第30話 地下迷宮に住む古代の刻印士
「しいたけは横ばいだけど、ろうそくの売上はちょっと増えたな。あとVirtualTubeチャンネル登録数が急に300人近く増えて、Insightamも100人ぐらいフォロワーが増加、TicTocに至っては一気に1000人近くフォロワー増加か……」
動画が一つバズると、横展開が生じる。
今回だと、本来『歌ってみた』動画と関係ないはずのInsightamのフォロワーが増えている。これは『歌ってみた』動画から俺の他の動画に興味を持ち、更にそこからパルカのInsightam(ハンドメイド品アカウント)やアルルのInsightam(料理アカウント)へと移動したユーザがいることを示している。何十万回と再生されたうちの100人。たった数千分の一だが、案外こういうものなのだ。むしろ多いかもしれない。
それに、バズは名刺代わりにもなる。
いずれのSNS問わず、一回大きなバズを取っていれば今後にわたっても使える実績になる。
たとえば、100万回再生を達成すれば、将来本を出したとき『VirtualTubeで100万回再生の人気配信者が教える、元気がないときの極限レシピ!』というように帯に書くことが出来たりする。
今だとケモ娘たちの写真集をAmazing Candleから出しているので、もれなく全部に『100万回再生の人気配信者のフレッシュでキュートな写真集です!』と煽り文句を入れることができる。
「見たところ、TicTocから他媒体への横展開は弱いけど、VirtualTubeは割と他媒体への展開力が強そうに見えるな」
理由はわからないが、VirtualTubeのほうが、Amazing Candleの写真集や、minna(※ハンドメイドの出品ができる大手ECサイト)へユーザを引っ張る力が強いらしい。
たまにコメントで『VirtualTubeを見て◯◯購入を決めました!』と書いてくれる人もいる。動画サイトごとにそれぞれの特性があるのか不明だが、どうやらそういうものらしい。
(ハユが来てくれたお陰で、お金儲けのアプローチがずいぶん広がったな……)
それもこれも、ハーピィ娘の驚異的な声帯模写技能のおかげである。
このペースであれば、動画の収益化も難しくはない。
登録数1000人間近になっている我がチャンネルの成長を目の当たりにしながら、俺は期待を膨らませていた。
◇◇◇
「ご無沙汰しております、ハイネリヒト殿。お求めの刻印士ですが、近々ご紹介できそうですよ」
新しい家を購入したり新しい使用人を雇い入れたりと、しばらく用事が続いたため中々自由な時間が取れなかったが、ようやく暇が出来て質屋に向かうことが出来た。向かう先はもちろん、いつもお世話になっている『帝国質屋:
アルバート氏は、相変わらず物腰柔らかい態度で暖かく俺を迎え入れてくれた。
「見つかったのですか! それは楽しみです!」
「ええ。災竜戦争の生き残りなので、腕前は確かです」
さいりゅうせんそう、と聞いたことのない単語が出てきた。横目でゾーヤに目くばせすると、彼女が耳元で補足してくれた。
「……災竜戦争は、300年以上前に暴れ出した地竜を封印するための戦役だ。戦役の影響で国が二つ消し飛んだと聞く。お婆様も生まれていない、遥か昔の時代だ」
「300年?」
世紀を跨ぐともなると、ちょっと想像のつかないスケールの年月である。日本で言えば、まだちょんまげが生き残っているような時代。当然自動車も飛行機も存在しておらず、電化製品の影も形も存在しない。
※自動車が誕生したのは1769年、世界初の有人飛行に成功したのは1903年、白熱電球が発明されたのは1879年。
そんな遥か昔から今に至るまで生き抜いている人物がいるとは、やはりこの世界は
アルバート氏は、俺とゾーヤの話が終わるのを待ってから補足してくれた。
「その人物は長命種なのです。エルフの刻印士ですよ。とはいっても、普段は地下迷宮に幽閉されている人物なのですがね」
「……えっと、それは」
反応に困る新情報であった。
地下迷宮とはつまり、『ミュノスの巣』だろう。そして地下迷宮に閉じ込められているということは、地上に出てくることが許されていない大罪人ということに違いない。
となると、今から出会おうとしているエルフの刻印士とやらは――。
「もしかして、とんでもない危険人物だったりしますか?」
「まさか、そんなことはございません。彼女は非常に穏やかで思慮深い方です。ただ、我が帝国の皇室一族の血統の系譜を知っていたり、白教会の禁書指定の有害図書を執筆した
危険な人間だった。隣でゾーヤの顔が固まったのが分かった。
穏やかで思慮深い人格者だというのは分かったが、知っている情報が国を割ってもおかしくなさそうである。地下に幽閉されているのも頷ける。
「一般市民が会えるのですか?」
「もう数百年前の情報らしいです。知ったところで、証拠も何もない眉唾物のお話ですからね。今更喚き散らして広めたところで、帝政が揺らぐはずもありませんし、喚いた人物が不敬罪で捕まるだけでしょう。なので、禁書指定の魔女本の著者という形式上の罪だけが彼女に残っています」
アルバート氏の補足情報を聞いて、当初聞いた印象から非常にまともになった。確かにそうだろう。証拠を提示できなければ情報に意味がない。あらゆる情報価値は時間と共に劣化するのだ。
だが数百年経ってなお、地上に上がれないというのは少々可哀そうではある。
「幸い、監獄に繋がれているというわけではないので、許可証さえお持ちであれば、迷宮街で会えますよ」
「……許可証、ですか」
「ええ」
アルバート氏はそのまま、変わらぬ声の調子で、机に一枚の証書を置いた。
ぱっと見では何の変哲もない証書である。魔力を帯びた複雑な紋様が怪しい光を浮かべており、書面の効力を保証している。だが――。
「本来は貴族や上級市民にしか許可証が認められないのですが、今回は特別に代書屋に
「……」
調達させた。つまり
俺はなるべく平静を装おうとして足を組みなおしたが、目の前の老紳士はそんな俺の所作に気付いたのか苦笑を浮かべていた。
「大丈夫ですよ、衛兵たちに目を付けられても、少々多めに心付けを渡してやればいいのです。何となれば砂糖や胡椒でもよいでしょう」
「……なるほど、勉強になります」
思ったよりも大がかりな事になっているが、これでようやく刻印士と会うことができる。虫を操ることができるようになるならこれぐらい安いものである。
俺は、余っている琥珀をアルバート氏に押し付けるように渡した。ゾーヤに言われて、琥珀を身体に慣らすため砕いて飲んでいたその余りである。氏の目は一瞬驚きで見開かれたが、すぐに穏やかなものに戻った。
「……なるほど、不思議なお方だ」
「ご入用であれば、遠慮なく仰せつけくださいね、アルバートさん?」
今回の情報料と証書の調達手数料の代わりである。高くついたのかもしれないが、俺には宝石を安全に捌く販路がない。その点、質屋として広い領域と取引を行い、様々な人脈を持っているアルバート氏の方が、こういった出所不明の宝石を安全に捌くことができるだろう。
今日もまた、良い商談だったと思う。俺は確かな手ごたえを感じて笑みを浮かべた。
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