第18話 思い出した同僚

 前沢はふと思い出す。

「雪国になれている? そういえば編集部の同期がこちらの県出身だったな」

 この朴念仁は話の意図がわかっているのだろうか。

「電話できるかね」

 先生はすぐさま問いただす。

「ええ。入江はすぐに連絡出るほうですから」

 前沢はスマホを取り出し、電話をかける。

「急な話なんだが。はい。……入江につないでほしんだが」

『入江さんですか。確認しますのでお待ちください』

 もう出社していたのだろう。すぐにつながった。

『もしもし、入江ですが……』

「佐藤先生からの提案でかけているんだが」

 先生は電話を前沢から奪い取って話す。

「君が入江君か?」

『ええ』

「変なことを聞くが、君は独身かな?」

『はいそうです。出会いがなくって』

 当然といえば当然だろう。10時間勤務の時だってあるし、それから残業の日だってある。疲れて自分の世話で休日は終わる。給与はあるものの恋愛をする間がない。

「君の実家は……県のようだな」

『ええ』

「地元に戻る気はないのか?」

『職がないもので』

「職はあるぞ」

『は?』

「今なら3食寝床つきだ。転職しないか」

 単刀直入すぎる物言いに前沢がびっくりする。


「いやいやいや。入江だって苦労して弊社に入ったでしょうに」


 編集部に受かるのにどれだけ苦労するのだろうか。前沢が入るときもかなりの倍率だった。3次選考まであり苦労して編集部に入ったのだ。そうそう手放すわけがない。

『詳しい話を聞かせてもらえますか?』


「いいぞ。相手は旅館のおかみさんだ。結婚となったら旅館の関係者になるだろう」

『どこの旅館ですか?』

「――館という旅館だ」


『そこ、職業体験で行きましたよ。懐かしいな』

 思いもよらないところから候補が現れた。

「次の休みにこちらに来れるかな?」


「上司と残りの仕事次第ですね。僕にはどうにもできません」

「上司……。小松君だったか。彼につないでくれるか」

「はい」

 しばらくの保留音の後、男性が出る。

「入江君はこちらの案件優先にしてくれないか」

『ああ。入江ですか。あいつに采配してもらわないといけないことがあるんですが……』

「週末開けてくれれば、うれしいんだが、どうだろうか?」

『努力します。うまくいったら入江から連絡させますね。先生も仕事してください』

「ああ。そうする」

 電話を切って、前沢に戻す。

「先生? 編集部に戻るんですよね?」

「予定変更だ。前沢、まだまだ口座に金は残っているはずだ。昨晩お前の泊まった部屋に案内したまえ週末まで連泊する」

「え? あそこはただのビジネスホテルですよ。多少は贅沢もできましたが先生が泊まるようなものではないかと」

「いいから。予約を取ってくれ」

「はい」

 まぁ、口座にはまだ潤沢な資金が眠っている。

 多少の散財くらい何とでもなるだろう。予約サイトで予約は取れた。晴れとはいえ何も行事がないものだからすんなりと予約が取れた。

 非常階段がつかえるように階段の近くの部屋を予約できた。

「とりあえず、予約出来ました。一週間は連泊の指定が取れましたのでご安心ください」

「気が利くね。助かるよ」

 先生はこの地にご執心なのだと察することはできる。何がそうさせるのかは凡人にはわかりはしない。

「これからバスで戻るようになりますが、大丈夫ですか」

「ああ」

 バタバタと計画を変更していく。

 その様子に唖然とする三島氏。

「まぁ。変な奴らじゃ。あの娘を幸せにしてくれるんじゃろうな」

「はい。お任せください」

 先生はこともなげに言ってしまう。まだ形になるかもわからないのに。

 だいぶ心配しながら三島さんは帰っていった。ゆっくりと膝を気にしながら。

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