第16話墓参り

 真冬の夜のこと。本当ならおかみは昼間に来たかった。夜にお墓参りするのは非常識だと知っている。今日来れないならば来月になってしまう。

 柄杓と桶をもって、花を供える。

「ねぇ、聞いて。私のこの生き方に賛同してくれる人ができたの」

 おかみは愛おしい声で語っていく。

「喜ばしいことだと思うよね」

 涙声になるが、おかみは笑顔を作る。

「絶対だよね」

 手を合わせながら、おかみ。

 和装では寒いのだろう。洋装で厚着をしている。マフラーが風に揺れている。

「ねぇ、一緒に宿をやっていこうって約束わすれていないよね。私は絶対にこのコンセプトで行こうと思っているよ」

 返事はもちろんない。

「このコンセプトだけではロマンがないでしょう」

 おかみが振り返る。やってきたの先生だった。こんな夜なので暖かい恰好をしていた。上着のジャンパーがシャカシャカと音を立てている。

「男の人がこんなところに来るなんて無粋だとは思いませんでしたの?」

「ええ。まぁ。でも頼れる人に挨拶するの悪くないと思いまして」

「そうね」

 線香に火をつけおかみは手を合わせる。そして疑問を口にする。

「わかっていたんですか?」

「いえ、確証はなかったのですが。今確証を持てました」

 鬼才は多くを語らない。それがおかみには嬉しかった。

「そう。バイクの事故でね……」

「バイクは事故が起きやすいと聞きます」

「そうね。彼は自信家だったから過信があったのかもしれないわ」

「それ、彼のことをコンセプトにするのは反対だったのですか?」

「彼が好きだっただけでバイクが好きなわけではないの」

「そうでしたか……」

 先生は明るくしゃべりだす。

「こんな話はどうでしょう。あの旅館には恋が実る部屋がある。幽霊騒動で怖い思いをした恋人同士が結婚するのです」


「まぁ、素敵な話ですね。……それならきっとリピーターも増えるでしょうね」


 おかみの顔色は晴れない。そのハッピーエンドを見るにはまだ傷が深すぎるのだろう。幸せを支えるささやかな空間を作るよりも幸せになりたかった。

 その乙女心を鬼才は理解できただろうか。


「彼と一緒ならよかったのにね」

 彼が旅館を継ぐはずだった。その旅館はもうない。結婚したら運営も一緒にしようと話していたからまだ宙ぶらりんの経営戦略しかない。

「これからは――私がしっかりしないと」

「周りの女性陣もきっと助けてくれるでしょう」

「ええ。彼のお父様も……認めてくれるといいのですけれど」

「反対されたのですか?」

「女が経営に口をはさむことは許さないといわれました。今は別の旅館で働いていると聞きました」

 バイトとしでも嘱託社員としてでも関わっていないところを見ると何かの確執があることはうかがえる。

「私のできることはもうやりつくしましたが、この町は男尊女卑の思想が強いのですね」

「ええ。信頼できる男性が健在のうちは悪くないのですけれど」

 女性一人で生計を立てようとするのは無理な地域だ。どうしても男性の協力が必要になってくる。

「そうですか」

「今は支援してくれている女性たちも家庭がある人達ですから。どこまであてになるのかは未知数ですね」

「……彼のことをわかってくれる支援者を見つける必要がありますの」

「これからのことを考えると、必要になってくるでしょうね」

 経営に、地域の会合の出席にやることは数えられないほどある。

 自力でメンタル面の回復も必要だが、もっと必要なのは支えてくれる人だ。

「誰か、めぐり合うといいですけれどね」

「どうなのでしょうね。そんな人いるのかしら」

「探せばいますよ」

「そうですか……」

 何にも期待しない空っぽの返事を聞いて先生はため息をついた。

「私は先に帰らせていただきますね。色々とやることがありますから」

「ええ。私は彼と月見酒を楽しみます」

「お風邪を召されませんように。では、ごきげんよう」

 おかみは墓参りの道具を持ち帰っていった。

「本当に、彼女を支える人が見つけるといいですね」

 夜風に吹かれつつひとりごとは彼にしか聞こえないだろう。

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