第16話 現代商売その2:Amazing Candleで電子書籍(写真集)の出版
「うすうす分かってはいたけど、やっぱり現代日本で金を稼ぐのは本当に難しいな……」
口座のお金を眺めながら、俺はいかんともしがたい事実に嘆息した。
今の日本でお金を稼ぐのは難しい。
世知辛い話である。半ば分かり切っていたことでもあるが、お金はたくさんある人のところに集まり、全然ない人のところにはこない。
資本主義とはそういうもので、たくさんお金がある人は企業を起こして、組織力と人海戦術で市場を制圧し、個人商店やフリーランスなどの自営業は競争の末に負ける。のんびり暮らしているだけで、美味しい話が降ってくる……なんてことはそうそうないのだ。
しいたけ栽培キットを使ったフリマ出品はうまく行っていた。
少なくとも原価を割ることはなかったし、売れ行きはそこそこ順調であった。余ったしいたけを調理して食費を浮かせることもできた。ただし、家賃を補うほどの収益ではなかった。
しいたけ以外に何かを育てたり栽培すればいいのかもしれないが――。
「かといって、動画コンテンツが収益化できてるわけじゃないからなあ……」
動画投稿は順調であった。投稿するたび、動画再生数は徐々に伸びつつあった。再生数が5000回を超える動画もちらほら現れてきて、コメント欄にも「待ってました!」という固定ファンの書き込みが見受けられるようになった。
亜人娘というジャンルはややニッチなんじゃなかろうか、と投稿当初は心配したものの、視聴者の反応を見る限りだと、むしろそのケモ感がいい、という雰囲気だった。
しかし、VirtualTubeのチャンネル登録者数はまだ200人程度で、収益化には程遠い。
動画投稿のネタも、『しいたけのバター醤油を料理するワーウルフ娘・アルラウネ娘・レプラコーン娘三人』『アルラウネ娘に36度ある焼酎原酒を飲ませたら……!?』『タオルを巻いて入浴するワーウルフ娘(ワーウルフ娘の身体の洗い方講座)』『「美女と野獣」のクロスステッチに挑戦するレプラコーン娘』……など、ある程度人気の出そうなジャンルは見えて来たものの、やはり今一つ押しが足りない。
動画のバズまであと一歩。
あと一歩を押し上げる何かがあればいいのだが。
PCの画面を覗き込みながらそんな風に考え込んでいると、肩口からひょっこりとゾーヤが声をかけてきた。
「
「ありがとう、中身確認するよ」
最近、動画の撮影の手伝いはゾーヤとパルカに少しずつ任せていっている。
好奇心が強く物覚えのいいゾーヤは、俺のスマホをあっさり操作することができた。やや苦戦していたのはパルカだったが、そこは器用なレプラカーンの本領発揮で、彼女もしばらく経てばスマホの撮影ぐらいは難なくできるようになっていた。
まあ、操作自体は撮影ボタンを押すだけでいいので、アングルを覚えたり、光の加減、ズーム、その他各種効果に慣れてきたというだけなのだが。
このまま上手くいくようであれば、動画の編集も彼女たちに任せたいところである。
「ご主人様、お料理が出来ましたよ~」
そんな折、おっとりした声がキッチンからやってきた。アルラウネ娘のアルルの声である。主張の強くない大人しい性格のアルルは、うちのメンバーの中では癒し役担当になりつつあった。
今行く、と返事をした俺は、作りかけの資料を一旦保存して席を立った。
作っている途中のものは――Amazing CandleのDirect Publishing Programsの資料。
そう。今俺が挑戦しようと思っているのは、電子書籍(写真集)の出版であった。
◇◇◇
Amazing Candle Direct Publishing Programs。
大手ECサイトであり、世界で最も影響力のあるビッグテック企業、Amazing Inc.の提供する、自費出版プログラム。
企業が手掛けている範囲は非常に広く、Amazing Prime、Amazing Drive、Amazing Music、AWS(Amazing Web Service)、Amazingアソシエイト――等、さまざまなサービスを提供している。
その中でも、Candle Unlimitedと言えば聞き馴染みのある人も多いだろう。
小説、ビジネス本、実用書、コミック、雑誌、洋書など幅広いジャンルの書籍を好きなだけ読むことができる。Candle端末だけでなく、使っているスマホ・PCなど端末を超えて、電車の中でもカフェの中でもお風呂の中でも本を読むことができる。
電子書籍という存在を一般に広く知らしめた存在。
それがAmazing Candleである。
「Amazing Candleで君たちの写真集を作って販売しようと思う。しいたけ栽培、料理、路上販売、入浴、何でもいい。とにかくたくさん写真を撮ってもらいたい」
俺の狙いは、そのAmazing Candleでケモ娘たちの写真集を発売するというものだった。
Amazing Candleが優れているのは、ブログよりも読まれやすい点である。
ブログを書いたことのある人なら分かると思われるが、記事を書いても最初はなかなか読まれることはない。書いたところで中々検索エンジンに引っかかったりしないため、SEO対策をしつつ、記事数を増やさなければ閲覧数は増えない。閲覧数が増えないので、数個だけ記事を上げて力尽きてやめてしまう――という人が多い。
しかし、Amazing Candleの場合はプラットフォームが既に出来上がっている。
売れ筋のジャンルに寄せてCandle本を出版すれば、Unlimitedユーザを含めたユーザが目を通してくれるのだ。
その意味では、Amazing Candleはまだ最初の一歩では読まれやすいと言える。
(Amazing Candleは、自分での出版に初期費用がかからないってのが優れているんだよな)
その上、Amazing Candleの出版費用は無料である。
紙の書籍であれば、出版社に費用を支払わないといけないが、Amazing Candleは本が売れたときに手数料が発生する形態なので、費用を用意する必要がない。
よく副業として、Amazing Candleの出版をおすすめしてくる人間が多いのは、そう言った理由が背景としてあるのだ。
もちろんそれは裏を返せば、競合となる相手が非常に多く、労力に見合った対価を稼ぐのが難しいということを意味するのだが――それは別の話である。
そして、今回挑戦するのは写真集。
深い理由はない。強いて言えば、写真集は素材をたくさん用意しやすいからである。異世界に肖像権なんてものがあるはずもなく、場所を気にせず撮影し放題というわけだ。
Candle本のうち、写真集は『タレント写真集』というジャンルで計上される。当然上位を占めるのは人気グラビアアイドル等だが、価格帯を0円~200円にすると、急に聞いたことのないような女性の写真集がたくさん出てくる。AI写真集もほとんどがこのジャンルに入ってくる。
「とはいえ、動画投稿と同じで、最初のうちは全然うまくいかないだろうな」
Amazing Candleでグラビア写真集を個人で出そうとした場合、いくつかコツが必要となる。
例えばタイトルの決め方。
筋トレお姉さん。
水でずぶ濡れ。
サンバダンスカーニバル。
ぴっちりタートルネック。
過激すぎるとアダルトのジャンルに入ってしまうので、ぎりぎりを攻める必要がある。
読者の好奇心をあおるため、タイトルは何となく目を引くような、しかし決定的な単語は使わない、その絶妙な線引きを狙うのだ。
次に表紙の写真。
これは選定が難しいが、谷間を出したりくびれを強調したりしつつも、写真だけではなく文字に頼ってクリックを促す。動画で言うところの『サムネイル』ってやつである。良質な煽り文句をつけることで、読者の読みたいという気持ちを高めるのだ。
筋トレお姉さんの場合は、『いい汗流して、サウナも一緒。』みたいな言い回しになる。
サウナとは……? と気になってしまう野郎を釣る訳である。
他にも、本の内容紹介の文章。
『VirtualTubeで累計再生回数10万回突破、SNSでも大人気のワーウルフ娘がグラビアに登場!! 彼女の成長と恥じらいがたっぷり詰まった《超豪華33P》をあなたに!!』
――といった感じに売りを前面に出す。
キーワードとなるのは、この写真集に写っている女優は大人気なんですよという説明、『恥じらい』とかいうちょっとそそられてしまうようなフレーズ、そしてボリューム十分ですよというお買い得感の担保、である。
ここまでやったら後はいい感じの写真を集めてアップロードするだけである。
(イメージを膨らませる文章が欲しかったら、ChatCPUに短い小説書いてってプロンプトを投げさせたらいいしな。それに俺の強みは、翻訳の指輪を使った多言語翻訳ができることだから、日本語オンリーじゃなくて海外を見据えてもいいわけだ)
果たして、Amazing Candleでの出版は上手くいくのか。
しいたけ栽培、動画投稿、と来て、第三の矢がまさかの写真集発売になるとは俺も当初は考えていなかったが――スルメのように細く長く収益を得ることを目的とした俺の戦略は、まだこれでは終わらなかった。
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