第44話 (第三者視点)路上でのライトセイバーバトルと、出店の権利
ここのところ、あの不思議な青年ハイネリヒトは忙しそうに駆け回っていた。
それもそうであろう。さもありなんとアルバートは勝手に納得していた。
恐らくは、伯爵令嬢とのサロンの準備のため、きっと腕によりをかけて名品を取り寄せているのだ。商人にとって貴族と顔繋ぎ出来る機会はそう多くない。芸術サロンに招かれる立場ともなればなおのことである。失礼のないように、きっと希少なものを持ち込んでくるに違いない。
そう思っていたら、何故だか知らないがチャンバラごっこが始まっていた。
突飛もないことで、理解が追いつかなかった。
(……光る棒きれ、ですかな。何やらぶんぶんうるさい音が聞こえますが)
わざわざ区長や憲兵たちに断りを入れて、お金を積んで路上の利用権を借りてまで、昼夜問わず派手にチャンバラごっこに明け暮れている。
全く、派手な
物珍しさに人だかりが出来て、やんややんやと冷やかしをいれる。
見世物と勘違いしたのか、裕福な身なりの娘がおひねりを投げ入れて、それを皮切りに、おひねりの小銭がちゃりんちゃりんと路上にばらまかれる。やがて不埒者の浮浪者がそれを横から拾おうとして、憲兵がその浮浪者を捕まえた。
「ああ、アルバートさんですか」
「これはこれは、ハイネリヒト殿。また面白そうなことをなさってますね」
何やらよくわからない板を掲げながらも、件の謎の青年ハイネリヒトはこちらに気づいて挨拶をした。挨拶の途中もあの板を下げようとしないところを見ると、何やら大事な作業の途中らしい。
「すみません、今手が離せなくて……」
「いいえ、いいですよ。こちらこそ取込み中のところお邪魔してしまいました」
レンズの一種、だろうか。
眼の前の剣戟と同じ光景が、あの板に写っている。変わった形のオペラグラスを使っているものだな、とアルバートは疑問に思った。
あるいは、記録水晶の一種かもしれない。眼の前の映像を記録する魔道具。あの剣戟を映像にして残しておきたいのだろうか。だが記録水晶にしては、あの板は薄すぎる。
「面白いことを考えられましたな」
「?」
アルバートはそう声をかけたが、青年からは肩透かしな反応が返ってきた。これにはアルバートの方が驚いた。
今、この場で菓子や飲み物を販売すれば、飛ぶように売れるだろう。
娯楽の乏しいこのご時世、道端の紙芝居屋、人形劇屋、大道芸人、吟遊詩人などにお金を恵んで暇をつぶす市民はそれなりにいた。この街ミュノス・アノールは交易都市なので、そういった芸人崩れの手合も沢山いた。
だが、あんなに派手に跳び回って、しかも光って音の鳴るチャンバラ活劇を売りにした劇団や旅芸人座はいなかった。
せっかくいい商機になるというのに。
もし路上で食べ物を売る許可がなくて困っているなら、このアルバートに頼んでくれたら便宜を図るというのに。
青年は野心のようなものがなかった。
「焼き菓子や飲み物を売ってはいかがですかな? こんなに見ていて面白い見世物は中々ありませんからね」
「ああ……それも考えましたが、それより大事なことがありましてね」
「大事なこと……?」
野心のようなものがない――当初アルバートはそう思ったが、青年の目は野心に燃えているように見えた。これではちぐはぐである。金儲けに興味がないどころか、むしろ、何やらとんでもない大商いを抱えているように見える。
(……知名度が欲しいのだろうか? 何か狙っているなら一枚噛みたいところだが)
アルバートは彼の立場になってみて考えた。
確かにここで名を売っておけば、街の祭りや、有力者の血縁の結婚式に余興で呼んでもらえるだろう。そこから他の有力者へと顔繋ぎできる。
独自の人脈や商取引先に乏しいこの青年からすると、こういう人と人のつながりは、喉から手が出るほど欲しいはず。普通に考えるとそうであろう。
なればこそ、このアルバートが仲介役を買い出て、うまくこちらの陣営に抱き込むようにしたいところだが――。
であれば、別に焼き菓子を売ったり飲み物を売っても問題はないはずである。
それをしてないということは、相当人手が足りておらず手が回っていないのだろう。
人手を融通しましょうか、とアルバートが提案するよりも早く、ハイネリヒトは切り出した。
「アルバートさん、この場所は今、俺がこの街の行政官に申し出て一時的に貸し切りにしてあります」
「ふむ、なるほど」
「ここで出店する権利をアルバートさんに売ります。代わりにいくつか手伝っていただきたいことがあるのですがよいでしょうか?」
「いいですね。商人らしくなってきたと思いますよ、ハイネリヒト殿」
生徒を褒めるような口調になってしまったので、アルバートは続けて「失敬、ちょうど私が考えたこととまるきり同じ提案だったものでつい」と申開きをした。
この場で出店する権利を売って、その対価で人手不足を解消する――権利を売り買いするという概念がないと思いつかない提案である。
その発想があるだけでも、彼の商人としての資質は十分であろう。
「いえいえ、アルバートさんに褒めていただけて恐縮ですよ。それに、アルバートさんならきっと俺が欲しい人をきちんと連れてきてくれるはずという安心感もありますからね。貴方にお売りできてよかった」
「こちらこそ恐れ多いです」
アルバートはそこで、一つ追加で尋ねた。
「権利の又売りも構いませんでしょうね?」
「ああ、確かな相手であれば構いませんよ」
「……ふふ、無料でよろしいのですか?」
「あー……。そこは、ご愛顧による融通ということで」
全く、切れ者なのか、詰めが甘いのか。
この不思議な青年の持ちかけてくる商談は、いつもどこか浮世離れしていた。アルバートは不思議と、それが嫌いではなかった。
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