第6話先生の決断
「先生、何がわかったというのです?」
「前沢君、お金のことをよろしく頼むよ」
「わかりました。すぐにおろしてきますので。ああ、スマホを持っていくので。部屋に帰るときには連絡しますので、この部屋にいてくださいね」
この旅館はオートロック式でひとがいなくなっては面倒なことになる。
「ああ。わかった」
「頼みましたよ」
変なところのある先生である。わかったといいながら違ったことをするのは当たり前になっている節がある。きちんと返事をしたからといって安心できるわけではない。早く用事を済ませねば、部屋から閉め出されてしまう。
バタバタと上着を羽織り、カード類をチェックする。
(残高足りるかな)
下ろしに行っているのは前沢個人の口座にである。
経費請求はすべてが終わった後に行われるので前の仕事の報酬で今やりくりしている。
「こんなことさせられてたら身が持たないよ」
先生には何としても今回で決めて不可思議な問題を解決してもらわないと次の給料は入らなさそうである。
寒い中、外へ出てさらに身震いする。
「こんな寒いなんて。早く用事を済ませよう」
「お兄ちゃん、よその人?」
声をかけてきたのは小学生高学年くらいだろうか。ランドセルでなく青色のリュックサックを背負っている女児である。
「そうだよ。なにかな」
「このあたりに有名な歌があるの。知っている?」
「どんな歌なんだい?」
「ひとつ、よそ人いらっしゃい。
ふったつ、地元の謎をみやらんせ。
みいっつ、子供も疑って。
よっつ、大人も疑って。
いつつ、もうあんたはここのもの。
むっつ、あんないしよさ。うちのもの。
ななつ、ここから出られない。
やっつ、よそ者つれといで。ってうた。知っている?」
幼女は歌い続ける。
「ここのつ、よそ者なんかいなくなる。みんなここのものへとなりかわる」
「いや、初めて聞いたな」
「そうなんだ。やっぱりここだけの歌なのか。題名知りたかったのにな」
「……そうみたいだね。寒いから帰り道気を付けるんだよ」
「お互い様だね」
いちいち変な返しをする子である。バイバイと手を振って歩道に戻っていく小学生を見送って用事を済ませる。
「やっと終わった」
必要な金を財布に詰めてまたホテルへと戻る。
フロントに連泊を頼みたいというとフロント係はあっさりと金額を告げてきた。
「これでお願いします」
「かしこまりました。ちょうどお預かりいたします」
難なく用事を完遂してスマホをとりだす。
「ただいま戻りました。送信っと」
自室のドアをノックする。
「先生、戻りました。先生?」
何度スマホを鳴らしても、ドアをたたいても先生は応じることはない。
仕方なくフロントに行って合鍵をもらってきた。
「どうもお世話かけます」
礼を言って中に入ると茫然とする。
先生の荷物だけなくなっている。居場所を知らせるスマホも既読にはならない。
「そんなことあるわけ」
電話をかけてみると通話中のようだ。
前沢の慌てようで、フロント係は現状を理解したようだ。
「フロントでもお見掛けしませんでした。チェックアウトをしているのか確認してまいりましょうか」
「よろしく頼む」
フロント係は勢いよくフロントへと向かう。
「まったくどこへいったのやら」
内線電話が鳴る。
『前沢様でいらっしゃいますか?』
「はい。205号室の前沢です」
「佐藤様が外出なされたという記録もチャックアウトされたという記録もございません」
「そうですか。放浪癖のある先生ですから。またフラッと出てくるかもしれません。しばらく様子を見てみます」
「そうですか。正面玄関は22時には閉めますが」
「わかりました。今夜は様子を見ます。また明日相談させてください」
「本当にどこへ行ったのやら?」
疑問は深まるばかりだった。
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