第19話逃走
森へと戻ったユウヤとアテナは木々に身を潜めながら慎重に進んでいく。
敵は一人と一機。ここがどこなのかも分からない今の状態では相手の一など予想することもできない。ユウヤ達は相手からのコンタクトを待つほかなかった。
息を潜めて木の陰に身を隠すユウヤにアテナが声をかける。
「ユウヤ、動きがあればすぐに伝えてくれ。…おそらく相手は一撃でお前を沈めに来るはずだ」
分かってはいたことだが、ユウヤは息を呑んだ。自分の命を狙われるというのはこんなにも心臓に悪いことなのか、と。このままでは殺される前に心臓が力尽きてしまいそうだ。
デスゲームという常識外れな場所では当然常識など存在していないし、通用しない。未だに良く分からない機械人形という存在も相まってユウヤの脳はキャパオーバー気味だ。
ユウヤは落ち着くために一度深呼吸で頭をリセットする。今必要な情報だけを頭に浮かべ、整理する。
そして今不足しているのは相手の情報だ。戦うことができない状態とは言え、相手の手の内を知っておくことは生存率をぐっと高める。ユウヤは隣の木の影に隠れているアテナに問いかけた。
「…パーカーって言ってたよね。あの機械人形の能力ってどんな感じ?」
「奴は見た通り狙撃に長けた機械人形だ。潜伏、探知、妨害ともにトップクラスの性能を持っている。距離が離されると不利なのはこちらだ。できるだけ手早く距離を詰めて仕留めたいところだな」
この戦いの肝となるのは距離。いかに素早く距離を詰めて仕留めきるかが勝利の鍵だ。離れた状態での戦闘は圧倒的に分が悪い。まずは相手の位置を特定するところからだ。
「相手の位置は特定できないの?」
「反応は無いが…おそらく潜伏しているのだろう。機械人形に備えられた周辺探知は機械人形の索敵に特化したものだ。
「えっと、確か機械人形の命…だよね?」
「あぁ。機械人形の核は特殊な物質で造られていてな。特殊な磁場を放っているんだ。周辺探知それを受信して位置を割り出す仕組みになっている。…だが、潜伏はそれへの対策だ。特殊な電波を放つことでこちらからの電波を打ち消す。そうすることで自らの位置を特定させないようにしているのだ」
アテナの説明によれば、相手は近くにいる可能性も高いという。遠距離型の機械人形が裏をかいて闇討ちするパターンはよくあるそう。
逆に言えばアテナが探知できるのは機械人形のみ。人間であるグレイの位置はユウヤ同様に探知することができない。彼も恐るべき戦力。十二分に警戒する必要があるだろう。
とはいえ、ユウヤには今のところどうすることもできない。彼が機械人形だったら良かったのだが、あいにくしっかりとした人間だ。今は身を隠すことに集中するしか無い。
「それと、パーカーの最も警戒すべきはマルオレフだ。奴の威力は並の狙撃銃とは比べ物にならない」
マルオレフ、というのはパーカーの狙撃銃のことだ。その巨大な銃口からしてただの狙撃銃ではないことは明確だったが、アテナでさえも警戒する威力を誇っているらしい。
直撃すればユウヤは無事では済まないだろう。そんなことを考えたユウヤの虚を突くように、事は起こった。
パァン
耳を劈くような破裂音。数秒と経たずに轟音と共に衝撃が襲ってくる。
ユウヤの背後から衝撃は勢いを増して伝わってくる。
あまりの衝撃に体勢を崩されたユウヤをアテナは再び担いでその場から飛び退く。
アテナの背中越しにユウヤが見たのは、まるで竜巻にでも襲われたのかと思わせるほどの大穴を開けて倒れる木々だった。地面は抉れ、弾が着弾したであろう場所には大きなクレーターのような凹みができていた。
パシュン
驚くのも束の間、ユウヤの耳に発砲音が飛び込んでくる。音の方を向いたときには既に銃弾がこちらへ向かって飛んできていた。
ユウヤを担いだままのアテナは空いている片手に柄を握り、鞘から引き抜くと同時に剣を振り上げる。
鈍い金属音と共に散る火花。アテナによって追撃の銃弾は弾かれた。
「少し揺れるぞ」
アテナは地面を蹴り、木の幹から幹へと忍者のように飛び去っていく。
逃がすまいと何発か銃弾がアテナを狙うが、着弾することはなくアテナは追跡を振り切った。
「っ、うぇ…」
しばらく跳躍しながら逃げていたアテナは背の高い草むらを見つけるとユウヤを下ろした。
繰り返す浮遊感にユウヤは少し酔ってしまったらしく、先程から嗚咽感が襲ってきている。顔色は優れていないようだった。
アテナはユウヤの背中をさすりながら言う。
「…すまない。奴の追跡を振り切るにはこのぐらいのスピードでなければ無理なのだ」
「…大丈夫。…うっ…兎が戻ってきそう…」
嗚咽感に苛まれながらユウヤは先程の光景を思い出していた。
それは狙撃銃というより大砲。地を揺るがしながら自分めがけて飛んでくるその銃弾はとてもではないが受け止められるものでは無いだろう。アテナはともかく、ユウヤがくらえば四肢が吹き飛ぶだけでは済まない。恐怖が手足を支配していく。
「先に見た通り、奴の狙撃は狙撃ではない。破壊だ」
「あんなの食らったら死体も残らないよ…」
「早いところ奴の攻撃を封じなければ勝ち目は無いな」
「…なにか策があるの?」
「無い」
分かってはいたがこうも言い切られると絶望感が増す。ユウヤはこみ上げるものを抑えることができずに地面を向いた。
「…しかし、先程の狙撃はらしくなかった」
「…え?」
首をかしげたユウヤ。アテナは辺りを警戒しつつ、説明する。
「パーカーが察知したのは私のはず。奴の狙撃はあの威力とはいえ確実に獲物を中心に撃ってくるはずだ。なのに着弾したのはユウヤの木…それに加えて奴にはユウヤの位置はバレていなかった。弾が飛んできたのはユウヤの背後からだったからな」
「…グレイが俺の位置を報告したとか?」
「それにしても辻褄が合わない部分がある。グレイがユウヤの位置を捉えたのなら、グレイが撃っていたはずだ」
「…なんで?」
「奴の発砲音は聞こえなかった。サイレンサーでもつけているのか、はたまた離れているのか…」
「…?」
ユウヤは固まった。先程の発砲音、たしかにユウヤの耳には聞こえていた。飛んでくる方角さえも正確に割り出してみせた。それなのに、アテナには聞こえていなかったのだという。
それは逆転の一手をユウヤに示していた。
刹那、ユウヤの視界に黒い物体が投げ込まれる。弧を描いて飛んでくるその物体はがグレネードであることに気づくまでは数秒とかからない。
地面に転げ落ちたそれをアテナは放り投げようと拾うが、時すでに遅し。
それは
続けざまに投げ込まれた数発も起爆し、アテナとユウヤの視界は煙幕で包まれた。
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