第29話 現代商売その5:動画収益化_歌ってみた(後半)
ハユの『歌ってみた』動画は、俺の目論見通りどんどん再生数を稼ぎつつあった。内容がいい動画なので、リピート再生数も順調に稼ぎつつあった。
まず、収録機材としてそれなりに良い機器を使ったのがよかった。ハユの声がしっかりと拾えている。
利用したマイクはコンデンサマイク。
一般的なダイナミックマイクとは違って、コンデンサマイクの方が高音域の周波数までレンジを広く収音できて、繊細な変化までくみ取れる。
これは、コンデンサマイクの方が
環境音を録音するつもりはないので、指向性は単一指向性のマイクを選んだ。
結果、購入したのはAudio-Technomica ATS2020(税込で15,000円程度)であった。
オーディオインターフェースは、LL-AUDIO LL-Track solo(税込で8,000円程度)。
これは、PCの中にあるレコーディングソフトに声を入れるための機材で、マイクや楽器などのアナログ音声信号をデジタルに変換し、PCで取り扱うことのできるデータにしてくれる役割を持つ。
多くのオーディオインターフェースは、専用のケーブルさえ用意すれば、コンデンサマイクにファンタム電源を供給する機能も持っている。ケーブルはおよそ2000円程度で調達できるので、マイク、オーディオインターフェース、ケーブルで合計25000円程度で機材が揃うことになる。
後は、マイクに息が吹きかからないようにするポップガード、マイクを立てるスタンドを用意すれば、準備は万端である。
収音先は、スマホのDTMアプリでもいいし、PCのDTMソフトでもいい。
DTM環境でバック演奏を先にある程度作って、その上に歌やギターなどの楽器をのせることも可能。
最近は無料のDAW(デジタルオーディオワークステーション)ソフトでも非常にいいものが出ているので、簡単な演奏ならこちらであっさり作ってしまえる。
次に、イラストや動画を外注しなくてもよく、顔出しが全然OKだったこともいい方向に働いた。一つの『歌ってみた』動画を作る際に、イラストや動画で3~4万ぐらい飛ぶことも珍しくない。それを顔出しOKにしたことで、その部分の費用が圧縮できたのだ。
結果、たくさん曲を歌ってたくさん動画を投稿することが可能となった。動画制作コストが安いから実現した作戦である。チャンネルを育てるには、まず動画の数を揃えることが重要なのだ。
それに――控えめに言っても、ハユの顔立ちは整っている。
可愛いケモ娘が必死に歌っている動画は十分愛らしかった。
三つめは、話題性であろう。
元々俺の投稿している動画チャンネルは、ケモ娘たちが料理やハンドメイド作品などあれこれ挑戦するという内容のものであり、ケモ好きの視聴者がよく見てくれていた。
他に競合となる投稿者がおらず、またすでにチャンネルそのものにそこそこの知名度があったので、ハユの動画は早速、ケモナー諸君に高評価をしてもらえた。
動画エンゲージの早期獲得である。
これにより、検索アルゴリズムで高い評価を得たハユの動画は、より広い視聴者層へと届いたのだった。
(しかもアカペラの質が思った以上に高い。メインボーカルのハユの声質はもちろん、ハーモニー担当のゾーヤやパルカ、アルルも結構歌が上手かったんだよな)
嬉しい誤算だったのは、ゾーヤたちの隠れた才能であろう。
当初は、メインボーカルのハユを立てるため、皆には簡単なドゥーワップを歌ってもらうつもりだった。気持ち程度に手拍子や足踏みなんかもいれたりして、簡単なパーカッションを入れる程度の、お遊びのアカペラ。
ところがいざ歌わせてみると、ゾーヤもパルカもアルルも、そう悪くない音感と声質を持っていたのだ。
まあ、娼館勤めだったパルカとアルルは分かる。声が綺麗だったり歌が上手い娼婦は指名されやすいから、そういう練習をしていてもおかしくない。
一方で、ゾーヤの歌が上手だったのは少々意外だった。
「もともと、氏族の巫女役は神々に詠唱を捧げる役目があるからな。歌はそこで鍛えたものだ」
「巫女役かあ」
初めて聞いた。そういえばゾーヤの過去を全然知らない。
彼女自身、昔のことは言いたくなさそうだったので無理には聞き出していないが、今の俺は命令さえすれば全部聞き出す権利を持っている。
全部聞き出さないのは、俺の甘さゆえである。
(まあ、今大事なのは歌が上手いかどうかだもんな。そういう話はおいおい聞けばいいや)
そんなこんなで、ケモ娘たちによる『歌ってみた』動画が出来上がったわけだが。
「何度聞いても、ハユの声真似が凄すぎる」
先ほど四つほどの要因を挙げたが、最大の要因はまた別のものであった。
声真似。
それも高精度で多彩なもの。
はっきり言って、ハユの声は様々なアーティストたちの歌声を上手に再現していた。
確かに鳥類の一部は、人間の言葉の模倣を行うものがいる。
オーストラリアで『
では声帯の作りが特殊なのかというと、そうではない。コトドリの声帯の筋肉は4対ではなく3対しかない。このため彼らの声真似は、比較的原始的なものだと考えられている。
もちろん、声帯の構造がそれよりもシンプルで声帯膜さえない人類からすれば、コトドリの声帯はもっと上等なものなのだが。
話を戻して――ハユの声真似は、人間の真似できる範囲を逸脱しているように見受けられた。
・YORUTSUKI
・玄米兼師
・Officialデカダンcism
・ゆいみゅん
・Dr. SCREEN APPLE
・Edo
……等。
様々なアーティストの独特な声を、ハユは高い精度で真似することができた。
かすれた声も、高い声も、甘い声も、硬質な声も。
もっとも、さすがに男性の声全般を真似することは出来ていなかったが、それに近い声を出すことには成功していた。中性的な声であれば一部の男性ボーカルでさえも真似に成功していたのだから、ハユの模倣能力の高さがうかがえようものである。
だから『ゆいみゅんの声でHoneyWeeksを歌う』みたいなことも平然とやる。
他にも『YORUTSUKIの声でPUMP UP CHICKENを歌う』とか『Edoの声でアポログラビティを歌う』なんてこともやるし、まさに縦横無尽と言っていい。
こんなに自由に、好き放題にやっていいのかとばかりに声真似をぶち込んでいく。
その結果が、初の10万回再生到達である。
(……これはいける)
ハユが多彩な声で歌い上げ、ゾーヤとパルカとアルルが後ろでコーラスで支える。あまり歌の得意じゃないカトレアだけ、トライアングルをたまにチリンチリン鳴らす役をやっていたが、これはこれで味がある。
今の調子で行けば、すぐにVirtualTubeのチャンネル登録数も1000人に到達するであろう。
この日俺は、ケモ娘たち五人にとびきりのご馳走を振る舞うことに決めた。少し早めの祝勝会のようなものである。
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