第5話階段

 道中の化け物を蹴散らしながらユウヤ達は時計塔へとやってきた。見上げてみると、時計が霞む程に高い。天にまで続いているのかと思わせるほどに高い時計塔は威圧感を放っていた。


「ここが時計塔…」


「離れろユウヤ。扉を開く」


 天使が描かれたその扉はさながら天国の扉のよう。アテナが手をかざすと、その扉はゆっくりと開いた。

 扉の先には階段があった。螺旋状に続いているその階段は見上げても先が見えない。


「ここを登れば次の階層だ。行くぞ。…アプロ?」


 アプロは階段を前に足を止めた。微笑んだその表情にユウヤは違和感を感じる。おそらく、表面上だけのものだとユウヤは見破っていた。


「…私の出番はここまでね」


「アプロ…?」


 妙な哀愁を漂わせるアプロにユウヤは首をかしげた。そしてまさか、と思い至るまでに時間はかからなかった。


「私は元々貴方達をここに送り届けるためにこの階層にいたの。こうして送り届けることができた以上、私の役割はここまで。それにこの羽じゃ、戦いにもついていけそうにないもの」


「…何を言っている。次の階層に行けばまだ他の機械人形のパーツだって…!」


 アテナが声を荒げた。起動してから今に至るまで仏頂面を貫いていたアテナが感情的になっている様子にアプロも少し驚いている様子だった。


「私の羽は特注品よ?他ので代替なんてできないわ」


「だが…!」


「アテナ」


 アプロのその一言は反論するアテナの発言を咎めた。アテナの表情は相変わらず静かなものだったが、こみ上げるものを抑えていることはユウヤでも分かった。その横顔は、人間のそれだ。


「…分かってるでしょ?私が止まれば、きっと”あの人”が外に出ることもなくなる。そうすれば、貴方達の手であの人を葬ることができるわ」


「…」


 アテナは黙り込んだ。相変わらずの仏頂面だったが、その表情の裏に抑えきれない感情があることをユウヤは悟っていた。


「…ユウヤ、今から貴方に私のコアを渡すわ」


 アプロがユウヤに近寄ってそう言う。その言葉には必然的に悲しい響きが含まれていた。

 アプロの言葉が意味することをユウヤは知らないわけではない。あの得体の知れない生命体との会話が脳内でフラッシュバックする。


「…え、でもそれって…」


「えぇ。核を失った私は数秒も経たないうちに機能停止する。そうすれば、私はただの機械に戻るわ。それでも、貴方に私の核を渡さなくてはいけない。私の核には”平和へのプログラム”がプログラムされているの」


「平和への…プログラム…?」


 実質的な死を直前にして吐いた言葉の意味を、彼女は多くは語らなかった。

 死刑執行を待つ囚人のように物静かなその表情は不思議なことに死に対する悲壮感を感じさせなかった。


「えぇ。このプログラムは貴方が外を目指す上できっと必要になるものよ」


 平和へのプログラム。それはアテナも知らない、アプロだけが知っている秘密のプログラム。彼女はそれを自らを代償にそれをユウヤに託す判断をした。彼に宿った僅かな可能性に希望を託して。

 アプロはアテナの静かな表情を一瞥し、微笑む。彼女は槍の先を自らの胸部にあてがった。


「アプロ!」


「…止めないでユウヤ。これは私の願いなの。…アテナの面倒を見てたのだから、少しの面倒事ぐらい頼まれて頂戴」


「…っ」

 

「アテナ。あとのことは頼んだわよ。またいつか会いましょう」


「…あぁ」


 アテナは納得しているというわけではなかったようだが、その口を閉ざした。

 きっと言いたいことはまだあったのだろう。彼女も機械人形とはいえ、同胞が実質的な死にその身を投じるのは思うところがあるのだ。


「…ごめんなさいヘファイストス。これも貴方のため…」


 アプロは槍の穂先を自らの胸部にあてがった。その姿さえも何故か美しいと感じさせる彼女の姿はユウヤの脳裏にしっかりと焼き付いた。


 アプロは槍を自らの胸部に突き刺した。自らの装甲を貫き、内側の機械が露出する。背中から穂先が飛び出した。

 開いた穴に自らの手を突っ込むと、回路を千切りながら光る球体を取り出した。アプロはユウヤに光る球体を手渡す。


「これが…ヷタシの…核よ。いツか…必要になるト゚きが来る…それまデ、しっかり…持っておくのよ」


「…うん」


 ノイズ混じりの声でユウヤに伝え終えたアプロは最後にふふっと微笑むと動かぬ機械の塊となったその瞳からは光が消え失せ、彼女が機械人形であったことを示したのと同時に彼女が実質的に”死んだ”ことをユウヤに伝えた。

 

 その機械人形はぐしゃりとその場に崩れ落ちた。うんともすんとも言わないその機械の姿はまるで天に手を伸ばしているようだった。

 

 ユウヤの片手に残された核はまだほんのりと熱を帯びている。ユウヤは核をポケットにしまった。


「ユウヤ、行こう」


 アプロに手を伸ばそうとしたユウヤをアテナが咎めた。どうと言うわけでもなく、ただユウヤの瞳を見つめる。


「…うん。行こうか」


 ユウヤは最後にアプロの顔を一瞥すると、アテナとともに階段を登り始めた。



 延々と続くような階段ただひたすらにユウヤ達は登っていく。登っても登っても先は見えない。

 ユウヤはアプロのことで頭がいっぱいだった。

 自分を化け物から守ってくれた存在が、自分に最後に託した核。最後の言葉の意味。そもそもの彼女と自分の関係値とは?ユウヤの悩みは尽きない。


「ユウヤ、上の階まではまだかかる。不明なことがあれば私の知ってる範囲で答えよう」


 先を行くアテナがそう呼びかけた。ユウヤは息切れを抑えながら真っ先に浮かんだ疑問を投げかける。


「…アプロと俺達はどういう関係だったの?」


「アプロは私とユウヤの”最後の相手”だった」


「最後の相手?それって…」


「あぁ。第10層、最後の階層で私達は戦ったのだ」


 その事実はユウヤが想像していたものとは全くの別物だった。

 第10層。話が正しければこのゲームの最終層で戦ったのが彼女だったらしい。ユウヤはそれの事実にあまり納得できなかった。


(最後に戦ったのがアプロ…?それだったら優勝した俺を恨んでいてもおかしくないはず。でもそんな素振りはなかった。…機械人形だからか?)


「アプロにはパートナーがいた。名は黒木くろきなぎ。彼もまた特殊な能力を使う人間だった。…アプロは彼を守るために私を庇ってくれたのだ」


 続けてアテナの口から出てきたのはアプロのパートナーの名だった。


「…どういうこと?」


「私達は戦いの末、黒木を殺した…はずだった。結果から言えば、黒木は死んでいなかった。アプロの策略によってな。その結果、私達の優勝が決まり、私達は外に出るはずだったのだが…あいつに邪魔されて外に出られたのはお前だけ。取り残された私は”処分”されることになった」


「処分?」


 普段の会話ではあまり聞かないであろうその言葉にユウヤは小首をかしげる。

 処分、となると存在を抹消するとかなのだろうか、と考えるユウヤを置いてアテナは続ける。


「あぁ。よほど私を出したくなかったのだろう。私という危険因子を主催は消そうとした。だが、それはアプロによって阻まれた。アプロは黒木を下の層に置いて私と共にこの階層へと逃げてきた。アプロは私に外の謎を知る鍵があると読んだのだ」


 アテナの話をユウヤは黙って聞く。

 彼女が外の謎を知る鍵だとしたら、彼女には一体何が隠されているのだろうか?とユウヤは考える。もしや外の世界は既に破滅していて、その主犯が彼女だったりして、なんてありもしない想像を膨らませた。


「アプロは外の世界へ行くことを強く望んでいた。自分がこの空間の謎を解き明かしてくるから譲れ、と言っていたのを覚えている」


「そっか。…もう一ついいかな?」


「なんだ?」


「俺の”あの能力”についてなにか知ってることは…?」


 あの能力、というのは先程の戦闘で使用したユウヤの手の光のことだ。

 アテナはユウヤとパートナーだったためにその能力の存在を認知していた。以前の自分を知る彼女ならなにか知っているのではないかと踏んだのだ。

 しかし、ユウヤの期待に反するようにアテナは顔を横に振った。


「…すまない。それについては私も知らないのだ。以前のお前からは何も聞いていない」


 ユウヤの力はユウヤ自身も良く分かっていない。アテナも分からないとなると、謎は深まるばかりだ。

 

「…ただ、以前のお前はこう言っていた。『俺の心は剣だ』と」


「心が剣…」


 以前の自分が言っていたという言葉を口にしてみる。なんだか妙にしっくりくるような、懐かしいような、それでいて自らの根底にあるなにかを掘り起こしてくれるような、そんな響きだった。


「…記憶は失っているが、取り戻せるはずだ。少しずつ思い出せばいい」

 

 励ましとも取れるアテナからの言葉にユウヤは頷く。


「…そうだね。少しずつ思い出してみるよ」


「あぁ。…もうすぐで次の階層だ。気を引き締めろ」


 アテナとユウヤは残りの階段を駆け上がる。第二階層の光はすぐそこだ。

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