第17話最終日

 朝には太陽で雪が解けるが、まだまだ冷たく寒い。

 前沢はきっかり8時に迎えに来た。部屋のものを片付ける。

「コレで最後だな」

 延長し、連泊しづつけたが本日で最終日を迎える。

 忘れ物がないか入念に確認する。

 荷をまとめ、フロントに向かう。

 他のホテルから戻ってきた前沢に問われる。

「また延長いたしますか?」


「いいや。これからは迷惑になるだろう。おかみたちの意思も尊重しないとな」


 できることはした。これからは遠くから応援することになるのだろう。

 おかみと副支配人が見送りに来てくれた。

「では、記事が出来ましたらお送りしますので、目を通してください」

「ええ。楽しみにしておりますわ」

「彼によろしく」

「――ええ」

 前沢が口を開く。

「……彼とは? どなたですか」

 デリカシーのかけらもない前沢は問う。

「はぁ。もう少し人生経験を積みたまえよ。前沢君」

「……はい」

 前沢君はまるでぴんと来ていないようだ。


「今日は帰る前に寄っていきたい場所がある。前沢君、ついてきたまえ」

 晴れた冬の日だ。以前に比べてほんの少しだけ暖かい。

 ふたりとも持っている着物で厚手のものを着ているせいで着ぶくれしている。

 二人席がパンパンになる。

「痩せることも必要だな」

 中年から体型を変えるのは難しいが、男の肌が触れる距離というのは何とも心地の悪いものだ。

 バスに乗り、初めてこちらの県で降り立った場所へと向かう。

 ここは初日聞着た場所。廃業した旅館がある。


「これは……いったいどういうことでしょうか?」

「おかみにとって大切な場所だ。これからの事業がうまくいって第2館になるといいな」

 前沢君は首をかしげている。

「――意味が分かりませんが」

「だろうな。もう少し恋愛でもしたらどうだ。少しは察しが良くなるかもしれないぞ」

「恋愛ですか。とんと縁がなくて」

 しばらく朴念仁具合には変わりがないようだ。

「いい物件だろうな」

 バスもよく通るようだし、人通りの良い場所に立っている。

 鍵も閉まっていて外観だけしか見ることはできないが、これが栄えているころは何と綺麗な旅館であったことだろうか。

 見とれていると老人に行き会った。

「君は……」

「もしかして三島さんですか」

「ああ。私はここを所有している三島というものだが」

 腰の曲がった老人だ。杖こそついていないが、ひざが悪いのだろう。ゆっくりと膝を気遣いながらこちらへと歩いてくる。

「お噂はあの旅館のおかみさんから聞いております」

「そうか。まだ気にしているのか、あの娘は……」

「ええ。かなり引きずっている様子でした」

「知っている。息子の月命日には必ず墓参りに来て。まったく。早く嫁に行かないか」

 亡き息子を悼んでくれる気持ちは嬉しいだろうが、彼女の人生を考えると手放しで喜べるものではないのだろう。旅館関係者であればなおさらだ。

「まだ心の整理ができていないのでしょう」

 将来を誓い合った人を亡くす痛みは相当なものだろう。簡単に払拭できるものではない。

「年頃の男性に守ってもらいたいもんだが」

 三島と名乗る老人は前沢を見るが、彼には無理だろう。鈍感すぎる。

「確かに年頃ではありますが、まだまだ未熟で誰かを守るなんてまだ早い」

「そうですか。事情を少しでも知っているものはみんな口を閉ざすのです」

 同世代は背負いきれないと考えてもおかしくないだろう。そうこうしているうちに結婚の適齢期からすぐに外れてしまうだろう。

 結婚がステータスの地にはいささか独身ではやりずらい。

「どなたかいい人がいるといいのですが」

「そうですね。雪国になれている人の方がいいでしょうし」

 なかなか出会いの乏しい中年の男性たちには思いつかないものだ。

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