第9話編集と先生の攻防
「いい加減にしてくれないか?」
風呂を出たら防寒装備ばっちりの編集がいた。
「今回は私もついていきますから」
「指示を出しただろう」
ついてこようとする編集には困ったものだ。
「君には仕事を言い渡してあるはずだ。まずはそれを遂行したまえ」
「先生、キャッシュカードだけ渡されても困ります。暗証番号がないとカードは意味を成しません。そして先生の体に傷が付けば私も立場が悪くなりますので」
(失敗したな)
年々賢くなる編集には困ったものだ。これから髪を乾かして外へ向かおうと思うのに先回りされ、同行を促された。
同じ目線で話せはしないが3歩遅れで理解して時々先回りしてくる。本当に面倒なことだ。
「なにか回るのでしょ。私もついていきますから」
「……カバン持ちよろしく頼むよ」
「はい」
こうして宿を一度開けることになった。
仕方ない。彼を最大限に使うとしよう。
「丸を付けている地域は覚えているな」
「もちろんです」
「その周辺に行くタクシーを捕まえてきてもらいたい」
「もうすぐきますよ」
前沢君はスマホをじっと見ている。しばらくすると目の前にタクシーが止まった。
「タクシー呼んでおきました。これであの周辺に行けると思います」
「前沢君、私は●×ホテルへ行くからその間に必要な経費を下ろしておくように」
この辺が妥協ラインだ。
呼んだタクシーに乗り込み話を続ける。
「はぁ。わかりました。暗証番号は」
「手を貸したまえ」
「はい」
目の前に出された手に4ケタの番号を書いていく。
「確認したいので、手を出していただけますか?」
「ああ」
彼も同じように掌に4つの数字を書いた。
「その通りだ。間違いのないように」
「はい」
そうして私は前沢君を追い出してホテルへ行く。
「支配人はいるかな」
「はぁ。どちら様でございましょうか」
「佐藤というものなんだが」
「佐藤様でございますね。支配人と連絡いたしますのでしばらくお待ちください」
「ああ。よろしく頼むよ」
「失礼ですが、佐藤様。アポイントがないようです」
「ああ、そうなんだ。君はこの地域の旅館が怪現象の噂がたったらどうするかね」
「ええ。そのようなことはないと信じております」
「ところが、あるんだよ。そんな動きが。支配人も把握しておくといい。そのうち地域で話題になるだろうから」
「先ほどからのお話についていくことができておらず申し訳ございません。このようなお話が続くようであればどうかお引き取り下さいませ」
「私の言ったことは支配人に話した方がいい。近々組合で話になるはずだから。では頼んだよ」
「はぁ。お気をつけてどうぞ」
「では、警察を呼ばれないうちに退散しよう」
ホテルを出た先で前沢君と行き会った。
「勝手に出歩かないでください」
「用事は終わったのかい?」
「はい。これで先生の言う通りの日数いることはできますね」
「なら、帰りに手続きしてくれたまえ」
「ここでの幼児はどうされたのですか」
「もう終わった。次の旅館に行くぞ。旅館は追い出されるかもしれない。そばで待っていなさい」
「そうさせていただきます。業務妨害で通報されないでください」
次の旅館は地図のマークが他よりも大きい。老舗か大きな面積を備えているのか、はたまた両方か。格式高い旅館は大事になるかもしれない。
「気を付ける」
またタクシーを呼んでもらう。今回はこれから呼ぶから時間がかかるだろう。
できることはしている。あとはあのおかみ次第だ。
下手な小細工を続けるよりも周りに協力を仰いでしまった方が軋轢も防げるし、他にも起こりうるトラブルにも未然に対処する結果になるかもしれない。
「偏屈な作家にできるのはこれくらいが限界だな」
ハラハラと振ってきた雪を眺めながら次の交渉先へと想いを馳せた。
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