第13話タマモ

 ドール・ゲーム。突如として始まった謎のデスゲームに放り込まれた彼女は一人の人間と出会った。

 その女の名は柏木美奈。頭からつま先まで芯が通っているような美しい立ち姿。微笑むその顔は花が綻ぶような可憐さを持ち合わせている。まさに清廉潔白と言った彼女はタマモをパートナーに選んだ。


 はじめの階層であるこの校舎はタマモの能力には相性が良い戦場だった。しかし、タマモと柏木は上の階層に上がることがなかった。柏木がそうしたのだ。

 タマモは不思議だった。デスゲームなのだからとっとと殺して次の階層に上がったほうが良いだろうに。戦いに興味がないのだろうか?生き残りたくはないのだろうか?機械人形である彼女には理解の限界があった。

 ある時、彼女は訪ねた。どうしてこの階層にとどまるのか、と。柏木はいつもの笑顔を貼り付けて答えた。


「待っている人がいるの」


 実に人間らしい、誠実な返答だった。


 待ち人の存在。家族なのか、友人なのか、あるいは。それについて詳しくは答えてくれなかった。何しろ、秘密なのだとか。その顔に張り付いた笑顔はタマモでさえも軽く恐怖を感じるものだった。

 タマモはその返答を聞いてもなお分からなかった。来るかも分からない待ち人をいつまでも待ち続けるなど、無謀に等しい。そんなのは馬鹿でも分かる。

 だが、彼女はそれを選んだ。一体どこで何時なのかも分からないこの空間で、毎日来るかも分からない人を想って待っている。その姿は狂気さえも帯びていた。


 訪れるプレイヤーも少なくなったいつの日かの屋上で、柏木はぽつりぽつりとタマモに語り始めた。

 自分の家は国内でも有数の企業の家系だったこと。それ故に子供の頃から苦労していたこと。父のことが大好きだったこと。そして、待ち人である彼のこと。


 彼女の口から漏れ出てきた彼への愛は、想像を絶するものだった。それは愛という言葉に似つかわしくない、どろどろとした黒いなにか。心の隙間にできてしまった闇。内に秘めたその想いは彼女のすべてだった。

 既に愛の枠を超えてしまったそれは人間の手には余るものだった。それは既に彼女という人格を乗っ取り、その内側を塗り固めている。

 人を殺してまで会いたい人。それが柏木のすべてだった。


 人の感情は絶大な力を持っている。それがあるだけでガラッと人格が変わったり、窮地から脱するきっかけにだってなる。人の感情は人をどこへだって導く。不可能を可能にする力がある。

 しかし、タマモ達機械人形にはそれがない。感情機能はあるが、それは真の感情ではない。形だけの、偽物。

 機械人形と人間の絶対的な壁。それが感情。どうあがいても理解はできないのだ。

 それゆえに、タマモは理解できなかった。



 幻影操術。虚像を生み出し、相手を欺くことのできるその能力は空間さえも操ることができる。タマモはその力で校舎を自由自在に操ることができる。

 アテナとユウヤを分断することに成功したタマモは潜伏機能レイテント・ファンクションを起動して身を隠しつつ、アテナの監視を続ける。この潜伏機能は攻撃時には解除されるというデメリットはあるものの、時間稼ぎをする分には使える機能だ。

 主である美奈から遠ざけつつ、接触する動きがあれば咎める。その繰り返しだ。


(ご主人は今頃三階で彷徨っているはず。このまま行けば目標の達成は確実ですね。…まぁ、そう簡単には行かないでしょうけど)


 校舎内を闊歩するアテナをタマモは鋭い目つきで睨む。

 アテナは先程から至る所で破壊する動きが目立つ。机、花瓶、更にはロッカーまで。まるで校舎ごと破壊でもしようとしているのかと思わせるその行為には裏があるとタマモは睨む。

 無作為に破壊を繰り返す彼女にはなにか狙いがあるようだった。


(…大方私をおびき出そうとしているのでしょうけど、バレバレですね。全く困りますねこのパワー馬鹿は)


 とはいえ、なにかの拍子に幻影操術が破られるなんてことになれば困るのはタマモだ。気を抜かずに監視を続けていく。

 ふと、アテナの足が止まった。おもむろに剣を置くと、拳を振りかぶる。


「ふんッ!!!」

 

 直後、アテナの拳が壁と衝突する。アテナの拳は目で捉えきれない速度で壁を捉え、衝撃波を放ちながら壁を砕く。

 轟音と共に粉砕された壁の向こう側からは鮮やかな夕日がその姿を見せていた。


(な…!?この人まさか外に…流石に中に留めておかなくては…!)


 外へ出ればタマモの幻影操術は機能しない。そうなれば圧倒的に不利なのはタマモの方だ。

 外へと向かおうとするアテナの背後にタマモが忍び寄る。幻影操術を起動してクナイを飛ばす。着弾と共に起爆するようにプログラムされたそのクナイは妨害機能も備えている。


(この怪力女クソゴリラ…!これだから武闘派は嫌いなんですよ…ここで無理矢理にでも引き止めなければ…!)


 アテナが外へと飛び降りようとしたその瞬間、三体のタマモが姿を現す。その三体はアテナめがけてクナイを投擲した。

 三方向から回転しながら飛んでくるクナイをアテナはすぐさま剣を引き抜いてはたき落とす。数発起動の逸れたクナイが起爆し、視界を妨害する。

 直後、アテナの背後から本物のタマモが姿を現す。アテナを外に出させないために遠ざける作戦だ。


「油断し過ぎですよ」


 タマモは回し蹴りで校舎内へと弾き返そうと足を振り抜く。

 タマモの足がアテナの脇腹を捉えたその瞬間だった。


「やはり来たか」


「きゅ!?」


 分かりきっていたかのように振り返ったアテナの強靭な手はタマモの首を掴んでいた。



 アテナの思考プログラムが導き出した策は、頭脳などもってのほかの強攻策だった。

 タマモのような頭脳派は強攻策が苦手だ。練りに練った策だとしても力によって簡単に崩されては溜まったものではない。自分の努力で積み上げた功績を他のやつが才能で簡単に追い越したら頭に来るのと同じ理論だ。

 まさかの不意打ちの失敗にタマモは焦りを隠せない。アテナの腕を振り払おうとタマモは抵抗する。


「放せッ…この怪力女クソゴリラ!」


「…貴様は狡いからな。背後から来ることなど予想済みだ」


 タマモの抵抗も虚しく、アテナの腕はびくともしない。タマモの力では、アテナの腕を引き剥がすことは不可能であった。

 圧倒的な力の差にタマモは間合いを離すことができない。最悪の二文字が過ったその時、タマモの体は浮遊感に襲われる。

 そして次の瞬間に走る衝撃。背中を激しく壁に打ちつけたタマモの機体は壁を貫いて中庭へと飛んでいく。


「ぐぎっ…!?」


 空中で天を仰ぐタマモは瞬時に体勢を立て直そうと着地の構えを取る。しかし、その視界に飛び込んできた黄金の影に彼女は戦慄する。


「まだだッ!!!」


 校舎から飛び出してきたアテナは空いたタマモの腹部に最高出力の踵落としを入れる。もろに直撃した追撃の一撃はタマモを反対側の校舎へと叩き込む。抵抗などできるはずもなく、タマモの機体は派手に校舎にめり込んだ。

 床に叩きつけられたタマモはクレーターのように派手な痕を描く。あまりの衝撃にさすがの彼女もすぐさま動くことはできなかった。


「いぎっ…!?」


「けほっ、けほっ…」


「な!?っまずい…!」


 タマモは瞬時に潜伏機能を使用して身を隠す。彼女の視線の先には主である柏木とユウヤの姿があった。

 タマモは気づく。屋上への階段が露出しているということに。

 ユウヤ達が来たタイミングでタマモを投げ飛ばして幻想カモフラージュを破壊。そして階段を発見させる。それがアテナの策だった。

 力なくしては実行できないこの策。特殊機能:《怪力》を持った彼女だからこそできる最大の策だった。


「行け、ユウヤ」


 アテナはユウヤを見送ると、再びタマモへと鋭い視線を向ける。アテナの表情とは対称的に、タマモの表情はひどく歪んでいた。


「貴方ねぇ…いくらなんでも好き放題し過ぎですよッ」


「貴様にはこの策が得策だと踏んだ。それだけだ」


「随分と軽く言い切ってくれますね…これでも勝ち筋を最大限に選んだ策なんですけど?」

 

 感情機能により 《怒り》を発動しているタマモの声は怒気を孕んでいる。震えたその声からは怒りの度合いが伝わってくる。ギリギリと握りしめた拳からは軋む音が聞こえてくるほどの力の強さが伺えた。

 対して変わらず冷酷なアテナは既にタマモを仕留める策を練り始めていた。


(これでユウヤとの合流の条件は揃った。あとは屋上に向かうだけ…)


「…そう簡単に逃がすとお思いで?さすがの私とはいえ、キレましたよ?」


「お前はもう用済みだ。引っ込んでいろ」


「生憎ですが、私は今 《怒り》を感じています。…この意味、分からないわけではないでしょう?」

 

 タマモはおもむろに足元に転がっていた瓦礫の破片を拾い上げる。そして破片をアテナの目の前で握り潰す。破片はたちまち粉々になって砕け散った。


「 《怒り》によって私はパワーアップしてるんですよ。今なら貴方とだって互角に渡り合える」


 機械人形に備わった感情機能はただ単に人間の感情を模しただけのものではない。発動した感情によって能力が引き出されるのだ。擬似的なパワーアップといえる。

 今のタマモはアテナに匹敵する力を備えている。アテナもこのまま見過ごすわけにもいかないだろう。


「…ふん、その程度の力で思い上がるな」


「言ってる暇があったらかかってこいよ怪力女クソゴリラ!」


 タマモは地面を蹴り、アテナとの間合いを急速に詰める。

 アテナとタマモの拳がぶつかり合う。その刹那にアテナが感じた手応えはタマモの能力上昇ステータスアップを示すものだった。

 タマモは間髪入れずに次々と拳を繰り出してくる。アテナはその一つ一つに応えるように負けじと拳を繰り出す。互角な殴り合いに決着の時は訪れない。


「きゃははははっ!いいですねぇいいですねぇ!」


(力は負けずとも互角というところか…)


 アテナはタマモの拳を躱し、距離を取ると黄金の剣を鞘から抜く。それに対抗するようにタマモは幻影操術を起動し、分身を繰り出す。

 アテナは器用に攻撃を躱しながら本体から飛んでくるクナイを弾く。彼女の能力上昇は特殊機能にも効果を発揮していた。


(できればここで振り切りたかったのだが、致し方あるまい。ここは合流が先決だ)


 アテナは自らに襲いかかってくる弾幕のうち一つを掴み取ると、タマモに投げ返す。タマモは難なくそれを弾き返すが、そこまでアテナは読んでいた。

 弾かれ、力なく空を舞ったクナイは天井付近で起爆する。狙い通りに起爆したクナイは煙幕によってアテナとタマモを一時的に分断した。


「なっ!?」


 アテナは開いた大穴から飛び上がり、屋上をその瞳に捉える。ユウヤと柏木を視認したアテナは迷うこと無く突っ込んでいく。


(屋上はいわば制限の無い空間。奴の幻影操術にも限界があるはずだ。電磁バリアで保護はしているようだが…このぐらいのもの、叩き割って見せる!)


 右手に握られた剣は夕日を浴びて煌々と輝く。自由落下と同時にアテナはその剣をそこにあるであろう見えない壁めがけて振り下ろした。


「はああああああああああッ!!!」


 振り下ろされた直後、空間にヒビが入る。まるで硝子のように美しく砕け散ったその壁は花を描いて床に飛散する。アテナの瞳はユウヤの済んだ瞳をついに捉えた。

 アテナとユウヤを隔絶していた壁はもうそこには存在していなかった。


「ユウヤ!」

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