第19話鬼才の評価
☆☆☆
鬼才や変人といった呼び声高い佐藤先生から電話があってから社内の空気ががらりと変わった。
入江の上司で今の編集で一番のトップの小松はため息を一つついた。長く深いため息だった。そして入江をはじめチームに指示を出す。
「いい記事が書けるように佐藤・前沢をバックアップしろ」
「そんなことで優先順位を変えるんですか?」
「バカ。ただの変人ならこんなに待遇変えるわけないだろう。あの先生には売れる要素しか書かない。だからありえないほどに売れるものを書く。入江も勉強してくるといい」
「変人なんでしょ。そんな人の采配を見たところで俺に学ぶものなんかないですよ」
入江は優秀だが鬼才でもない。鬼才の価値観や優先順位を学んだところで生かせるものでもないだろう。
入江は凡人と鬼才のレベルの違いを理解している。
自分ができるのは優秀なものだけ。
天才だとか鬼才だとかの人物の価値観とは相いれない。
「そうでもないぞ。これ、前沢が編集したもの。左が先生につく前、左が付いた後だ」
確かに文体が別物になっている。つく前はぶっきらぼうな男子が書いたというのがまるわかりだが、左では気恥ずかしさが抜けている。
「確かに影響はあるようですが、私にもそれが当てはまると」
「ああ、前沢の管理能力もその他の売り上げも伸びている。どういう教育をしているのかはわからないが確実にスキルはついてくる」
「はいはい。前沢のバックアップですね」
「わかったらキビキビ働け。何がんでも終わらせる。終わらないなら誰かにしわ寄せが行くからな。先に謝っておけよ」
「先に言っておきます。仕事残します。すみません」
乾いた笑いが起きた。もともと今日一日かかる予定のものだ。そんなに早く終わることはない。誰かの残業になるだろう。
気を取り直してできるだけ仕事を進めることにする。
話を聞いている限り縁談に近い様子だったがどうだろうか。
東京に就職したは良いもの、限りある休みに実家に帰って雪かきは重労働だ。
どこかを減らさないと自分の体がもたないことは分かり切っている。
パソコンで作業しながら思う。
(この仕事、間違いだったかな)
楽しいしあっているとは思うが、この先何十年もできるとは思っていない。
「徹夜もままあるしな」
年齢を経ることに自分はむいていないのではないかと考える。
「故郷か」
同級生ではないが、ぼんやりと年頃の女性がいたなと思い出す。
(あの人旅館を継いだのか。そりゃあそうか。あんなに大きいトコロだものな)
若い人はほとんど県外に出てしまった。懐かしい場所。
今でも有休をとっては雪かきをしに帰る。
だんだん背が縮んで行く両親を心配しないはずがない。
(雪だって重いもんな)
学生の時に職場体験をした場所なら家の近くていいだろう。
近くに両親もいる。雪国の知識もそれなりにある。
もしかしたら人生を考えるいい機会なのかもしれない。
時刻は18時。まだ仕事は終わらないが、声がかかる。
「引き継ぎますので、教えてください」
「ここまで終わりました。明日の夕方に締め切りです」
「わかりました。ここまでできていれば何とかなります。吉野先生に提出ですね」
「そうです。吉野先生は夕方まで寝ていますから16時以降でないと返事が来ないんです」
「わかりました提出し終えたら不備があれば入江さんにでよろしいですか?」
「編集部にとどめておいてもらってもいいですか? いつ戻れるかはっきりしないので」
「ええ。では旅のご準備なさってください」
「はい」
まだ店が開いている段階で声をかけてくれてよかった。男とは言え多少の旅支度は必要だ。ましてや雪国ともなればある程度の装備が必要だ。
「基本的な防寒具はまだ使えるし、下着をそろえればなんとかなりそうだ」
日頃帰っているから使えるものばかりだ。
「親孝行しておくと役に立つことだってあるんだな」
上司に報告すると旅費をくれた。
上司が旅先までの旅費を準備してくれた。会社持ちの旅行だ。
「領収書はきちんととっておくように。佐藤先生の付き人は尋常じゃないくらい散財するから自前で何とかしようとするなよ」
「はい。わかりました」
入江は編集部のトップをここまで動かす佐藤先生はすごい方なのだと会う前から思い知ったのだった。
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