売りたいとだけ考えているのですよ。面白いでしょう?」
面白がられてしまった。
実際、御用商人の中には『俺は貴族様に認められた一流の商人だ』と威張り散らして迷惑をかける輩もいるらしい。御用商人に選ばれることはそれだけ名誉あることでもあり、それだけ格のある称号でもあるのだ。
絶対にそれを要求される――令嬢は内心、そう思い込んでいたのかもしれない。
「御用商人にならないなんて、じゃあ何、私の都合が悪くなれば」
「そうです、商品を打ち止めにすればいいだけなので、揉め事の予防策としてもこちらのほうが都合がよいかと。御用商人の名の下であれこれ好きなことをされて後になって発覚するよりも、こちらの方が簡単に差し止められます」
「……」
令嬢は、俺の提案を改めて精査しなおしているらしかった。
俺の利が少なすぎると考えているのかもしれない。あるいは、妙な落とし穴があるのではと疑っているのかもしれない。
「今日来た人たちだけじゃなくてもいいです。お嬢様の信頼のおける商人に任せてあげてください。お金になることは間違いないですから、きっと皆本気で取り組んでくれると思いますよ」
「貴方が、お金にしなくてもいいの?」
「まあ……その時間を別の商売に使おうと思ってまして」
「その新しい商売に、御用商人の看板は必要なくて?」
「どうでしょうね、ご想像にお任せします」
「……」
つい正直に答えてしまった。
だがまあ、仮に今ミュノス家の御用商人として認められたところで、何かやりたいことがあるわけではない。
お金にしたって、言ってしまえば俺は別にエンドユーザーに商品を売りつけなくたっていいのだ。BtoCとBtoBという言い方があるが、消費者開拓には時間と手間がかかる。そこを人に丸投げできるなら、それに越したことはない。
今までだって、アルバート氏に丸投げしていたわけで。
今度はそれを『お嬢様と繋がりの深い商人たち』に置き換えただけだ。
当然儲けは減る。減るのだが、時間を節約できる。
「いかがですかな。彼はまだまだ粗い若者です。ですが、仕組みを考える才能はあります。細かい部分はどうとでもなります。投資してみたいと思いませんかな?」
「……なるほど、確かにアルバートが気に入りそうな子ね」
たん、と扇子を畳む音。
今までは表情を隠す必要があったがもう必要ない、ということだろうか。心を開いてくれたのか、あるいは単に話が一区切りしたから扇子を閉じただけなのかは分からないが――令嬢の口元は僅かに緩んでいた。
「持ち帰る価値があるわね。後日追って回答するわ」
却下ではなかったということが、既に回答を物語っている。それだけ、今日提示した三品(正しくは六品)が魅力的だったに違いない。無視できないほどの価値があったと言うべきか。
この日の商談は、かなりの手応えがあった。利益をそこそこ削る代わりに、貴族令嬢や有望な商人たちと繋がりを得ながら、楽して『出自不明の工芸品』を売り捌く販路を手に入れた俺は、大きな充実感を噛み締めていた。
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