第3話大浴場

 前沢は身体を洗い、身ぎれいにしてから大きな風呂に浸かる。

「やはり体を伸ばせるのはいいなぁ」

 サッと前を何かが横切ったように感じた。

「何だ?」

 周りを見回しても何もないし、浴槽に変わりもない。人も入ってきてはいない。

「俺もつかれているのか」

 疲れているのは当たり前だ。荷物をもって沢山冷や汗をかいたのだ。

 ゆっくりゆったり浸かっていると排水する方向を見ると人型の何かが浮かんでいた。

「なんだ?」

 紙屑でも落とした人がいたのだろうかとまじまじと見る。

 そこにあったのは藁人形だった。

「そ、そんなことが」

 急いで湯船から出て服を着こむ。

 服を着て、改めて浴槽に行くとそこには何もなかった。

 紙屑一つ落ちていない。

「おかみに聞きたいことができたようだ」


 ☆☆☆


 急いで、客室に駆け込む。

 消灯されている場所が多いので、自室にたどり着くにも時間がかかる。

「起きてください」

「あ、なんだ? 血相を変えて」

「俺も見たんですよ」

「は?」

「藁人形」

「やっぱりあれは見間違いではないよな」

「ええ。はっきりと見えました」

「やっぱり取材するしかないか」

「もう一泊泊まって真偽を確かめましょう」

「ああ」

 女将さんにいきなりアポイトメントは難しいだろう。

 それでも昨日見たものを確かめなければという思いがある。

「あの、昨日変なものを見たんですけれど、幽霊なんて聞きませんよね」

「ええ。そんなことを言っている人に初めて出会いましたよ。お客様、昨日は大層お疲れのご様子でしたし」

「そうなのかもしれない。こちらでもう少し疲れをとることにするよ」

「フロントで手続きなさってみてください。今は閑散期ですからお宿も取りやすいはずですよ」

「え?」

 今は冬。シーズンで言うなら冬休み中だ。かき入れ時なはずなのだが。

 前沢の違和感も相方の呼び声で霧散する。

「ああ、前沢、金持っていないか」

「お幾らですか?」

「延長となりますと、お一人4万8千円になります。どうなさいますか」

「おろしてきますので、ATMはどちらになりますか」

「この近くにコンビニがありますので、そこでお金を下ろしたり払い込んだりができます」

「なら、少し待っていただけませんか」

「かしこまりました」

 そう言ってお金をおろしにコンビニまで行く。

 何の変哲もないどこにであるコンビニだ。

「よかった。使えるな」

 自分の口座から引き出せるので、安堵する。

「変なことを調査するにはお金が必要だからな。余分に持っていても間違いはないだろう」

 余分にお金をおろして、旅館代を封筒に包む。


 ☆☆☆

 

 コンビニから戻ると、先生がイライラしながら待っていた。

「すみません。遅くなりました」

「まったくだ。きちんとしてもらわないと困るよ」

「申し訳ございません。これが旅行代です」

 フンと封筒を奪い取り、額を確認してフロントへと持っていく。

「これで、明日一晩は大丈夫だ。それで、何をするんだ?」


 お偉いさんといえど、ここまで自分で考えない人だとは思わなかった。


「今大浴場は清掃中なはずです。女将さんはこの頃は経営のことで忙しいから取り合っている時間はないとおっしゃっていました」

「ふむ。ではできることといえば、清掃が終わった後にもう一度入って確かめるくらいか」

「それも難しいかと」

 2日に1回男湯と女湯を切り替えるようで、皆は楽しみにしているらしい。

「もう1泊したのに、意味がないではないか」

「論理的に分析することは可能です。手続きもすみましたから。あとは部屋に戻りましょう」

「ああ」


 2人が去った後、女将がフロントに出てきた。

「あの2人をよく見ておいて。これからの邪魔になるかもしれないわ」

「かしこまりました。どのような2人かは存じませんが女将の邪魔にならないように監視いたします」

「よろしくね」

 フロント係と土産物屋の老婆は礼をして、

 スタッフルームと書かれた扉へ向かう女将さんを見送った。

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