第5話自室
自室に戻り、前沢はノートパソコンを開く。
「見てください。この地域の野生の分布です」
「リスやネズミといった小動物はよく生息しているようだな」
「ええ。それらの死がいと見間違えた可能性はあると思います」
「藁人形と見間違えか」
「考えにくいですが。今回は突発な出来事でして、このホテルの口コミぐらいしか調べることができていません」
「星満点のいいところだぞ。そんなコロコロ死がいなんてあるもんかね」
「それが疑問です。きれいな部分が多い場所で小動物があるものでしょうか」
「この旅館は良い点か書かれていない。一つくらい批判があってもいいと思うのですが」
口コミ一覧をスクロールしていく。
評判は良かった、また泊まりたいとの評価ばかりだ。
信頼できる旅館ばかりだが、一つだけ気になる書き込みを見つけた。
周りが絶賛している中で、批判を書き込むことにも勇気が必要だったのだろう。
『見間違いかもしれませんが、部屋にネズミがいたような気がします。変な音が聞こえて寝れませんでした』
そのような書き込みがあった。
「変なものといえばこれぐらいで」
「そうだな」
「もう少し調査が必要だな」
コンコンと部屋をノックする音が聞こえる。
襖を開けて、ドアを開ける。
副支配人と呼ばれていた男性が部屋の前に立っていたのだ。
「あの、実は名簿をみてご相談があって。おかみが相談したいと」
「俺たちにですか?」
「おかみも困っているので、お話をしてもいい方にとのことでして」
こちらから取材を申し込むことはよくあるが、煙たがられることだって多くある。
いいように書きたてられると面白くない時代になることが多いからだ。
地域のことになると該当者も多くなる。誹謗中傷を恐れ、編集者だと知ってなお、情報提供しようとして来る人は稀だ。
「何でしょうか?」
「幽霊騒動が起きているのです」
「よく出るのですか?」
「ええ。最近。私が総支配人になったころからずっと不思議なことがおこっておりまして鼠が出たのではないかとおっしゃる方から、幽霊をみた、口裂け女を見たなどと」
口コミには書かないが、苦情は入っていたのだろう。
「ええ」
「あなた様方と同じように湯船に藁人形が出たとか部屋がなくなったとか」
「部屋がなくなる?」
「泊まった部屋番号がなくなったと相次いで内線電話がかかるのです」
「そうですか。警察に相談は?」
「しておりません。証拠もないですし、対応できるものばかりでして」
「そうですか」
先生はメモを取っている。何か文章を思いついたようだ。
こういう時の先生は常人とは言えない。普段はだらしない面が目立つが、発想力、伏線を張る方法までしっかりと筋を通している。その発想力、分析力は鬼才だ。出版社一の売り上げを誇る鬼才は何かを察知したようだ。
「ふむ。なるほど。おかみさんはいらっしゃるかね」
「ええ、了承が取れたらご紹介いたします」
「悪ふざけが過ぎるおかみさんのようですな」
「何のことでしょうか」
「あなたもわかっているはずだ。一人で芝居をうっても誰かの心を打つことはないと」
「……」
「呼んできてくれるね」
「はい」
☆☆☆
「お世話になります。この旅館のおかみを務めております朝倉です」
「朝倉さん、大変だったでしょう。このような大事を起こそうと思っているのですから」
「……何のことでしょう」
「あなたのやりたいことは分かりました。しかし一人ですべてを起こすことで何が変わるというのでしょう」
「……」
「もう一度、ゆっくりと考えてはどうですか?」
「……」
おかみは黙ったまま答えない。
「どういうことですか、先生」
前沢は何かを察することはできても答えにはたどり着けない。
鬼才の解説を待つしかない。
「し、失礼いたしますわ」
「ああ、連泊をあと3回させてもらうとしよう」
「かしこまりました。そのように手続きしておきますので、後ほどお代をフロントまでお持ちください」
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