第13話対談


「この中で一番年長の方はどこにいらっしゃいますか」

「私だが……」

 先生は上座に座る老人に疑問をぶつける。

「では、人生の先輩にお伺いしよう」

 先生は集合した部屋の隅に追いやられていたテレビに向かい、

 リモコンを手にする。

「例えば、テレビをつけたとする。するとザーッと映らなくなる」


 リモコンを操作しても映らない局が出てくる。


「さて、これはなぜでしょう?」


 上座に座る老人は動揺せずに答えた。


「電波が悪いか、テレビが壊れているからだろう」


「そうだといいですね。しかし他の局はきちんと映りますね」


「なら、その局だけ電波がうまくいかないんだ。アンテナの都合だろう」

「では、こちらは?」


 がらりと収納用の襖を開けるとハンガーに吊るされた着物が目に入る。

 よくよく見ると女物の着物に血が付いて不気味な模様になっている。

「何だこれは?」

「誰がこんないたずらを!」


 集まった男性たちは戸惑いを見せ、次いで怒りに変わっていく。


「何でしょうね。私の泊まった部屋で起こったことです」


「まったくさっきから何なんだ! 君たちは」

「ですから、あなたが思われるように気の持ちようですといいに来ました」

 皆はざわざわとしている。

「これがひとりでにできるはずない」

「あのおかみの仕業か」


「皆さん、犯人捜しはやめましょう。このような旅館にしたい人が一名おりまして」

「だから、それがおかみさんだというのだろう」

「そうです。ですが、このような現象はほかの旅館でも起きてもおかしくはないのです」

 ひとりの中堅と思われる男性は腕を組んで鼻を鳴らす。

「フン。ウチの旅館にはそんなトチ狂ったものはいないよ。接客業と宿泊施設がどういうものかわかっているものしかいないのだから」

「本当にそうでしょうか」

 先生は何か言いたげだ。

「これがあのおかみさんと親しい人の氏名です。見覚えのある方もいらっしゃるのではないですか」

「おい、ウチの仲居と同姓同名だ」

「うちもいるぞ。3人も」

「うちは2人いるぞ」


 「もう議題にするに値する議案だと思いますがね」

 先生はにこやかに笑う。

「なに。私はこの地域の旅館や観光名所が事前に把握していれば避けられる軋轢があるのではないかと」

「お前はこの地域を分裂させる気か」

「滅相もない。頭の固い人たちに今の現状を教えて差し上げたまでのこと」

「おかみを呼べ。説明しろ」

 

 事態はおかみの望んだようになっているようだ。


「あのぅ。おかみさんはもう宿にかえられたそうで」

 お茶のお代わりを入れるために呼んだある宿の妻がそういった。


「何だって? こうなったら今から宿へ行こうじゃないか」

「確かに。こんな不義理をされたのではたまらない」

「こんなに人数を集めているなんて聞いていない」

 

 男性たちは怒りが収まらないようで、

 おかみの宿へ行って苦情を言うつもりだろう。


「車を回してくれ」

 比較的若い男性がぴしりと返事をする。

「はい」

 キビキビとした動きで外へ出ていく。


「まったく落ち着きのない方々だ。こうなるだろうと思って部外者があれやこれやと動いていたのに」

 まだ軋轢は小さい方だと思うが、それでも一波乱まきおこるだろう。


「先生……落ち着いていられるのは先生ぐらいなものですよ。その名簿に何人載っているのですか」


「ここに載っているのは50人ほどだな。ほとんどが女性だが。きっと男性主体の管理体制に嫌気がしている者たちが多いんじゃないか」


 この名簿に載っているものは複数回勤務に従事している人たちだ。


 派遣やパートとして働きに出ていたものたちは同じ宿泊業を営んでいる者たちばかりなのだ。家庭に入れてもらえる生活費が少ないのか度々勤務時間に入っているものも多い。


「よく考えたものだ。少々かけにはなるが、地域を活発にするいい手かもしれない」

 あのおかみさんがどこまで女性の情報網を広げているかは定かではない。


「この分だと半数の女性はあの旅館につきそうだがどうなるだろうな」


「とりあえず、あの旅館は今日は修羅場のようです。別の宿泊施設を探しては……」


「何を言う。前沢! 私たちがまいた種だ。これを逃してはならない。帰るぞ」

「はい」

 嫌がる前沢を引き連れて、タクシーに乗って連泊しているホテルへと帰っていった。


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