第24話 蟲使いと虫入り琥珀石
「蟲使いになりたいって? ……やめときな、地下街の罪人にまさに蟲使いのやつがいるが碌なやつじゃねえ」
「ふぅん、蟲使いねえ……。蟲使いになるには、使役したい蟲に百度噛まれて百度呪詛を唱えないといけないって聞いたわよ。そんな苦行、私なら無理ね」
「蟲使いになるぐらいなら、獣使いになったほうが絶対いいと思うが……。比較的おとなしいサンドリザードを使役して砂漠を渡れば、貨物運輸の仕事だけで食っていけるだろうよ。それに獣類はギルドに使役従魔登録できるし預けることもできるが、虫は従魔登録できる場所がほとんどねえ。俺の記憶の限りじゃどこも無理だ」
「蟲使いか……やめとけやめとけ、虫の餌を用意するのとか、虫の世話をするのとか大変だぞ? 別に次から次へ殺してしまっていいって言うなら別だがよ」
――これらは、砂糖と胡椒の路上販売の最中に、客の冒険者たちから教えてもらった情報の数々である。
虫はむしろ使役獣の餌にされることが多いとか。
従魔契約の入れ墨を虫の体に一匹一匹いれることが困難だとか。
寿命が短いからせっかく調練してもすぐ死ぬとか。
正直、調べても調べても、いい情報が全然入ってこなかった。
もちろん、どの情報が正しくてどの情報が間違っているのか真偽の程は全く分からない。
困った俺は、やはりいつもの通りゾーヤに頼っていた。
「なあ、従魔契約の入れ墨を虫に入れるのって必ずしも必要なわけじゃないよな。いくつかの代用案としては、使役の指輪とか呼ばれるものを作ればいいと聞いたが」
「……似たものは知っている。従魔装具だ。お婆様が昔教えてくれたが、使役従魔にしたい魔物の頭蓋骨を耳飾りや首飾りにして、それに刻印を施すというやり方になる。だがあれは……」
ゾーヤに聞いたところ、彼女は渋い顔をしていた。
曰く、あれは骨がある生物だからできることだと。
曰く、そもそも魂の形が近くない生物を従魔にするのは困難だと。
「もし
全くもって、この狼人族の娘は何でも知っている。
本当に剣闘士上がりの小娘なのだろうか、と疑わしくなるほどだ。
「……虫入りの琥珀石か」
「別に琥珀石じゃなくてもいいが、触媒につかうなら綺麗に遺骸が保存されているものが必要だ。その点、琥珀石に閉じ込められている虫は、保存状態がとてもいい。宝石魔術のやり方も通用する。しかも、虫の先祖種である可能性が高い」
どんな生き物も大抵、先祖の言うことは聞くものだ――。
ゾーヤは得意げに解説を続けた。
「虫の身体に刻印を刻むのは難しい。だから、
「へえ、刻印ってそんなに束縛力が強いんだな」
「契約書を身体の中に埋め込むようなものだからな」
彼女の説明は難しい。
回りくどい言い回しはあるし、確証が持てない内容は断言してくれない。
「じゃあ、俺の身体に刻印を入れるのは意味がないのか?」
「ある。従魔に襲われないための保護、装具に魔力を通すための道、それといくつかの魔除けだな。従魔装具にも対の刻印を施せば効果はより大きくなる」
だから
……と、ゾーヤはつづけた。
「まあ、虫入りの琥珀石なんて全然見当たらないのだがな。そんなものを用意しようと思ったら、琥珀の産地を気の遠くなるぐらい掘るか、魔術師ギルドに大金を積まないと無理だ」
「? バルト海の琥珀なら、しいたけ売ったお金で買えるけど」
「えっ」
しいたけ数箱売ったら買える。
そんなぐらいで琥珀石がやり取りされているということに、ゾーヤは目を丸くしていた。
「……琥珀だぞ? 琥珀と黄金は、太陽が海に落とした欠片だと言われているのだぞ?」
「コーパルとかベークライトとか、そういう偽物も多いけどね。でもバルト海の琥珀と言えば、世界の琥珀の八割がそこから産出されるぐらいだからね、ちょっとお金を積んだら結構買えるよ」
虫入りの琥珀は相場の三倍以上の価格となる。
とはいえ、そもそも二千円程度あれば小さな琥珀は買えるので、虫入りだとして一万円ぐらい用意すれば十分。
「ほら」
「本当だ……」
数日後。
本当に、蟻入り、蜂入り、蝿入り、蚊入り、その他の琥珀が届いたのを見て、ゾーヤは絶句していた。
「……家が建つぞ」
「ならイルミンスールでは売れないな、危険すぎる」
ちょっと値は張ったが、蜘蛛入りの琥珀や、蠍入りの琥珀、百足入りの琥珀もあった。
これで俺が使役できるかもしれない虫は、アリ、ハチ、ハエ、カ、クモ、サソリ、ムカデになった。
「後は腕の良い刻印士だっけ?」
「……そうだな」
ゾーヤは一つ、何もない琥珀を取り出して「砕いていいか?」と確認を取った。俺はあっさり頷いた。
「琥珀は、すり潰して呑むと薬になるし、焚けば香になる。今夜はこれに
「琥珀の加護……?」
よくわからないが、これも宝石魔術の基本らしい。
本当に彼女は何でも知ってる。博覧強記とでも言うべきか。
「なあ
「まあね。多分ゾーヤが信じられないぐらいにね」
「琥珀を売るよりもか?」
「街一つ買えるかもよ」
アルルが用意してくれたしいたけのバター炒めを食べながら、俺とゾーヤは今後の金儲けの方針について細部を詰めあった。
悪巧みは一人でやるより共犯者がいたほうが楽しい。俺の言葉に興味をそそられたのか、ゾーヤの瞳は楽しそうに輝いていた。
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