第10話side:アテナ
ユウヤを見失ってから数十分が経過した。アテナは彼の捜索を続けていたが、一向に見つかる気配は無い。宛もなく探索を続けるアテナはこの校舎に違和感を感じ始めていた。
(…どういうことだ?先程まで同じところを歩いていたはずなのにまるで全く別の場所のように感じる。以前はこんなことはなかったはず…)
どこ前歩いても変わらない景色。ユウヤの声すら聞こえないこの状況にアテナは思考プログラムを働かせる。
この奇怪な状況にアテナの思考プログラムでもユウヤの居場所は特定できなかった。こんな状況に陥ったのはアテナも初めての経験であり、対応に困っていた。
(…?解析プログラムが作動しない…前の階層ではしっかり起動していたはずだ。…これは阻害されてるのか?)
アテナは解析プログラムの故障で察する。何者かが自分達の行動を阻害しているということに。
このゲームにおいて他プレイヤーを妨害する手などいくつでもある。
妨害電波、
んにせよ、何者かがアテナとユウヤを分断していることは確かだった。
相手が何者なのか。何人なのか。詳細な情報が分からない限りでは彼女の知識でも絞りきれない。
「…
アテナはすぐさま思考プログラムに呼びかけて自らのデータベースに検索をかける。
彼女には思考プログラムや解析プログラムなどの基本的な機能に加えて、機械人形のデータを記録したデータベースが組み込まれている。接敵する前に相手の情報を調べることが可能なのだ。
だが、記録された情報はあくまで製造時点でのもの。機械人形は学習し、成長していく。戦闘スタイルが変わることなんてざらにある。
加えてアテナのデータベースには不具合が生じており、ところどころデータが抜け落ちている。十中八九あの
この状況を作り出すことのできる機械人形をサーチする。該当したのは一体の機械人形だった。
(…なるほどな。こいつは…)
その刹那、アテナが思考している隙をつくように背後から飛んできた飛道具をアテナは反射で躱す。顔の一寸横で空を切る音が聞こえた。
床に突き刺さったそれに目を向けると、ひし形の刃先に持ち手をつけたいわゆるクナイというやつだった。
飛道具の正体を突き止めたアテナはすぐさま迎撃体勢に入る。鞘から黄金の剣を引き抜いて腰の前で構えた。
追撃と言わんばかりに四方八方から飛んでくるクナイを難なく弾き返す。
絶えなく飛んでくるクナイはアテナを正確に狙い撃ちしてくる。
(これは罠か…?それにしては私を正確に狙い撃ちしている…)
アテナを仕留めようと一気に全方向から飛んできたクナイをアテナは剣で一気に薙ぎ払った。いくつかがアテアの機体を捉えたが、黄金の鎧が彼女へのダメージを防いだ。
その一斉攻撃を境にアテナへの攻撃は止んだ。
アテナは十数秒待って攻撃が止まった事を確認すると構えを解いた。
アテナは辺りを見回す。どう見てもただの校舎だった。どこかに誰かが潜んでいることも考えられるが、先程の四方八方からの攻撃を見ると個人とは考えられなかった。
「…ん?」
アテナは自分が弾き返したクナイが無くなっていることに気がついた。
数にして数百本という数だったが、そのすべてが綺麗さっぱり消えている。まるで、最初から存在していなかったかのようだった。
「おやおや、今のを防ぐとは…なかなかのやり手ですねぇ?」
背後からの声にアテナはすぐさま距離を取る。壁からぬるりと出てきた着物姿の機械人形をアテナは睨みつける。
奇妙に蠢く9つの尻尾と頭についた大きな耳は人間のものではなかった。続けて目を引くのは着崩した着物姿。妙に艶めかしい姿だったが、アテナは機械人形であるためにそれに見惚れることはない。
まるで妖怪のようなその姿を前にアテナは剣を構えた。
「…何者だ。人間では無いな?」
突然現れた機械人形にアテナは黄金の剣先を向ける。相手は怯むこと無くアテナの方へとじわりじわりと近づいてくる。
「うふふ…わかってるんじゃないですか?貴方、”伝説の12機”ですよね?」
確信めいたその一言にアテナは怯むことはなかった。もとより背負っていたその言葉に今更怯むほど彼女も弱くない。
防御態勢を解くことなく相手に立ち向かう。
「…なるほど。私のことは知っていると」
「そりゃ有名ですもの。私達の間じゃ、常識ですよ?アテナさん」
アテナは沈黙をもってして相手を威圧する。
自分のことを知っているとなると、その警戒度は上がる。それなりに名の通っている方であったが、相手に情報を握られているとなると不利になるのはいつだって変わらない。
手の内がバレてないことを祈るのも手だが、そんな曖昧なことに頼るほど手段を選べない状況ではない。アテナは冷酷な視線をその機械人形に向けた。
「…冷たい表情ですね。少しは笑ったらどうなんです?」
「…あいにく
「冷たいですねぇ…そんな無愛想で大丈夫なんですか?パートナーに嫌われちゃいますよ?…そう言えば、パートナーの姿が見当たりませんねぇ。はぐれたんですか?」
わざとらしく疑問符を浮かべた機械人形をアテナは一層鋭い目で睨みつける。彼女の性格は良いとは言えないものらしい。
仕返しの意味も込めてアテナは彼女の名を呼んだ。
「…腹立たしいな。貴様の仕業なんだろう?タマモ」
「おやおや…そちらのデータベースには私も載っているのですか?嬉しいことですねぇ…」
彼女の名はタマモ。名前から想像できるように日本の妖怪である『玉藻の前』をモチーフにした機械人形だ。
人をあざ笑うような不愉快な笑みを浮かべたタマモに対してアテナは笑うことは無い。ただ相手を見つめるだけだ。
「当然だ。私のデータベースにはすべての機械人形のデータが入っている。…ユウヤはどこだ」
「聞かれて言うと思います?」
「言わないのなら吐かせるだけだ」
アテナはタマモの喉元に剣先を向ける。タマモはおどけた様子で答える。
「おー怖い怖い。いつからそんなに野蛮になったんですか?…きっと今頃は私のパートナーと校舎内をうろついてるんじゃないですか?」
「なに…?クソッ、このままではユウヤが…!」
「あぁ、そこは安心していいですよ。多分あの人まだ殺す気は無いんで」
「…どういうことだ」
タマモの態度は全体的に信憑性のないものだったが、その言葉だけが引っかかった。
不確定な情報ではあるが、このゲームの中で殺す気がないとはどういうことなのか。アテナが考える限りでは答えは出ない。
「そこまで話す気はありません。私に命じられたのはあくまで時間稼ぎなので。殺されることじゃないんですよ」
「待てッ!!」
アテナの静止を聞くことは無く、タマモは現れた時とは真逆に再び壁の中へと消えていった。静まり返った廊下には再びアテナ一機になる。
厄介なやつが現れたな、とアテナは頭を抱える。彼女の得意とする機能はこの校舎という空間においては絶大的な効果を発揮する。
タマモの所持している機能は
アテナは再び校舎内を歩き始める。校舎を破壊するのも手だが、きっとそれをしようとすればタマモが邪魔をしてくることは明白。大人しく探索を進めたほうがマシだとアテナは判断した。
ユウヤとの合流をしなければ、彼が殺されるのは時間の問題だ。先の言葉が真実である確証はない。一刻も早く合流しなければ。
(ここは”周辺探索”を…?周辺探索が機能しない…?)
機械人形が周辺の空間を把握するためにセンサーを使って確認できる機能である”周辺探索”。機械人形の核から発せられる微弱な電波を察知して位置を特定する機能が発動しないことにアテナは違和感を覚える。
(微弱な電波を感じる…これは電磁パルス…?あいつの仕業か…)
アテナが思い浮かべた彼女はいやらしく笑っている。これも時間稼ぎの一部なのだろう。地道に探すほか道は無いようだ。
アテナはユウヤの名を何度も呼びながら校舎内を駆け巡る。少しでも彼の耳に届けばきっと答えてくれる。アテナはそう信じて校舎を駆け巡った。
「ユウヤ!ユウヤ、どこだ!」
アテナの呼びかけに返事は返ってこない。虚しく空中へと消えていくだけ。アテナは完全に行き詰まってしまった。
(このままではユウヤが殺されてしまう…それだけは避けなくては)
一旦情報を整理しようとアテナは立ち止まる。先程のタマモという機械人形。飛道具といい、壁から出てきたことといい、ただの機械人形ではない。
アテナはデータベースにあった彼女の記録を遡る。その瞬間、アテナはあることに気づく。
(奴の特殊機能は
アテナは近くの壁に手をかざす。彼女はその壁の僅かなゆらぎを見逃さなかった。
ためらう時間などない。アテナは壁に手を伸ばした。その手は壁をするりとすり抜けた。
そのまま壁の中へと入っていく。壁をすり抜けた先は別の空間へと繋がっていた。
「…!ユウヤ!」
その先でアテナはユウヤを発見した。彼の近くには見覚えのない少女が一人。アテナはそれがタマモのパートナーだと察する。
「ユウヤ!私はここにいる!」
アテナはユウヤに向かって何度も叫ぶ。だが、彼女の声が彼に届くことは無い。
(なぜだ…?何度も叫んでいるのに私の声がユウヤに届かない…)
アテナはユウヤに駆け寄ろうとする。しかし、彼女の手は謎の壁に弾かれた。
「な…!?」
弾かれたアテナはそっと再び手を伸ばす。数センチ伸ばした所でその手は弾かれ、アテナの手には電流が走った。
そこには確かに見えない壁が存在していた。
(これは…電磁バリア…?)
「おやおや、もうここまで来ていたのですか?さすがお早いですねぇ」
「ッ、タマモ…!」
またどこからともなく現れたタマモはアテナの背後からそう囁いた。アテナはすぐさま地面を蹴って距離を取る。タマモはまた不敵な笑みを浮かべてアテナを見つめる。
「私の
「なるほど…貴様の特殊機能のせいというわけか。作った奴はお前と同じでさぞ性格が悪いのだろうな」
「ひどーい…そんなこと言われちゃうと私泣いちゃいますよぉ?」
わざとらしく手で顔を覆い、タマモは泣いたフリをする。指の間からチラチラ様子見をしているところがなんともムカつくところだ。
「…私達機械人形に本当の感情など存在しない。あったとしても、それは偽物だ」
「…案外冷たいですねぇ。貴方達はもっと感情にはうるさいものかと」
アテナはその言葉に答えることはなかった。
腰に据えた鞘から剣を抜き、タマモに剣先を向ける。戦闘の意思を示すアテナにタマモはそれに応えるようにクナイを取り出す。
「ここでやるんですか?ただの時間稼ぎにしかなりませんよ?」
「お前を倒せばいい話だろう?そんなのは容易い」
「へぇ…私が無名の機械人形とは言え、舐めてもらっちゃ困りますよ。この場じゃ、私のほうが有利なんですからねッ!」
「来いッ!」
アテナは黄金の剣を構え、タマモに斬り掛かった。
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