第二層:学園都市エレナ
第6話迷宮
階段を登った先には大きな学園が広がっていた。レンガ造りの立派な校舎を中央に据えて、周りには多くの建物が並んでいる。
人気は全く感じないその建物達は不思議な引力を発していた。
ふと目の前に落ちてきた花びらを手に取る。辺りを見回してみると、花壇や桜などが咲き乱れている。どれも手入れされている様子だったが、奇妙なまでに整えられたそれらにユウヤは疑問に思うばかりだった。
校門の前に立ったユウヤは呆然とする。
(これは、学園…だよな。随分と立派な物だな…)
「ここから先はドール・ゲームの会場だ。気を引き締めろ」
威圧感のあるアテナの言葉でユウヤは自分がデスゲームに参加していることを再確認した。
ここから先は殺し合いが始まる可能性がある。命の取り合いが始まるのだ。ユウヤは深呼吸をして、騒ぐ心を落ち着かせる。冷静を失ってはできることもできない。
ユウヤはまだうまく理解できていないが、自分がデスゲームを生き抜かなければいけないのは確かだ。ユウヤは自らの気を引き締めた。
「…が、入口から危険ということは少ない。ここは障害物も少ない。敵が隠れていることもないだろう。本格的な戦闘になる前に少し機械人形のことについて話しておこう。きっと忘れているのだろう?」
ユウヤはうんと頷く。記憶と共に機械人形の知識も完全に抜け落ちてしまっている。ここはアテナから聞いておくのが得策だ。
アテナは近くのベンチに腰を下ろすと、語り始める。
「機械人形…ある程度アプロからは聞いていると思うが、私達は人類最高傑作と言われた人工知能だ。初期モデルは日本のとある研究所で造られた」
アプロも言っていたように、機械人形は人類最高傑作の人工知能。生まれは意外にも日本らしい。
アメリカかそこらの生まれだと思っていたユウヤは意外な事実に少し驚いた様子だった。
「最初は家庭用や、会社に置いておくような大衆向けの物だったのだ。人間の生活をサポートするものが主流だった。人類の発展に貢献し、共に成長していく。…だが、ある機械人形が生まれるまではな」
アテナの声が一層深いものになる。その表情は依然として動かなかったが、ユウヤにはその横顔が違ったものに見えた。
「その機械人形って?」
「その機械人形は世界で初めて戦闘用に造られたモデルだったそうだ。いわば、私達の”先祖”にあたる機体だ。その機体は世界に衝撃を与えたのだ。…人間達にとって私達機械人形は強敵。それが一体だったとしても、部隊を何体も束ねてようやくだ。それはもはやただの戦闘機」
ユウヤ達人間は機械人形との相性は最悪だ。人間が何度殴ったところで、何度銃を乱射したところで、何度戦車で轢いたところで、機械人形は倒れることはない。
見た目は人間でも、彼女達は戦闘機。仕様を知らない人間が勝てる可能性など、一ミリとてないのだ。
アテナは続ける。
「その機体の存在は世界各国で議論された。あんな物を生み出して良いのか。人道的にどうなのか。世界の均衡が崩れてしまうのではないか。…様々な議論は耐えることがなく続いた。結果的に結論を出したのはその機体を作り出した国だった」
「…結局どうなったの?」
「その国の首相はこう言ったのだ。『そう言うならお前らも使えばいい』とな」
ぞくり、とユウヤの背筋が震える。それぐらいにその言葉には重みと、消えることのない思念が残っていた。
「それからの話は早い。世界各国で戦闘モデルの機械人形は製造された。そう造り変えられた物も少なくはなかった。そうなった世界が混沌に陥るのは、必然だったのかもな」
世界が混沌に陥る、という言葉からユウヤの脳内にはある二文字が浮かび上がる。
ユウヤはその言葉をそのまま口にした。
「…戦争ってこと?」
「…あぁ。まもなく全世界を巻き込んだ戦争が始まった。…私の記録はここまでだ。あとのことはおそらく消去されている。すまないな」
アテナもすべてのことを覚えている訳ではないらしかった。彼女もまた”記録”を失っている。
「ううん、話してくれてありがとう。なにか思い出す鍵になるかも」
「だといいんだがな…ユウヤ、このドール・ゲームに参加する上で心に留めておいて欲しい事がある」
アテナから告げられたのは四つのことだった。
基本的に一緒に行動すること。
不利な戦闘は避けること。
殺す時はためらわないこと。
一人では絶対に戦わないこと。
これらはアテナがこの空間で学んだ掟だった。それを守っていたからこそこうしてユウヤもアテナも存在している。ユウヤはこころの中で復唱して忘れないように脳に染み込ませた。
「これらのことは忘れないでくれ。私と共に生き残るための掟だ」
「…うん。分かった」
「それと、戦闘の基本は機械人形がパートナーを守る。これに尽きる。生身での勝負は危険だからできるだけ避けてくれ」
このドール・ゲームはどちらか片方が死んでも終わり。機械人形に比べてとても脆い人間は戦わないのが得策、ということなのだろう。ユウヤはそう解釈した。
「…それと、私達機械人形には『最終プログラム』が備わっている」
「最終プログラム?」
「分かりやすく例えるなら、『必殺技』だ」
最終プログラム。それは機械人形に備えられた正真正銘『最後のプログラム』。一気に決着をつける必殺技。相手を確実に仕留めるための奥義。人を大量に屠るための手段。
その言葉の響きにユウヤは妙な悲しさを感じていた。
「機械人形には一機に一つ最終プログラムが備えられている。これは名の通り最後のプログラム。一回発動した場合、多くのものは数日は使えない。そのまま機能停止するものも多い。その代わりに、威力は絶大だ」
「本当に”必殺技”ってことか…」
「人間であるユウヤがそれに対抗する手段は無い。基本的には私が守るが、少しでも発動すると感じたら逃げてくれ」
「うん…まだ飲み込めてないけど、頑張るよ」
「いきなりになってすまなかった。わからないことがあればすぐに聞いてくれ。…そろそろ行くとしよう」
そう言ってアテナは立ち上がる。この先に進めばいよいよゲームの始まり。プレイヤーとの命の取り合いが始まる。
未だにユウヤは信じられなかった。自分がデーゲームというおとぎ話のような存在の中にいることに。
この先はきっと平和なんかじゃない。見にくくて、狡猾で、欲にまみれた思念ばかりがひしめき合う、地獄のような場所だ。嫌なことに、それは想像するに容易い。
ユウヤは深呼吸で心をなんとか落ち着かせようとする。やる前と後で心境は大して変わらなかったが、それをやったというだけでユウヤは少し心が軽くなる気分だった。
「まずどうする?」
「ここに校舎がある以上、入るほかあるまい。きっとプレイヤーは校舎内で待ち伏せしているはずだ。離れないように」
「うん。行こうか」
ユウヤ達は校舎へと足を踏み入れた。
校舎内は静寂に包まれていた。本来ならば生徒達で溢れる場所であるはずだが、この校舎には生徒などは存在しない。そこに存在しているのは奇妙な静寂とそれに隠れた殺し合いの狂気だけだ。
ユウヤ達は校舎内を散策していた。周りを警戒しながら教室を一つ一つ巡っていく。
このゲームの性質上、プレイヤーまたはそのパートナーである機械人形を殺さなければいけない。そのためにはまずプレイヤーを見つけるところからだ。
とはいえユウヤはこの階層のことを何も知らない。彼はアテナに問いかけた。
「…アテナはさ、上の階層から来たんだよね?この階層のことは知ってるの?」
「あぁ。ある程度は知っている。…だが、少しばかり構造が変わっているな。私が来た時にはこんなに校舎は広くなかった」
アテナはわずかに疑問を宿した声でそう言った。彼女もまたこの校舎に違和感を感じている様子だった。
倒れ込んでいるロッカーをどかしながらアテナはずいずい進んでいく。
「おそらく主催の仕業だな。私がユウヤと出会ったのを察知して創り変えたのだろう」
(また主催の仕業なのか?一体何者なんだ…?)
未だ謎に包まれた主催の謎。機械人形であるアテナも知らない彼の正体は一体何者なのか。ユウヤは考えてみるが、答えは出てこない。
残る疑問は一旦投げ捨て、ユウヤはアテナについていくことに集中した。
「…む、机が邪魔だな」
廊下を進んでいくと、机がバリケードのように積み上げられていた。アテナは通れるように机を運び出しいく。
「俺も手伝うよ」
自分もとユウヤが机に触れた時、彼の脳内でなにかが弾ける感覚が溢れた。
その刹那、彼の脳内で記憶がフラッシュバックする。夕焼けの教室。終わりを告げるチャイムの音。壊れる日常。溢れる情報量にユウヤは目がくらんだ。
「うっ…」
目の前の景色が歪むほどの立ちくらみにユウヤは近くの壁にへたり込む。
アテナがすぐさま駆け寄ってくる。ユウヤの肩を持つと、ゆっくりと床に下ろした。
「ユウヤ!?大丈夫か?」
「ごめん…今、ちょっとだけ記憶が…」
「記憶が?…そうか、お前は学生だったからこの机にゆかりがあったのかもな。記憶を失った人は思い入れのあるものに触れると記憶を取り戻すことがあると言われている。それの影響だろう」
ユウヤはたしかに学生だった。現に今着ている制服がそれを示している。だが、先程の記憶の中に一つだけ学生生活に似つかわしくないものが一つ混じっていた。
崩れかけた教室。天井は崩れ落ち、赤い空が見えていた。血濡れた壁は赤黒く染まり、生徒が何人か横たわっていた。その無惨な状態の教室は平穏な学生生活とはかけ離れたものだった。
湧き上がる感情。這い出てくる嗚咽感。冷や汗が額を伝う。
(…あの記憶は何だったんだ?たしかに学校での記憶…だったけど、あの教室は…?)
ユウヤの記憶は相変わらず謎に包まれている。自分自身で思い出すことはできないが、脱出のための重要な鍵を握っていることは確かだ。一刻も早く記憶を取り戻さなければいけない。
そのためにも、今は先に進むしかなかった。
「大丈夫か?」
「…うん。大丈夫。先に進もう。早く上に行かないと」
「…そうだな。行くとしよう」
アテナは机を軽く持ち上げてどかす。そしてユウヤに手を差し伸べ、立ち上がらせた。
ユウヤとアテナは校舎内の散策を再開する。校舎内に変化が現れたのを実感したのは2階に差し掛かった時だった。
不思議なことに一階と二階では構造が全く違っていた。外から見たときは一緒だったのに、入ってみれば別物。まさに迷宮だ。
「…一階とまったく作りが違うね。前もこうだったの?」
「いや、以前はこんなことはなかった。…なかなか手の込んだ嫌がらせをしてくれる。これでは敵の場所を予測しにくい」
「そっか。…ねぇ、あれって」
ユウヤの指さした先は血痕のついた壁。壁から床に垂れているそれは間違いなく人のものだ。
「これは…間違いない。ここで争いがあったのだ。見た限りだと時間は経過しているようだが…勝敗がどうなったにしろ、近くにプレイヤーが潜んでいるかもしれない。気を付けろ。…ユウヤ?」
違和感を感じたアテナは振り返る。そこにユウヤの姿はなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます