第11話 おかみの悪だくみ

 日中はまた別の場所のホテルや旅館に行ってきた。ようやく帰ってこれた。

 大浴場の営業時間に間に合うことができたからようやく2人して入っている。

 初めに気が付いたのは前沢だった。

「先生! また藁人形がありますよ!」

「あれは見間違いではなかったんだな」

「つかんでみます!!」

 興奮気味の前沢とは対極に冷めている佐藤先生。

「どうせつかめないんだよ」

「あれ、本当だ、確かにそこにあったはずなのに」

「トリックは分かった。そう慌ているな」

「トリック?」

「ああ。よく考えたものだ」

 前沢はここでトリックの解説をしてほしそうだが、今は休みたい。犯人も近くにいることだし。

「まぁあとでな。この白濁色の湯を覚えておくといい」

「はぁ。これが関係しているのですね」

 湯上がりに部屋へ戻ろうとすると部屋の番号がない。

「は? いつもここにあるはずの部屋暗号がない。消えている?」

「そんなこといつもの部屋にはスタッフオンリーとの看板がかかっている。

「フン。そんなことか」

 先生は看板を外して中へ入る。

「あ、え。ちょっと。ここはスタッフしか入れない……あれ、僕らの荷物」

「ここは泊まり続けている205号室だ。まったく騙されると思っているのか」

「はぁ?」

 何がないやらわからないといった様子の前沢。

「どうやらもう泊まってほしくはなさそうだな。怖いと思って出ていくのを待っているんだ。どうやらもう一つや二つ脅しがあってもいいくらいだ」

「先生はなんだかわかっているのですか?」

「ああ。おかみは心霊スポットの旅館として売りだしたいそうだ」

「……好き好んでやることではないですね」

「ああ。でもそれがやりたいことなんだろう。従業員をほとんど非正規に変えて」

「え?」

先生は呆れたようにため息をついた。

「はぁ。君はこんなにも長く旅館に泊まっているのになぜわからない」

「なぜといわれましても……」

「清掃員もフロントも人が変わりすぎだ。フルタイムでいるのは数人だろう。ここは短期間のバイトや派遣でつないでいる。部屋の稼働率も下がっていることだろう。清掃係も少ないからな。おかみは捨て身でこの旅館を心霊現象のある旅館にしたいんだ。一代限りのね」

「え?」

「長く雇用しているものは切れないんだろう。新しい就職先を探すのは大変だ」

「でしょうけれど」

「支配人はシフト作成のほかに履歴書を作成しているのがその証拠だよ」

「先生、のぞき見ですか?」

「フロントに堂々と出している方が悪い。接客の質も下がっているのだろうな」

「まぁ。それは仕方ないのかと」

 まともに運営していればスタッフの間でも噂として広まるものだが、個々の従業員は淡々と仕事をこなしていて、従業員も仲良しという印象はなかった。

「そういうことですか」

「おかみは追い出したいというわけですか」

「そういうことだ。内情を探られたくないのだろう」

「確かにそうですね」

「まぁ。明日には旅館やホテルの会議があるからな。それまでに追い出したいんだよう」

「へぇ。明日ですか。明日の天気も確認しておきませんと。気温によってはコインランドリーに行かないと。もう厚手の着物は洗濯したほうがいい」

 ポチリとテレビの電源を入れた。

「え? リモコンが利かない。何ですかこれは」

 不安をあおる効果音、逃げる女性。心霊現象を追求するドキュメンタリー番組らしいがチャンネルを変えることができない。

「前沢君、それ録画じゃないのか?」

「え?」

 確かにDVDの機具が動いている。これなら間抜けなものはリモコンが壊れたと大騒ぎするだろう。

「ここにもおかみの仕業かな」

「びっくりしましたよ。まさか部屋の内装にまで細工をしているなんて」

 先生は自分の荷物の確認をしだした。

「へ? 先生」

「部屋の細工がいつからされているかはわからないが、君も自分の荷物のチェックをしておいた方がいい」

「まさか。そんな犯罪みたいなこと旅館に従事している人がするわけないでしょう」

「我々がどれ程部屋を開けていると思っているんだ。日本といえども油断は大敵だ」

 貴重品はもって出かけているから問題はないが、衣類ともなると確認しようがない。

「見た目にはなんにもないですけれど」

「ああ。一度洗ってみるか」

 この騒動のおかげで明日はコインランドリーへと行く支度が出来たのだった。

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