第23話 現代商売その4:仮想通貨マイニング(後半)

 仮想通貨。

 暗号資産とも呼ばれるそれは、インターネット上でやりとりできる財産的価値とされており、「資金決済に関する法律」において、次の性質をもつと定義されている。


(1)不特定の者に対して、代金の支払い等に使用でき、かつ、法定通貨(日本円や米国ドル等)と相互に交換できる

(2)電子的に記録され、移転できる

(3)法定通貨または法定通貨建ての資産(プリペイドカード等)ではない


 暗号資産は、国家やその中央銀行によって発行された法定通貨ではない。価値を裏付けている国体が存在しないという意味では、他の通貨とは振る舞いが異なる。


 中央銀行による金融緩和などの経済政策の影響を直接は受けない(もちろん間接的には受ける)、純粋な市場原理が価格を決定づけているという観点からすると、むしろ金などの資産に近いと言えるだろう。


 有名な暗号資産は、ビットコイン、イーサリアム、ライトコイン、モネロ、Zcash、Dash、リップル(※リップルは暗号技術に基づくブロックチェーンを利用しないので暗号資産に含めてよいか微妙な側面があるが)などがある。

 他にも"草コイン"と揶揄される雑多な種類の仮想通貨が存在するものの、ビットコインほど開発者コミュニティが充実しておらず、プロジェクトの目指している方向性もビットコインのプロジェクトとうまく差別化できていないことが多いことから、基本的には草コインを買うよりはビットコインを買う方がおすすめである。


(ビットコインの特徴として、GPUを使った【マイニング】を行うことができるというものがある)


 ビットコインの取引履歴は、分散型台帳システムで保存・検証される。

 俗に言うブロックチェーン技術。単位時間あたりの取引履歴が一つのブロックにまとめられて、そのブロックを承認者ノードが承認、妥当性を検証ノードが検証する――というのが大まかな仕組みである。


 承認者ノードになるには「ナンス値」と呼ばれるランダムな32ビットの値を発見する必要がある。そして、いち早く正解の「ナンス値」を発見したただ一人に、成功報酬として新規発行されるビットコイン(および取引手数料としてのトランザクション費)が贈られる――というのがビットコインの仕組みである。


 ナンス値の発見・検証のために世界中の信じられない数のコンピュータが計算を行うというのがビットコインの仕組みの真髄であり、簡単に言えば『世界中のコンピュータの計算を塗りつぶせるほどの圧倒的な演算リソースがない限りは取引履歴の不正改竄はできない』というのがこのProof of Workの言及している内容である。


 データの破壊・改ざんが極めて困難であり、障害によって停止する可能性が低いシステム。

 それがブロックチェーン。


 そして、先ほど説明した、ナンス値の計算競争を行うのがマイニングという行為になる。


「マイニングって難しいイメージがあったけど、Luck Hashというソフトをインストールするだけで出来るんだな」


 俺は、うなりを上げるGPUファンを見ながら感慨に耽っていた。


 マイニング支援ソフトウェア、Luck Hash。

 そして、マザーボードの上に刺さったいくつかのグラフィックボード。

 スチール板の上にマザボを設置し、巨大なファンも設置しただけの、非常に無骨な筐体だが、無駄なものを付けても効率が下がるだけ。せいぜいモニタがあればいいぐらいで、他には何も必要ない。


 GPUのチューニングについては、昔からされている手法だが、コアのクロックを下げて、メモリクロックをクラッシュしない程度に上げて、温度のリミットは80℃程度を目指す。

 これはLuck Hashの公式サイトに載っているチューニング表が非常に参考になる。例えば俺が持っているグラボは【GNForce BTX 3060Ti】だが、BTXの30番台シリーズを検索すると、表の中におおよそ適している設定値が載っているので、それをそのまま追従するだけである。


 また、一つのマザボにビデオカード多数差しを行うと動作が安定しなかった。これは当然のことで、普通GPUを複数指すとノイズが多く乗るからである。色々試してみた結果、マザーボード一つあたりに2つのGPUがちょうどいいと思われた。


「……こ、これは何なのだ、主殿あるじどの……? 妙にうるさいし、暖かいが……」


 ゾーヤが珍しく、ちょっと引き気味な様子で尋ねてきた。

 始めて見るマイニング用リグが不気味なのか、ちょっとだけ距離を取っている。

 いつも好奇心旺盛な彼女にしては、少々意外な反応である。


 とはいえ確かに、異世界人から見たら異様な物体であろう。ふぃんふぃんと高い音がなって熱を排気し続けているのだ。


 正直、仮想通貨だとかブロックチェーンだとかを真面目に話していると日が暮れるので、思いっきり端折って彼女に伝えることにした。


「ああ、これは暖房器具だよ。電源を付けているだけで暖かい空気を排出してくれるすぐれものさ。反面非常にデリケートだけどね」


 名付けて、マイニング暖房。

 ちょうど、【GNForce BTX 3060Ti】四枚で、室温が25℃ぐらい。

 エアコンなしでもちょうどいいぐらいの温度になった。


 およそ電気代が1kWhあたりで27円。消費電力が1200W程度で、延長ケーブルの定格電力が1500Wであることを考えるとこの程度が限度であろう。電気代は一か月間で25000円程度、マイニングされる仮想通貨の価値はおよそ42000円程度。


 なんと、一か月で17000円儲かる計算になる。


 とはいえ機材にかかっている費用が費用である。

 GNForce BTX 3060Tiは一つで50000円以上。つまり、マザボ代やスチール板、モニタ代や各素子代などもろもろ加味して30万円以上かかっているので、元を取るなら20か月以上は稼働しないといけないことになる。


 まあ、暖房機器代わりに稼働させて、暖房に利用する電気代をちょっとしたお金稼ぎに変えていると考えればいいだろう。


「ほら、イルミンスールはこれからどんどん寒くなってくるだろう? 寒くなってくると、しいたけを栽培する環境としてもちょっと悪くなってくるんだ。それに俺たちも純粋に暖房が欲しいからな」


 俺が答えると、ゾーヤは半ば感心したように筐体を覗き込んでいた。

 どうやって熱が生まれるのか、そしてどうしてそれが風となって出てくるのか、その仕組みを頑張って理解しようとしているのかもしれない。無論覗き込むだけでは理解できるはずもないとは思うが――。


 ちなみに、である。

 これは完全に思い付きだが、一ついいことを閃いた。


「あと、ゾーヤもパルカもアルルも、これと同じことをやってもらうぞ。暖房機器の設営を一から自分でやるんだ」

「「「えっ」」」


 仮想通貨マイニング女子。

 しかもケモ娘。


 動画のネタとしてはこの上ない格好の材料である。


(さて、やらせてみるのはいいとして、これでどの程度動画が再生されるだろうね……)


 うまくバズってくれたらいいのだが、効果のほどは未知数である。未知数であるということは、逆に言えば競合がいない新領域とも言える。俺はちょっとだけ胸に期待を抱きながら、早速カメラの準備を始めるのだった。

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