先生と対面

 泊まっているホテルが見えてきた。まさにビジネスホテルという外観で築40年以上は経っているのだろうか。かなり古く見える。

「おい、随分経費節約したな」

 ビジネスホテルでも下の部類の部屋に入江はびっくりする。


「何日も泊まる予定らしい。先生の希望だ。本当にこちらの心臓が持たないよ」

 不思議な先生だ。記事を書くにあたっての環境のこだわりはないのだろうか。

 こちらのホテルは高速道路も近い。

 騒音もそこそこ気になるだろう。


「鬼才の由縁がわかってきた」

 恐らく常人ではよい環境を選ぶところだが、あの先生はなんてことはない。作業するにあたって精神を揺さぶられることもないのだろう。


「さて、俺は先生と初対面だ。今の服で失礼はないだろうか」

「そんな心配するなよ。大丈夫だ、先生はそこまで几帳面ではない」

 不謹慎なほど乱れてもないが、厚着しているからそこまでビジネスライクにできるわけではない。

「あ、そこのコンビニで何か買うぞ。食事ついてないんだ。泊まっている部屋」

「不便なことを選ぶよな。連泊するなら食事は必須だろうに」

「旅の情緒を楽しみたいんじゃないか」

 付き人がいる状況ならそこらへんは配慮してもらいたいところだが、そんな心配をしないところに鬼才としての何かしらがあるのだろう。

 今のところ全く理解できない。

「普通に楽しんでほしいもんだ」

 前沢はそんなに不便に感じていないようだ。いったいどんな無理難題を押し付けられてきたのやら。これまでの変遷が恐ろしすぎる。

 コンビニで必要な食料を買い込み、部屋へ向かう。


「階段かよ」

「いい運動になるぜ。2階だしな」

「……切り詰めすぎだろ」

「確かにな。でもメタボ予防になるぜ」

 前沢は前向きにとらえる事に長けているのは理解できた。


 部屋のドアを開けると先生がいた。年のころは40代初めといったところだろうか。少し顔のしわが目立ちはじめ、白髪もまだらにある。眼鏡をかけてパソコンに向かいあっていたようだ。

「やぁ、手間をかけさせたね。で、そちらが入江君だね」

「ええ。初めまして、入江隆イリエ タカシといいます」

「よろしく。さっそくなんだが」

 いきなり尋問体制をとる先生。

「――旅館のおかみさんと知り合いかね」

「そういわれましても。同じ年位の女の子がいるとは聞いたことがありましたが。誰なのかはわかりません」

「そういう距離感か」

「はい」

「なら顔合わせが必要だな」

「ちょっと待って下さい。その顔合わせは縁談と考えていいのでしょうか」

「そうだが」

 ボソリと小さく毒づく。

「……前沢の嘘つきめ」

「いやか?」

「顔合わせくらいなら。まぁ。でも今の職を手放す気にはなれません」

「そうか。うまくいかないならそれでもいいんだ。どうにかしてやりたいだけだ」

「はぁ」

「ああ、君の泊まるホテルはここではない。うまく行ったらおかみのところに泊まってもらうからな。今夜の宿は前沢に手配してもらうと良い」


「それなら自分でできますよ」

 独特の価値観の持ち主らしい。この近くの宿泊施設はどこも品格がありそうだ。


「どこにしたら交通の便がいいだろうか」

 一番近いトコロでもここからは多少遠くなる。

「なら、旅館に近い場所に泊まってはどうか」

「ここからなら同じようなホテルがあるな。そこにしよう」

 予約は取れた。前沢に聞く。

「ここの予約はいつまで取っているんだ?」

「今から一週間だ。必要とあれば伸ばす」

「なら、仕事用具は少し置かせてもらえないか?」

「ああ。いいぞ」

「助かる。なにせ重くてな。必要なデータもあるのだが一人ではセキュリティが心配だ」

 先生は改めてパソコンに向かいながら話をする。

「ああ。おかみと連絡が取れてね。明日に合う約束をしたからもう休みなさい。東京からご苦労だったね」

「えっ? もうですか? というかそういうのは前沢がするものでは?」」

「彼は段取りが悪い。私がやったほうが早いのだよ」

(それでは付き人の意味がないだろう)

 前沢の価値を考えてしまうほどに先生は行動力がある。

「はい。前沢君。これで完成だ。データを本社に送ってくれたまえ」

「はい。かしこまりました」

 2人のいびつな関係性はこれからも続いてきそうだと思いながら予約した宿に向かうのだった。

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