第11話幻影操術

 刃と刃が交錯する。アテナの一振りをタマモは手のひらほどの刃渡りのクナイで受け止めた。

 直後、空間に走る衝撃。規格外の力と力の衝突に絶えられなかった硝子が砕け散っていく。

 一見力負けしているように見えるが、タマモも機械人形。相手の攻撃を弾き返すぐらいの力はある。


 しかし、力ではアテナのほうが上だったようで、ギリギリと剣を軋ませながらタマモごと弾く。

 タマモは空中で体勢を立て直すと、まるで壁に張り付いているかのように着地してみせた。


「っ、なかなか乱暴してくれますね」


「ふんッ!」


 アテナからの斬撃の押収をタマモは正確に受け流していく。

 受け止めることはできなくとも、いなすことなら彼女は長けている。アテナの斬撃は見事にすべていなされた。


 一撃をいなすごとに床に大きなヒビが入っていく様を見てタマモが顔を引きつらせる。一撃で相手を破壊しかねないアテナのパワーは機械人形全体から見ても類を見ないものだった。


「今度は私の番ですね。…幻影操術ホログラム


 アテナが斬りかかろうとしたその時だった。死角だった背後からクナイが数本飛んでくる。アテナはそれを察知すると同時に、器用に体をひねってそれらを躱した。


 続けて正面から襲いかかってくるタマモのクナイを弾く。しかし、あまりの弾幕に弾ききれなかった数本がアテナの装甲をかすめた。


(背後から攻撃…?タマモはたしかに目の前にいたはずだ。なにかのトラップ…あるいは…)


「油断するのは早いのでは?」


 まるで瞬間移動でもしたかのように距離を詰めてきたタマモの一撃に、アテナが怯む。なんとか剣で凌いだものの、追撃の回し蹴りでアテナは軽く吹き飛ばされた。

 アテナは両脚で踏ん張り、体勢を立て直す。タマモの姿を視界に捉えると、再び構えを取った。


「きゅっきゅっきゅ、なかなかやりますねぇ…さすがは伝説の12機。そう簡単にはいきませんか」


「…貴様こそなかなか狡猾な手を使うじゃないか。か?」


「へぇ…もうバレちゃいましたか?」


 アテナは確信した。先程の背後からの攻撃はタマモの幻影操術によるもの。それも、。その物体に質量という概念は存在していない。弾いたはずのクナイが光の粒子となって消える瞬間をアテナは確認していた。

 アテナが弾いた、と感じていたのはここがタマモによって創り変えられた空間だから。閉鎖空間であるこの校舎は、タマモに支配されている。


 それはただの目眩まし。相手の目を欺くための偽物。思い込みで人を殺せる道具。

 彼女の幻影操術はただのハッタリだ。


「こうなると少し分が悪いですねぇ。ここは撤退としますか」


「待て、まだ話しは…ッ!?」


 アテナは撤退の構えを取ったタマモを見て瞬時に地面を蹴ろうとする。だが、彼女の視界は白い煙に包まれた。

 アテナの足元のクナイが爆発する。先程弾いたものだ。

 そのクナイの爆炎は煙幕となってアテナの視界を妨害する。

 

 煙幕が晴れた頃にはタマモの姿はなかった。


(…時間稼ぎ、か。いいようにされてしまったな)


 アテナは黄金の剣を鞘に収める。

 辺りは戦闘の影響でボロボロだった。いつの間にかユウヤのことも見失ってしまっていた。

 アテナは付近の硝子を見やる。鍔迫り合いの際に砕けたはずのそれはまるでなにもなかったかのように元の様へと戻っていた。あれも彼女の幻影、ということだろう。

 

(先程の推測が正しいのなら、この校舎はあいつによって分断されてるということになる。こちらの声は届いていないようだったし、接触は試みるだけ無駄。だが、どうにかしてユウヤと合流しなければ…)


 アテナは電磁バリアの前に立つ。どうにかあちら側へアプローチできないものかとアテナは思考プログラムを起動させる。


(どうにかあちら側に気づいてもらえないものか…破壊するにしても罠が仕掛けられている可能性がある。迂闊に手は出せないか…ん?)


 アテナの観察眼が捉えたのは先程の戦闘で使われていたタマモのクナイ。幻影操術のものではないそれは確かに壁を挟んだに転がっていた。


 まさか、とアテナは感づく。そして足元の飛び散った瓦礫の破片を壁に向かって投げた。

 すると、アテナの予想通りに瓦礫の破片は壁を通り抜けてあちら側へと転がった。


(なるほど…これは対機械人形用の壁というわけか。これならばユウヤにアプローチすることができるはず)


 その壁はすべてを通さないわけではなかった。ただ、機械人形を妨害するためだけに造られた壁。幻影操術といい煙幕といい、タマモは妨害に長けた機械人形のようだ。作った奴はきっといい性格をしているのだろう。

 アテナはユウヤを探すために再び校舎内の探索を始める。物を通すことができるのならユウヤとの意思疎通も可能なはず。まずはこの分断された状況を打破しなくては、ユウヤ達に勝ち目は無い。


(…!いた)


 アテナは視界の端にユウヤを捉える。壁にもたれかかった彼の顔色はとても良いものとは言えない。すぐさま駆け寄ろうとするが、隣にいる女の存在を確認して足を止めた。

 距離にしておよそ数メートル。壁を越えることはできなくとも、剣を投げつければあの女は死ぬだろう。アテナにはそれができるほどの技量がある。

 だが、彼女の近くにはユウヤがいる。彼がいる以上、むやみに仕掛けるのは危険だ。最悪目の前で殺される、なんてことになりかねない。アテナは抜きかけた剣を鞘に収めた。


(…このまま仕留めるのは無理か。ならばせめてアプローチだけでも…っ!)


 アテナが向こう側へアプローチを仕掛けようと剣を抜いたその時、背後からクナイが飛んでくる。瞬時に察知したアテナは剣で跳ね返した。


「どこだッ!」


 アテナはぐるりと振り返って辺りを見回す。そこにタマモの姿は無い。だが、彼女が近くに潜んでいるのは確かだろう。

 アテナは続けて誰もいない空間に向かって叫ぶ。


「…なんのつもりだ!この状況なら私のパートナーを殺すことができるだろう。なぜそうしない!」


 数秒の静寂の後に気味の悪い笑い声と共に返答が返ってきた。


「きゅっ、きゅっ、きゅ…それは私のご主人の願いでして」


「…願い?」


「どうしても貴方のパートナーをこの手で殺したいと…」


「なに…?」


「私のパートナーは少々。歪んだ愛、というやつです」


 タマモの返答はそれっきりだった。どれだけ呼びかけてもアテナの前に姿を現さないのを見る限り、彼女は時間稼ぎをするつもりだ。

 タマモは力の差をわきまえている。アテナには勝てないと判断して出てこないのだろう。それ故に姿も表さない。まさに狐のように狡猾だ。


(姿は現さないが、監視はしているということか。…しかし、歪んだ愛とはな。なかなか厄介な相手だ)


 機械人形は真の感情というものを理解できない。感情機能エモーションファンクションという形だけのものはあるものの、それは”感情を模した”もの。感情ではない。涙を流しながらも殺戮を行うことができるからこそ彼女らは問題視されていたのだ。

 アテナは歪んだ愛が分からない。記録にはある。だが、真に理解することはない。だからこそ彼女は急がなくてはいけなかった。


(監視の目を掻い潜りつつ、ユウヤと合流できる場所へ向かわなくてはならない。…この厄介な壁をなんとかしなくては合流はできないな。それが叶う場所は…あそこか)


 アテナの視線の先は校舎の屋上へと向いている。彼女には思いつく策があった。

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