第8話信頼

 ユウヤと柏木は上への階段を探して校舎内を散策していた。

 一階とは全く違う構造に苦戦しながらも進んでいく。同じような景色が続くため、ユウヤは一向に進んでいる気がしていなかった。募る不安と焦りに苛まれながらもユウヤは階段を探す。


(早くアテナと合流しないと…この状況下で他のプレイヤーに出くわしたら勝ち目がない。それに、柏木さんが襲ってくる可能性はゼロじゃない。急がなくちゃ…)


「階段、見つからないね…ユウヤ君?」


「えっ、な、なんですか?」


「…聞いてなかったでしょ。も〜!私が武器持ってたら今頃殺されてるよ?」


「…確かに」


「そうするつもりがないから言いけど、油断しないでよ?他のプレイヤーがいるかもしれないんだから」


 そう柏木に諭され、ユウヤはなんとも言えない微妙な気分になる。

 確かに、今までにユウヤを殺せるタイミングは何度もあった。だが、柏木は殺すどころかその素振りすら見せなかった。そう考えると、彼女は信頼していい人物なのかもしれない。ユウヤから柏木への信頼は少しずつ傾き始めていた。


「…柏木さんのパートナーってどんな機械人形なんですか?」


「私のパートナー?…なんか狐?みたいな?」


「狐…」


「尻尾とか生えてたよ。コンコン言ってたし」


 柏木の説明を聞いてもその機械人形がどのような見た目をしているかは想像できなかった。

 このデスゲームに参加している者は説明が下手になる効果でもあるのだろうか、とユウヤはありもしないことを考えてその思考を放棄した。


「ユウヤ君のパートナーはどんな機械人形なの?」


「金色っすね」


「…金色?う〜ん、よくわかんないや」


(…もっと細かく教えれた気がするけど、まぁいいあ。あまり伝えすぎても万が一のときに不利になる)


 柏木はユウヤの語彙力には期待していないようだった。どうやらユウヤの語彙力は以前と大して変わっていないらしい。


 廊下を進んでいくと、行く先に机が積み上がっているのが見えた。行く手を阻むそれはアテナと運んだ時頼も遥かに量が多い。


「机…これじゃ通れないっすね。別の道探しますか」


「…あ!あれ!ユウヤ君、階段階段!」


 机の先を注視すると、そこには階段が見えた。ようやく見つけることができた脱出の活路に柏木は目を輝かせる。


「ほんとだ…あそこから行けば次の階に…!」


「ユウヤ君、これ退かそう!」


「って言ってもこれどうやって退かすんですか?かなりの数ありますけど…」


 自分の身長よりも高く積み上がった机を見てユウヤはつぶやく。これをすべて退かすのは骨が折れそうだ。アテナのいない今、手間取ることは明白である。

 柏木はユウヤを見て両手の拳をぎゅっと握りしめて言った。


「根性だよユウヤ君!ファイト!」


「なんで俺だけやるみたいになってるんすか…」


「レディファースト、だよ!」


「だとしたら使い方間違ってますよ」


 呆れながらもユウヤは机に手をかける。地道に運ぶ他に手段はない。アテナがいれば一気に運んでもらう事もできるのだが、あいにく彼女は不在だ。ユウヤはあまり乗り気ではなかったが、机を運び出した。

 柏木も一個ずつではあるが机を運んでいく。少し思いのか、ふらついているところを見ると少し不安になる。


ガタッ


 机を運んでいる最中、柏木の足が机に当たり付近の机のバランスが崩れた。積み上げられていた机の一つが柏木の方へと落下してくる。 


「…!柏木さん、危ないッ」


「え?きゃっ」


 一つをきっかけに他の机の山もなし崩しのように崩れた。ユウヤは身を乗り出して柏木をかばう。

 押し倒す形にはなってしまったが、直撃を避けることができた。


「ってぇ…大丈夫ですか?」


「…うん。ありがとう。その…助けてもらってあれなんだけど…」


「…あっ、す、すいません!すぐ離れるんで…」


 ほんのりと頬を赤らめた柏木を見てユウヤは柏木の上から素早く離れる。

 久しぶりの人との接触に色々とドキドキしたが、常識のない記憶喪失者だと思われるのはユウヤとしても不服だ。なんとか弁明の論を考えるが、先に口を開いたのは柏木のほうだった。


「…助けてくれてありがとう。やっぱりユウヤ君は私を助けてくれる」


 柏木はそう呟いた。ギラリと光るその瞳にユウヤはなにか不気味なものを感じる。表面からでは判断できない、内在した潜在的ななにかをユウヤは感じ取った。


「怪我が無いようで良かったです。…道も開けたみたいですし?」


 先程崩れた影響で邪魔な机がなくなり、廊下が通れるようになっていた。少々散らかっているが、そんなものは退けて行けば問題ない。


「ふふん、私のおかげだね!」


「…まぁ否定はしないです」


 胸を張る柏木にユウヤは呆れながらも机を退かす。ユウヤの発言も大概だが、彼女の発言も大概だ。

 ユウヤと柏木は階段を登り、三階へと進んだ。


 三階の景色は二階と大して変わらなかった。廊下と教室。度々飾ってある趣味の悪い絵画。歪んでいるようで歪んでいないその空間はもはやうんざりとする空気を漂わせた。


「…変わらないっすね。景色」


「うん。でも、たしかに進んでるはずだよ。外からこの校舎を見た時は四階建てだったはずだから、後もう一回登るだけ!」


 沈みかけたユウヤの心を引き戻したのは、柏木の優しい笑顔だった。ユウヤはその笑顔を見ただけで救われるような気分だった。

 ユウヤと柏木はプレイヤー同士。本来なら戦う関係だ。今は利害が一致しているからこうして一緒に行動しているだけで、パートナーと再開すれば殺し合うかもしれない。だが、ユウヤは彼女という存在に何故か安心感を覚えている。そしてそれは柏木もだった。


「それじゃ行こう!また階段探しの時間だよ!」


「…そう言われるとなんかやる気失せますね」


 小言を言いながらもユウヤは柏木とともに階段を探し始める。

 小一時間ほど見慣れた教室が続くが、今はそれでも構わない。隣にいる彼女から度々自身のことを聞きながら散策を続ける。彼らの姿は年相応の男女の関係に見えよう。ユウヤの頭は彼女との記憶を少しずつ引き出し始めた。


(柏木美奈…俺と同い年…クラスでは真面目な生徒会長…だったはず。よし、少しずつだけど思い出してきた…!)


 散策を初めて数時間といったところで柏木の口からこぼれたのはらしくない弱音だった。


「見つからないねぇ階段…」


「なんかずっとこんな景色ですね」


「もうノイローゼになっちゃうよ…」


 ぐったりとした様子で言う柏木にユウヤは少し微笑んでしまう。そういえばこんな人間らしいところもあったな、と。


「それにしてもこの校舎、綺麗だよね」


「言われてみればそうですけど…なぜ急に?」


「ほら、人がいないんだとしたら埃とか溜まっててもおかしくなくない?でもこの校舎、埃どころかチリすら見てないんだよね」


 そう言われてユウヤは辺りを見回す。たしかに埃どころかチリすら見当たらない。驚くほどに綺麗だ。

 思えば、どこの教室の机も新品のように綺麗だった。どれぐらい前からの校舎があるのかは知らないが、ユウヤ達が来るよりは前にできていることは確か。少なくともアテナと以前のユウヤが来たときにはあったらしい。不思議な空間には不思議な現象がつきもの、ということだろう。


「お掃除してる人がいるのかな?」


「だとしたら強すぎるでしょうその人…」


「分かんないよ?お掃除機械人形なのかも」


「そんなのあるんですか…?」


「あるよ。お掃除機械人形。…あ、ユウヤ君忘れてるんだったもんね」


(…あるんだ。お掃除機械人形)


「機械人形ってのは清掃用とか、家庭用とかが多かったんだ。あくまで人間をサポートする旨のものだったの。うちにも何台かあったっけ」


(…機械人形って確かあの人が人類の叡智とか言ってたよな?だとしたら結構高いんじゃ…もしかしてこの人お嬢様なのか…?)


「…でも、いつからか兵器として利用する話が出ててさ。それから世界情勢が変わっていったんだよね」


「…それで戦争が?」


「…そこからは忘れちゃった。こんな重大なこと、覚えてるはずなのにね」


 物憂げな柏木の横顔はユウヤにとって共感できるものだった。

 記憶を失う、ということは焦りよりも不安が勝つ。それまで覚えていたはずの大事なこと。大事な人。大事な物。それらを忘れていると思うとどうしようもなく不安に駆られる。


「…時々不安になるんだ。忘れてしまってはいけないことを忘れてしまっているんじゃないか?自分には覚えておかなくてはいけないことがあったんじゃないか?ってさ」


「…分かります。どうしようもなく不安ですよね」


「うん。…でも、ユウヤ君がいるから今は安心かな」


「…俺も、柏木さんがいると安心です」


「そっか…私達一緒だね。…ねぇ」


 柏木がなにかを言おうとしたその時だった。


ドゴォォォォォォォォォォン


「ひゃっ!?」


「うわっ!?」


 突如耳を劈くような轟音と衝撃が二人を襲う。次の瞬間、ユウヤに襲いかかってきたのは瓦礫だった。

 目の前の通路が爆散するように崩れる。ユウヤは瞬時に柏木の前に入って彼女をかばう。


「けほっ、けほっ…」


(なんだ!?…まさか、他のプレイヤーの襲撃…?)


 砂埃が立ち込める中、ユウヤはゆっくりと目を開く。しかし、そこには何もなかった。


「なにも…いない?」


「ぇ…」


 そこにはただ硝子の破片と無惨な姿になった絵画が転がっており、通路の壁は崩れて空が見えていた。

 なにかが着弾したであろうその落下点には大きな凹みができていた。その凹みはまるで隕石でも落下した時のクレーターのようだった。


「…今、突然崩れたよね?」


「…そのはず、ですけど…」


『行け』


「え?」


 不意にユウヤの耳に聞覚えのある冷淡な声が響く。聞き間違えるはずのないその声はユウヤを導いている。


「…アテナ?」


「…どうしたのユウヤ君?」


「…今、パートナーの声がしたんです。…あ!あれ!」


 ユウヤの視線は崩れ落ちた壁の向こう側に向けられる。そこには上の階へと続く階段が隠されていた。その扉からは光が漏れ出しており、屋上に続いていることが分かる。


「階段!きっと屋上への階段ですよ!…柏木さん?」


「…あ、うん。屋上、だね。それじゃ行こっか」


 ユウヤはその光にすがりつくようにドアノブに手をかけた。

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