第4話 おかみさん
「フフ。うまくいっているようね」
おかみのいたずらは功を奏しているようだ。
使用したのはフローリング柄のトイレットぺーバー。おかみが直々に指定し、特別な染料で染めさせた。それらを編み込んで藁人形に見えるように人型に形成した。そして怪しまれないように女風呂から竹を使って下に落ちるようにしてある。
何度も失敗しながら、タイミングをつかんで、ようやく成功したのだった。
乳白色の温泉だから、溶けだしたトイレットペーパーは溶けて下に沈んでしまった。薄暗い照明も真相を隠すのに一役買ってくれている。
多少やりすぎたのではないかと反省しているが、他の客にもしていたので口コミで広がる。
先代が築いた信頼ある口コミはまだまだ健在だが、一件ずつ気味が悪いという口コミも出始めている。
「ウフフ。私の継いだホテルだもの。私のいいように運営して何がいけないのかしら」
事の真相を知っている副支配人は咎めだす。
「そんなことのためにあなた様に譲ったわけではないでしょうに」
おかみはけろりとした表情で言い返す。
「お父様が何を考えていたかなんて知らないものですから。副支配人のあなたではなく私にお譲りになったのですもの。好きにしますわ」
「そのうちに周りの人たちにばれていきます。そのような幼稚なことはおやめください」
「だからやめないってば。この旅館は私の代で終わりになるわ。新しい就職先を探しておいてくださいね」
「見つけられるものはとうに見つけています。しかし土産物屋の美咲さんと私は高齢で新たな就職先といわれましても」
「いいから。受かるまで何度でも求人に応募なさいな」
「しかし」
できることはしている。しかし年齢の壁は厚く険しい。
偉大な父から旅館を継いだ小娘はまだ世間の世知辛さを知らない。
「稼働率は低下の一途です。どの職種も非正規で回しているのですから社員のモチベーションも地に落ちています」
「でしょうね」
「何をしたいのですか」
おかみはにっこりと笑う。
「幽霊旅館としてしまえば、この地域にも潤いが出るのではないですか?」
売り文句のない地では銭湯も旅館も廃れがちだ。売り文句としてはあり得る話かもしれない。地域の人の協力と理解があれば。
新しいおかみは地域の温泉旅館の会にも属さず、代替わりの挨拶もしない。
周りの人たちの理解と協力を得て旅館を運営していた先代と比べると、どうしてもいろいろと幼い。そして注意してきたものたちを次々に解雇をしていく。年齢が上になり嘱託職員として勤めたいといった要望も無視して年長のものを追い出していく。
残ったのは副支配人と土産物を扱う美咲さんぐらいだ。
「ものは言いようですね。気味悪がって足が遠ざかる場合もあります」
「そうね。あの2人が書き立ててくれば、いい宣伝になるかも」
「……聞いているのですか?」
「あの2人を連れてきてくれませんか?」
「連れてきてどうなさるのですか?」
「あの人たちに相談してみますわ。いいように記事を書いてくれれば、変なうわさはまっとうな噂になりましょう」
この新支配人には何を言っても無駄なのだ。それはほかの従業員が証明している。
「わかりました」
副支配人はおとなしく下がった。
きっと馴染みの卸業者や同じ地域の旅館やホテルの取締役に頭を下げるのは副支配人なのだろうなと考えながら2人組の部屋を探していく。
もちろん土産物屋の美咲さんにも話を通す必要がある。
申し訳なさでいっぱいになるが、新支配人の決意は固い。
止められないふがいなさが胸に去来する。
「……しかたない。目をつぶるか」
副支配人の役目は従事してくれている従業員にきちんと給料を払い続けること。
「支配人は本当に自分の役目を理解しているのだろうか」
小さな小さなボヤキは誰にも聞かれることはなかった。
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