第14話決戦
「アテナ!」
激しい衝撃と共にアテナが着地する。
すぐさま地面を蹴ったアテナはユウヤの上に覆いかぶさっていた柏木に斬りかかる。
柏木はひらりとバク転して斬撃を躱す。人間離れしたその反応速度は今までの戦闘で鍛え上げられたものだろう。
続けて上空からもう一体の機械人形が姿を現す。アテナを追いかけてきたタマモだった。
周りへの被害など考えていない着地で降り立ったタマモはアテナへと斬りかかる。
アテナはユウヤに被害が及ばぬよう、彼を担いで瞬時に飛び退いた。
開けた距離でのにらみ合いに入った屋上の沈黙を破ったのは柏木だった。
「あはは…タマモの幻影操術を破るなんてやるね」
「貴様こそ好き勝手してくれたようだな」
「ふふ…年頃の男女の時間を邪魔しちゃいけないんだよ?」
既に柏木の目に光は無い。それは人間というよりも、人間の皮を被ったなにかだった。おぞましいそれは見るだけで人を恐怖させる。
まるで怪物を連想させる彼女の瞳は彼女の内に秘めた本性を表している。愛という歪んだ感情で形成された彼女は既に人の範疇を脱している。
その狂気を見たユウヤは感じた。彼女を殺さなくてはならない。
「…ご主人」
「タマモ、貴方はあっちの機械人形をお願い。ユウヤくんは私が殺るから」
「…承知いたしました」
タマモはクナイを逆手に持つと、姿勢をかがめた。彼女らとユウヤとの距離はわずか十数メートル。既にお互いの刃が届く間合いだ。
「ユウヤ、下がっていろ。今のお前は戦うことを避けるべきだ」
アテナは片手でユウヤに下がるように促す。ユウヤはアテナの背後に隠れるようにして引き下がった。
ビリリと痺れるような空気が場を満たす。動くことさえもためらわせるようなこの空気はこの先の出来事を示唆しているようだった。
ユウヤは察する。これから始まるのは命の奪い合い。一つのミスが死に直結する考えうる中で最悪の遊戯。どちらか一方しか生き残れない残酷なゲーム。
ユウヤは手の震えを隠せていなかった。
(ついに始まるのか…っ、手の震えが止まらない…これから俺とアテナは柏木さんかあの機械人形を仕留めなくてはいけない。それがここから脱出する、唯一の方法…)
ユウヤは手に震えを隠せていなかった。
死へ直結する恐怖はどうあがいても拭えない。目の前には凶器をもった女と人類の叡智の結晶である機械人形が一機。彼女らがユウヤを殺すことなど造作も無いだろう。
ここを脱出する唯一の方法。仕方のないこと。ユウヤはそう自分に言い聞かせるが、顔から血の気が引いていくのを誤魔化せるわけもなかった。
「…一応聞いておくけど、ユウヤ君を差し出す気は?」
柏木が笑顔でそう問いかけてくる。アテナは動じること無く返す。
「我々機械人形はそれぞれの思念で動いている。それに反するようなことはしない」
「そっか。…それじゃ、行くよ」
柏木がパチンと指を鳴らすと、瞬時にタマモの姿が消える。アテナは臨戦態勢
に入ると、四方から現れたタマモを迎え撃つ。
アテナの黄金の剣に対してクナイで対抗してくるタマモ達はおそらく幻影。本体が何処かにいると読んだアテナは一体、また一体と薙ぎ払う。
鈍い金属音が何度も鳴り響き、幻影のクナイは弾かれる。刺突を狙った一撃はアテナの驚くべき反応速度によって躱され、腕ごと叩き落とされる。
しかし、アテナの予想に反して本体のタマモは一向に姿を現さない。次々と幻影が増えては襲いかかってくる。
「くっ、偽物ばかり…」
「ほらほら、手を動かさないと大事なパートナーを守れませんよぉ?」
タマモ達を迎撃するアテナの後ろで身を守るユウヤは柏木が一向に動く気配がないことに気づく。ただこちらを見つめて、立っているだけ。
(…柏木さんは襲いかかってくる気配はない。アテナの守りが手薄になるところを狙ってるのか…?)
柏木は薄気味悪い笑顔を浮かべて機会を伺っているようだった。柏木はユウヤを戦力をみなしていないようだった。
しかし、逆に取れば柏木の守りは手薄になっている。一撃を叩き込むことができれば勝機はある。
ユウヤはアテナに向かって叫ぶ。
「アテナ!柏木さんを!」
「ふんッ!!」
ユウヤの言葉を聞き届けたアテナは襲いかかってくるタマモ達を薙ぎ払い、地面を蹴って柏木へと急接近する。柏木は接近したアテナに動じることはなく、まるで存在を無視しているかのようだった。
「貰ったッ!!」
アテナは剣を振り下ろす。黄金の尾を残して柏木に振り下ろされた刃は、一本のクナイによって受け止められていた。
受け止めたタマモは消え、アテナの死角から飛び出てきたもう一体のタマモがアテナを蹴り飛ばす。本体の居所はここだった。
空中で器用に体勢を整えたアテナは受け身を取って着地する。
「なるほど…あくまで本体は守りか」
「きゅっ、きゅっ、きゅ…貴方の相手は私です。ところで…がら空きですよ?」
そこで一気にアテナの意識がユウヤに向けられる。自分が彼の前から離れた今、彼を守るものは何もない。
そうなれば、考えられる事態は一つだろう。
柏木はユウヤへ向かって一直線に駆け出す。
焦るユウヤは逃げようとするが、既に柏木は彼の懐の中。彼女の手にしたナイフはユウヤの顔めがけて向かってくる。
「あはははははははははははははっ!!!」
「ッ…!」
ユウヤは反射的に体をのけぞらせる。すんでのところで直撃を避けることはできたが、刃先が彼の頬をかすめた。
赤く刻まれた一文字から吹き出た血液が地面に飛び散る。走る鋭い痛みは、ユウヤへ死の恐怖を強く意識させた。
ユウヤは恐怖がまとわりつく足を必死に動かして柏木との間合いを離す。追撃してくるかと思われた柏木はその場に立ち止まったままだった。
柏木の表情は踊り舞う長い頭髪のせいで見えない。その頭髪の隙間から彼女の赤い瞳が露見する。ユウヤのことを見つめたその瞳は彼女の欲望にまみれていた。
顔を上げた柏木の表情は不気味なまでに明るい笑顔だった。
「…ねぇユウヤ君。私ユウヤ君のことが好きで好きで好きで好きで好きでたまらないの…君が欲しくてたまらないの…」
「だからってここまでするのかよ…!」
「ユウヤ君が狂わせたんだよ?責任、取ってよね」
柏木の表情からは笑顔が消え失せ、すっと無表情に戻る。出会った時の清楚な雰囲気はどこにもない。彼女が纏っているのは狂気だけだ。
「ユウヤ!」
ユウヤを守ろうと彼のもとに駆け寄ろうとするアテナの足元にクナイが突き刺さる。
間髪入れずに襲いかかってくる幻想達にアテナは苦戦する。
「おっと、どこに行こうとしてるんですか?貴方の相手は私。そう言ってるでしょう?」
「この化け狐…!」
同じ空間にいるというのに、アテナとユウヤは再び分断されてしまった。
柏木はナイフを手にしているのに対して、ユウヤは手ぶら。護身術だって覚えているわけでもない。明らかに不利なのはユウヤの方だ。
「ユウヤ君の血…きっと美味しいんだろうなぁ♡早く君の血が飲みたいよユウヤ君」
(…っ、このままだと俺…)
ユウヤの脳裏に最悪な結末がよぎる。アテナが足止めを食らっている以上、ユウヤは自分でこの状況を打破しなくてはいけない。
前の階層で使ったあの力もうまく制御できているわけではない。発動条件だって分からない。ユウヤには打開策が存在していなかった。
距離にして数メートル。不意を突かれたらすぐさま縮まる距離だ。
ユウヤの思考を遮るようにナイフが飛んでくる。柏木から投擲されたそれをユウヤは体をのけぞらせて再び躱す。
しかし、それはただの目眩しだった。
ユウヤの目の前を通過するその瞬間、ナイフはパラパラと刃先から塵になって消えていく。タマモの幻影だった。
消えたナイフから視線を柏木へと向けるユウヤ。既に彼女は自らの懐に潜り込んでいる。
戦慄する暇もユウヤにはない。
逃げることは無理だと判断したユウヤはナイフをもった方の彼女の腕をはたいてナイフの軌道を逸らす。左胸部に血が滲むが、急所は避けることができた。
しかし、それも時間稼ぎに過ぎない。直後にユウヤはがくっと崩れ落ちる感覚とともに浮遊感に襲われる。柏木に足払いをされたのだ。
振り上げられた彼女の腕は再び彼の心臓に向かって振り下ろされる。
「きゃははははははははっ」
柏木の笑い声が嫌なほど響く。もはやユウヤに思考の余地は残されていない。
「ユウヤッ!」
ユウヤの視界の端にアテナが映る。その途端、ユウヤの脳内の記憶が溢れ出す。
嫌だ、死にたくない。
自分はここで終わってはいけない。
上に行かなくては。
消えていった者達の想いを背負うのは自分だ。
彼女を、アテナを救わなくては。
『生き残る』。その強い思いは光となってユウヤに応える。右手に熱が充溢する感覚。再び剣は顕現した。
熱を帯びた片腕は反射的に振り抜かれた。
「…え」
吹き出す血潮。崩れ落ちる体。反転する視界。刹那に起きた出来事に柏木は理解が追いついていない。
頭よりも先に動いたユウヤの右手は、既に柏木の体を切り裂いていた。
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