第12話旅館同士の報告会
月に一度の報告会。接客業であるために常時このようなつながりは必要となる。
おかみは初めて出席する。いつもは副支配人が代行していたからだ。
「初めまして。これからよろしくお願いしますわ」
「よろしく、若おかみ」
「よろしく」
ここに集まったほとんどが男性であり、支配人として10年を超えるベテランばかりだ。
「初めての顔だな」
「本当に彼の後を継いだのだな」
ザワザワは止まらない。
「あの年で一人身か?」「どうだろうな」「隠しているだけかもしれない」
小さなさざ波は止まることはない。
(姦しいのは女だけではないのですね)
「今回からはわたくしが出ます。どうかよろしくお願いします」
「そんなことよりも茶を出してくれないか」
「はぁ……」
おかみの席は用意されていない。皆は座布団があるのにおかみにはない。資料はほかのものにはあるのにおかみにはない。
(女は黙っていろってことですか。そんな時代錯誤ゆるせませんね)
ここは旅館業界のものしかいない。ホテルのものはこの会を倦厭しているらしい。
「それで、今話題の話と言えば」
「もちろん変な老人だろう」
「佐藤とかいう作家だそうな」
「そうなんですか。ウチにも来ましたよ。この地域が心霊スポットのようになるかもしれないと」
「ありえないことだ。確かに売り文句はないが、しっている人は知ってくれている。ウチの温泉の効能の高さや居心地の良さをね」
「心霊スポット化なんてとんでもない」
「そんな品のないことを考える人がいるなんて驚きだね」
「そうだ。そうだ」
(周りは全否定か。それは仕方ない)
「そうでしょうか。旅館一軒ぐらい変わり種であってもいいのでは? 三島さんだってそれで売っていたわけで」
半年ほど前に廃業に追い込まれていたが、彼のところだって相当長く続く老舗であった。
「あんなのと一緒にしないでほしい。責任感を持たなくて済む老い先短い老人と比べられては困るな」
「確かに。私たちは食わしていかないといけない従業員を何十人と抱えている。そんな失うものもない老人と責任感は比べるべくもないですな」
「本当にそうでしょうか」
「どうやら……まだまだ若いようですね」
「本当だ。少女のような純真さですな」
「フフフ。おほめ頂いて光栄ですわ。お茶のおかわりいかがですか」
「結構です。あのような変人な老人の肩を持つのならこの場にいるのは不適格かと」
「……え?」
「そうですな。代表の選考をやり直したらいかがだろうか」
「そんなことをおっしゃられましても。もう人がおりません」
「なるほど。若さで黙らせたということか」
「そんなことを言っているようでは次世代の価値観に置いていかれるのではないでしょうか」
「わたくしは今日は失礼させていただきますわ」
おかみは退出していった。
「まったく。地域を荒らしおって」
「本当に。少しは反省していただきたいですな」
コンコンとノックが響き渡る。
「親もう12時になりますか。皆さんお昼の時間ですね」
「私の頼んだ仕出し屋が来たようだ」
「皆さん、どうも初めまして。佐藤と申します」
「担当の前沢と申します」
噂の当人が来たことでザワリと動揺が広がる。
「どうされたのでしょうか? ここは関係者以外立ち入り禁止のはずなのですが」
「皆さんにご相談があってきました。面白半分の話を聞いてはいただけませんでしょうか?」
「君。噂になっているよ。幽霊スポットがどうとか触れ回っているそうだね。本当に迷惑なんだ。やめてくれないか?」
「このような会合を持っても地域の声は統一できていないようで。昨晩も色々と幽霊騒ぎを体験いたしましてね」
「昨晩もですか」
「ええ。どうにか謎を解明しないと気が済まないたちでして」
「申し訳ありません。佐藤は言い出したら聞かないもので」
前沢がペコリペコリと頭を下げている。どうやらこの場にいることは許されたようだった。
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