第10話おかみさんの復讐

 デジタル時計は朝10時を指し示す。


「おかみ、また佐藤先生から連泊の要請が」


「あのお客さん、どこまで居座るつもりなのかしら」


 ここは旅館であって別荘でもないし、ましてや住む場所でもない。


「やはり、正直に話した方が……」


「明後日には旅館観光会の会議があるのよ。それまでに変な動きをされては困るわ」


 下手に動いて探偵まがいのことをする作家さんたちをさらに加速させたくはない。

 旅館観光会には休館日や料金設定など共有するシステムと成っている。


 ご高名な作家様が何かをしたのかはわからないが、

 支配人あてに変な男が滞在しているから気を付けろと

 旅館同士の連絡網で回ってきた。


(あの先生とやら何か考えがあって動いているのかもしれない)

 作家先生とあっては凡人には見えないものが見えているのかもしれない。

 とにかく用心してことに当たる必要があるようだ。


「まだ、あの作家には恐怖が足らないようね」

「おかみ、何か良からぬことを」

「見てらっしゃい。あなたが恐怖に慄く状況を作って見せるわ」

 おかみは何をどうさ諭そうと何かをやる遂げる気が満々だ。


 副支配人は警告することしかできない。

「警察沙汰は勘弁してくださいね……」

「もちろん。そんなことにはならないわ」


 さっそく準備しないととそそくさと立ち去る。

 おかみの狂気じみた目を見るのは何度目だろうか。

「エスカレートしないといいのだが」


 ☆☆☆


 そばにいろとはいっても、あの手この手で側に来る。面倒な編集者だ。

 苛立ちをあらわにしているのは応対してくれた老舗の女将さんだ。


「もう何なんですか。もうこの旅館には金輪際来ないでいただきたいです」


 警察を呼ばれる寸前で帰るといったから大事にはならずに済んだのだが、

 金輪際立ち入り禁止を言い渡された。所謂出禁というやつだ。

「先生、出禁になった店はほかにもあるんですか?」

「いや。出禁になったのは初めてだな。みな変人のいうことを真に受けないで仕事をしていたぞ。まぁある程度真に受けてもらわないと噂にならないから助かる対応ではあった」

 前沢はがっくりとうなだれる。

「ああ、出禁になった場所をこちらも覚えておかないといけないな。間違って予約してしまったらとんだことだ」

 前沢にペンと紙を突き付ける。旅館の情報をかけということらしい。

「はぁ、わかりました。先生――こんな非常識なことをしていたんですか?」

「ああ。非常識なのは自覚しているが、このままあのおかみに任せておけば確実な位あの旅館はつぶれる。ただ倒産だけならいいが、きっと多額の負債を抱えることになる」


「そんなことがあるんですかね」

 これまで先生が言ってきたことは大概現実になっている。

 前沢が入社したての新人の頃、何でもやる使い走りをしていた。

 その時にはもう作家先生と呼ばれていた佐藤に目をかけられてきた。

「君が出世したら私の担当になるかもしれない。よろしく頼むよ」

 何とはなしに言われた言葉だが、前沢は信じられずにいた。

(そんなことあるわけない)

 当時、佐藤先生を担当していたのはベテラン編集者と呼ばれる8年目の先輩だ。

 仕事につけ入るすきなんてありはしない。

(何をしっているんだ。この先生は……)


 数カ月後編集者の不倫が公となり、編集担当は僻地に飛ばされてしまった。

 内心先生の言葉を信じず、バカにしていたものだがスルスルと人事が動いていく。

 他の先輩たちにも編集者になる権利はあっただろうになぜか前沢のところにお鉢が回ってきたのだった。

 先生の希望どおり前沢が担当としてつき、今に至るのだ。

(何かまた見えているようだ。それを常人には説明しようとはしないが)

 編集者の役目でもある信じて待つということが今は必要らしい。

(早く結果が凡人にもわかるようになってほしいものだ)

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