第15話決着
力なく寄りかかってくる柏木を前にユウヤは立ち尽くす。勝ったのはユウヤだった。
「は…はは…嘘じゃん。持ってない、なんて…」
そう呟いた柏木は既に生気を失っている。それが柏木の最後の一言だった。
ユウヤは柏木の死体を突き飛ばした。ぐしゃりと不快な音を立てて倒れ込んだ死体はみるみるうちに床を赤色に染めた。
ユウヤは自分の顔にべっとりとついた返り血を手で拭う。嫌になるほどにしつこい鉄の香りがユウヤの鼻を突き刺す。
目の前に転がった死体は自分が作り出したもの。内蔵を露出させて、こんな時まで笑っている。
ユウヤは奥底からこみ上げる感情をこらえることができなかった。
「…っ、ぅおえええええええええええええっ」
胃の中からいつ食べたのかも分からない消化物が逆流してくる。嫌な酸味を後味に残して何度かの嗚咽を繰り返す。その度にユウヤの脳はかき乱された。
内臓ごと出てしまうのでないかというほどの強い嗚咽を何度か繰り返してユウヤはその場にへたり込んだ。
「ユウヤっ」
すぐさまアテナが駆け寄ってくる。彼女を咎める幻想はもういなかった。
「ぅ…アテナ…」
「落ち着け、終わったのだ。一旦休憩しよう」
足元のおぼつかないユウヤをアテナは座るように促す。アテナはすぐさま残された機械人形に目を向けた。
タマモは二人のすぐ近くにまで迫っていた。
二人を前にタマモは笑うわけでもなく、やっと終わったかとでも言いたげな表情で現れた。
アテナはすぐさま柄に手をかけるが、タマモは片手でそれを静止した。
「別に今更戦おうってわけじゃありません。ご主人の死に顔を見に来ただけです」
「…その言葉、本当だろうな」
「終わった以上、私的な理由もない限り戦いませんよ」
そう冷たく言い残したタマモはアテナの横を通り過ぎて柏木の顔を覗き込む。
タマモは何を言うわけでもなく、ただじっとその表情を見つめる。数秒後に吐いたため息は苦労からくるものだったのかもしれない。
タマモはまるで愚痴を履くようにアテナに語りかけた。
「…この人、貴方のパートナーのことをずっと待ってたんですって」
「…何が言いたい」
「分からなくないですか?そこまでして人を待つ理由が」
アテナはタマモの言葉に黙り込んだ。
アテナ達機械人形には感情を理解することができない。それ故に人の思いも理解しにくい。それはアテナも重々承知していることだった。
タマモは柏木の気持ちが最後まで分からなかった。
出会った少年は絶世の美男子というわけでもなければ女を駄目にしてしまうような可愛げのある男でもない。ただの平々凡々な男だった。その事実がタマモの思考をますます混乱させた。
タマモはアテナの返事も待たずに続ける。
「今まで参加者は何十人と殺してきました。なのに上に上がらずに待ち人のためにとどまるんなんて…私達からしたら馬鹿としか言いようがないでしょう?」
「…人間の感情は私達の予想を凌駕する。他人に対する怒り、憎しみ、妬み、愛しさ…それらは簡単に人を変える。きっとお前のパートナーも感情に変えられた一人なのだろう」
アテナにそう言われてもなおタマモは納得がいかない様子だった。
「ふぅん…早く行ったらどうなんです?貴方のパートナー、かなり顔色悪そうですけど?」
「…貴様はこれからどうするつもりなのだ」
アテナは警戒の意味も込めてタマモに問いかける。タマモは心底興味のなさそうな表情で答えた。
「別に不意打ちなんてしないですよ。…負けた機械人形って、どうなるんでしょうね」
「…さぁな」
アテナはそう言い残すと、ユウヤを抱えて校舎を飛び降りる。ある程度校舎から離れたところでユウヤをベンチに座らせた。
タマモが追ってくる様子はなかった。周辺探知も回復し、彼女の気配もない。きっとまだ屋上なのだろう。
アテナがユウヤの隣に座ると、彼がぽつりぽつりと呟き始めた。
「…ごめんアテナ。俺、覚悟はしてたつもりだったんだけど…ぅ…」
「大丈夫だ。無理はしないほうがいい」
未だ嗚咽感に苛まれるユウヤは顔色が良くない。右手に残った切り裂く感覚は彼に何度もあの瞬間を想起させる。
人を殺すという行為はとても良いものではない。それに快楽を覚える人間でもない限り精神へのダメージは計り知れない。罪悪感、嫌悪感、様々な負の感情がユウヤに付きまとう。彼へのダメージは相当なものだ。
「…人を殺すって、こんなにも苦しいことなんだ」
「お前はそれでいい。慣れるよりはマシだ」
「…アテナは慣れてるの?」
アテナは少しの間を置いて答えた。
「残念ながらな。私は数え切れない数の人間を殺している」
「…アテナも慣れるまでは辛かったの?」
ユウヤの質問に対して、アテナは横に頭を振った。
「私達機械人形の感情機能はあくまで仮初のもの。戦闘用に造られた私達にそんな機能な備わっていない」
「そう、なんだ…」
人間と機械人形である絶対的な差の一つとして殺しへの価値観がある。
機械人形の感情機能はあくまでプログラム。殺すことへの躊躇などは一切無い。本来人間ならば殺人鬼でも無い限り心のどこかにためらいは生じる。この感情の有無が人間が機械人形に勝てない所以なのだ。
「人間は真の感情を持っている。真の感情は人の潜在的な力を引き出す事ができるのだ。人が機械人形に勝る唯一の力だ。だから、ユウヤの反応は正しい。たとえ戦うことに慣れても、感情は捨てるな」
人間が機械人形に勝る唯一の方法。アテナの口から語られた言葉の数々には説得力があった。
当時の記憶が無いとはいえ、このデスゲームを戦い抜いたユウヤのパートナー。感情がなくとも多くを知っているのはアテナの方だ。
「…忘れたくても忘れられなさそうだよ」
「ならばそれでいい。絶対に忘れるな」
ユウヤは力強く頷いた。
しばらくして、体調が回復したユウヤとアテナの前に階段が現れた。天高く続いているその階段は先が見えない程に長い。また気の遠くなる道のりになりそうだとユウヤは嘆息した。
アテナの後ろについていくようにしてユウヤは階段を登り始めた。
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