出来た編集
編集部の小松から電話がかかってくる。
「はい。……ご連絡感謝いたします。はい。連絡もらえれば駅前まで迎えに行きますので。はい。ありがとうございました」
電話を切り、先生に報告する。
「入江が出発したそうです」
「そうか。ならよかった」
「ええ」
心配しつつも宿についた。
「予約した前沢ですが」
「前沢さま。ご予約ありがとうございます。――あの、こちらのお部屋ですが」
「何でしょうか?」
「少々怪奇現象が発生するとの報告がありまして……怖い物好きの方が好んでご予約されるお部屋となっております。必要でしたら変更可能ですが、いかがいたしますか」
先生は興味津々で聞く。
「そのままでお願いいたします。ちなみに怪奇現象とは?」
「はい。シャワーが勝手に出てくる。ベッド横のスイッチが付かないことがある。部屋の大きな照明がカチカチするといったものです。業者を入れてどれも問題なしとの判断をもらっておりますのでご安心ください」
先生はいとも簡単に納得したようだ。
「はい。教えていただけて良かった。これで安心して眠れる」
「そ、そうですか。それは何よりですわ。こちらがカギです。ごゆっくりどうぞ」
「はい」
そのまま階段を上がっていく。
廊下の窓をみて、一言宣う先生。
「これだったらもう少しグレードをあげた方がよかったかな」
「だから言ったじゃないですか。もうそういうこと言うのやめてくださいよ」
「ああ」
先生としても大人げない言葉という自覚はあったようだ。古びたドアを開けると横になればいいというような部屋が広がっていた。古びた壁紙に塗装が剥げたベッド。
「カフェで執筆したほうが捗るだろうな」
「でしょうね。フリーWi-Fiには注意してくださいね」
「はい」
過去に一度フリーWi-Fiに接続して記事の漏洩騒ぎを起こしかけた人だから真剣に注意する。売れっ子なのに創作物の管理にはイマイチ注意を払ってくれない先生だ。
編集部としては要注意事項だ。
そうこうするうちに先生は部屋の探検を始めた。
付きにくいといわれた部屋の照明やシャワーを弄っては問題なしとつぶやいている。「問題があったら予約できませんから。確かめなくても大丈夫ですから」
「あ、入江さんから電話だ」
『今電車に乗った。そちらにつくのは朝になると思う』
「わかりました。お気をつけて」
『ああ。朝になったら連絡するから駅前まで来てくれるか』
「はい。大丈夫です。明日の天気は晴れですが、気温が低いので風邪をひかないでくださいね」
『誰に言っている。久々の故郷だぞ』
「そうでした。では失礼します」
電話を終わらせてはたと思い立つ。
「このホテル、夕食はついていないんですよ。朝食も」
「なら、コンビニで買ってきてくれるか。私はその間に書いておくから」
そういわれたら買いに出ないわけにはいかない。とりあえず入江の分も多めに買っておかないといけない。
「何がよろしいですか。またパンですか?」
「サンドウィッチがいいな。なければパン。なんでもいい」
「わかりました。しっかり書いていてくださいね」
「ああ」
確約させて、コンビニへと走る。
ついでにお金を下ろすこともわすれない。
「まったく、わがままな作家さんだ」
コンビニには所望したサンドウィッチがあった。
(コレで機嫌を損ねずに済む)
いくつか買っておく。さすがに防寒具が多く売っているのが雪国のコンビニだ。
戻って簡素な夕食をとり、寒さに震えながら湯をためる。
「やはり大浴場のある場所の方が温かいな」
今までの旅館の待遇の良さを羨みながら湯を済ませる。
「明日は入江をおかみに会わせるのでよろしいので?」
「入江君次第だろう。知っている仲かもしれないしな。記事の確認をしてもらうついでに会わせることになると思う」
「では、私は邪魔にならないように寝ていますので」
「コーヒー」
「わかりました。コーヒー入れてから寝ます」
時々名詞しか言わなくなる面倒な作家様だ。
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