第28話 現代商売その5:動画収益化_歌ってみた(前半)
「知らなかったけど、『歌ってみた』って再生数が滅茶苦茶伸びるんだな!」
投稿してしばらく、動画の再生数が1000回近くまで回っているのを見て、俺は思わずほくそ笑んだ。VirtualTubeで既に一万回以上再生している動画が複数あるとはいえど、1000回再生到達は侮ってはいけない。
何せ今までやってきた『料理動画』『ハンドメイド動画』『食器紹介動画』等とは毛色の違う、『歌ってみた』という新ジャンルを投稿していきなりこの再生数なのだから。
それがたとえ、ペコペコ動画やTicTocであったとしても、無視できない効果があった。否、ペコペコ動画の1000回再生はVirtualTubeよりも凄いかもしれない。TicTocはまだ初心者でもそれなりに再生数が稼げるが、ひょっとするとこれはいいネタを見つけたかもしれない。
「この再生数の伸びって、どう考えても、うちのハユの歌唱力の賜物だよな……」
どんどん伸びる再生数を見ながら、俺は思わず声を漏らした。
ハユの動画は、何故かは分からないがエンゲージメント率が非常に良かった。元々娼館勤めだったこともあって、彼女の見た目は非常に整っている。熱唱するケモ娘がそんなに珍しかったのだろうか、コメント欄の反応も非常に良いものであった。
VirtualTubeと違い、ペコペコ動画はタグやカテゴリが視聴者にも可視化されており、カテゴリ・タグから好みの動画を探す文化が残っている。そのため、今流行りのオタク系コンテンツ(アニソン等)が検索されやすい傾向にある。
また、TicTocは自動再生で次々と動画が再生される仕組みになっている。投稿歴の浅いアカウントの動画は自動で100人程度のユーザにおすすめで表示される仕組みになっているため、動画をぼーっと流している暇つぶしのユーザに再生回数を回してもらいやすい。そのため初心者であってもある程度は再生数を稼ぎやすい≒バズりやすいプラットフォームになっている。
ペコペコ動画・TicToc双方の性質を勘案したとき、若者向け大型アーティストが歌っているアニソンの『歌ってみた』を投稿すれば、再生数がある程度伸びやすい。それが見事にハマった形であった。
もちろん大型バズには運が絡むほか才能も必要となってくるのだが――。
「これ、本当に『声真似で歌ってみた』で物凄く伸びるぞ……!」
思わぬ成功に、俺は喜びを隠せなかった。
偶然の快挙と言ってもいいだろう。そもそも俺は、『歌ってみた』はもっと苦戦すると思っていたのだ。
というのも、一般的に『歌い手』と呼ばれる動画投稿者は、収益化にかなり苦労しているからだ。
(本来『歌ってみた』系の動画は、J-RACのような音楽著作権管理団体に利用料を支払う必要があるからな)
歌ってみた・カバー系VirtualTuberは、他のVirtualTuberに比べて、少ない収益しか望めない――。
この通説には一応、からくりがある。
それは楽曲利用料である。
著作権と著作隣接権というものがある。
楽曲の場合、著作権は『楽曲の「詞」と「メロディ」に関する権利』、著作隣接権は『著作権に含まれないが、歌を歌った人やオーケストラを演奏した人などに発生する権利(著作権法第96条~97条の3「レコード製作者の権利」)』が代表的なものとなる。
そして、動画のアップロードを行うのは、上記の権利に抵触する行為になる。
だから例えば、市販のCDやカラオケ店の音源を無断でアップロードすることは、この著作権ならびに著作隣接権の侵害になる違法行為にあたる。
この著作権と著作隣接権のそれぞれをクリアする方法としては、著作者(作詞家・作曲家)と著作隣接権の保持者(レコード会社)にそれぞれ利用許諾を得る必要があるのだが――。
動画投稿の際に、いちいちそんなことを行っている人間はほとんどいない。
ではどうしているかというと、大抵の場合は、アップロードする動画サイト(VirtualTubeやペコペコ動画等)が著作権管理団体と包括契約を結んで、クリアしているのだ。
包括契約の中身は、端的に言うと『動画投稿サイトが代わりに楽曲利用料を支払いますから、投稿サイト内での利用を認めてください』というもの。
そして、VirtualTube、ペコペコ動画、TicToc、いずれの動画投稿サイトも、J-RAC・MixToneなどの著作権管理団体と包括契約を結んでいる。
たまに、J-RAC・MixToneの管理楽曲データベースに載っていない曲も存在するが、それはアーティストならびにレコード会社がどこの著作権管理団体にも管理をお願いしていない曲で、これは動画に使うと無断利用になる恐れがある。
なので、まずはJ-RAC・MixToneの管理楽曲データベースを検索して、歌っていい曲を調べてから歌うのが著作権的に正しいやり方となる。
そして、ここからが大事である。
『歌ってみた』系の動画の収益は、この楽曲利用料にほとんどが補填されることになる。
なので例えば、1再生数あたりの値段が0.05円が相場だったとしても、『歌ってみた』系の動画はその0.05円の70%~80%を著作権管理団体に利用料として持っていかれることになる。
手元に残るのは僅かな金額。
もちろん、収録機器の代金や、楽曲とのMIX料金(5千円~2万円)、イラスト(5千円~2万円)、動画制作費(5千円~2万円)などを支払うことを考えると、この出費を賄うことができるほどの収益を得られるかどうかが生命線となってくる。
だが――。
(この楽曲利用料だけど、ちょっと工夫すればある程度『歌い手』側の収益を広げることができるんだよな)
俺は次なる動画の投稿の準備を進めながら、少しコーヒータイムを取ることにした。
著作権と著作隣接権。
おさらいになるが、これらは『楽曲の「詞」と「メロディ」に関する権利』『歌を歌った人やオーケストラを演奏した人などに発生する権利』が代表的なものになる。
逆に言うと、オフボーカル音源を利用すれば歌った人の権利が発生しない。音楽も自前で演奏すれば、オーケストラ部分を演奏した人の権利も発生しない。
つまりアカペラで『歌ってみた』をやってしまえば、この権利料は一部緩和できるのだ。
少々脱線するが、VOCAL-MAID【瑞音ミウ】などの曲の『歌ってみた』動画が多い理由もこの著作権・著作隣接権に関係する。
レコード会社がリリースするような曲と違ってこれらVOCAL-MAIDの曲は、楽曲提供者(ボカメPと呼ばれる)が個人HPやブログなどで「条件付きでフリーで利用していいよ」と公言していることが多いのだ。
それゆえ、歌い手からすると、二次利用として『歌ってみた』動画等に利用しやすくなっており、VOCAL-MAIDはペコペコ動画などの投稿サイトで『歌ってみた』系の動画で拡散されやすくなっているのだ。
話を戻して、アカペラ(+自前演奏)で歌ってみたを再現した場合、動画収益は多少マシになる。楽曲の詞とメロディの部分だけを利用していることになるからである。
後は収録機材にいいものを利用すれば、アカペラは元が取りやすいジャンルであった。
ハーピィ族のハユの歌うアカペラは――その点ずば抜けて美しかった。
柔らかく澄み渡った声質。
引きこまれるような緩急。
時に"圧"を思わせる声量。
音楽に詳しくない俺でも、ハユの歌声を聴けば一瞬で分かった。
(こいつ、声に
と。
実際に魔力が宿っているのかは分からないが……少なくとも間近で聞く
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